そのメイドは振り向かない

藤原アオイ

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召喚、されました。

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 放課後の、本の香り。

 図書室特有のなんとも言えない空気が私は好きだ。ここには私以外誰もいない、というか来ない。でも物語の中には大きな世界が広がっている。その矛盾とも言える状態が、たまらなく愛おしい。

 図書委員の仕事をやりながら、置いてある本を片っ端から読み漁っていく。

 やっぱり、この時間が一番楽しい。

 今日読んだのは、生物系の専門書。解剖とか医術とか自分でやりたいとは思わないけれど、知識として触れるのはすごく楽しいと思える。

 私は一旦眼鏡を外して、目頭の辺りを指で軽く揉む。揉んだことによって、血行が少しだけ良くなった気がした。

 まぁ、視力は落ちていく一方なんだけど。

 そこに置いた眼鏡をかけ直し、読んでいた本を棚に戻す。

「あっ、もうこんな時間……」

 最終下校時刻を告げる放送が流れる。今は吹奏楽部が最後に合わせをしているようだ。かなり離れたこの場所にまで届く。心地よい音。

 ここにいると、誰かの青春が聞こえてくる。パート練や合わせをする吹奏楽部に、発声練習を行う演劇部。週に何度かはジャズ研の軽快なメロディーが。

 体育館や校庭からは、たくさんの足音、そして掛け声が。

 良いなぁとは思うけれど、どうしてか当事者になりたいとは思わなかった。大変なのを知っているからだろうか。いや、違う。

 私にはそこに、キラキラした場所に飛び込む勇気が無いからだ。

「今日誰も来なかったなぁ……」

 こんなこと言ってはみるものの、ここが賑やかになって欲しいなんて、一ミリも思っちゃいない。教室もそうだけれど、キラキラした場所にいると――――そして溶け込めないと、すごく疲れてしまう。

 六月に行われた体育祭。私はほとんど競技に出てなかったはずなのに、終わった頃にはげっそりだった。あの後に打ち上げ行けるとか、やっぱり皆さんスゴいなぁって思ったり。

 なんて、うじうじしてたらいつまでもこのままか。本を棚に戻し、貸し出し処理をするパソコンの電源を落とそうとしたところでようやく気付く。

「あれっ、誰か来てたのかな」

 カウンターに、古びた本が一冊。

 さっきは無かったから、多分私が向こうで読んでいる間に置かれたもの。返却するだけなら、外の返却ポストに入れてくれれば良かったのに。

 本をひっくり返して、バーコードを探す。でも、見つからない。ラミネート加工もされていないし、学校の蔵書ではない可能性も浮上してくる。

 一枚めくって、内容を確認する。

 どうやら、ファンタジー小説の導入のようだ。歴史の長い王国、そこに住む三人の王子。彼らは国の危機を回避するために、外の世界から「聖女」を召喚することに決めて。

「……えっ?」

 突然本が光りだす。閉じようとしても、腕に全く力が入らない。眩しい、もう目を開けていられない。

 まぶたを閉じた瞬間に、私の意識は途切れたのであった。
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