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第4話 それはやっぱり最期の別れで

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 君は日に日に弱っていくを見て何を思ったのだろう。指一本すら動かせなくなって、生きているのかいないのかわからない状態の彼女を見て。

 ただ客観的事実として、君は学校に来なくなった。

 それだけじゃない。いつも持ち歩いていたスケッチブックも油絵の具も木炭もクレパスも色鉛筆も全部段ボール箱に仕舞いこんで、絵から離れてしまった。

「そのあとはまぁ、そういうことだよ。あなたはそのままその足でここまで歩いてきたってわけ」

 その道中で記憶の欠片を落として、何を探しているのかすらも思い出せない迷子。進むための地図を失った旅人。それが今の君。

「えっ……」

「そこにいたあなたじゃないあなたは、それが最善だと思ったんだろうね。死ぬことは逃げでも救いでも、ましてや贖罪ですらないのに。……ただ無に還るだけなのに」

「でも」

「第三者である私が言って良いのかわからないけど、彼女は彼の幸せを心から望んでいたんだと思う。自分のことなんて忘れてくれたっていい。ただ、笑顔でいて欲しかったんだと思う」

 そしたらこんな所に迷い込まずに済んだのに。こんな所で誰かと再開することは無かったのに。

「……だったら、どうしてあなたが泣いてるんですか?」

「私が、泣いてる……? そんなはずない。私は上位の存在に従って動くだけのお人形。感情なんて持ち得ない……はず」

 真っ白な荒野の上に、宝石のような雫が数滴落ちていく。全く気付かなかった。いや、気付けなかった。

 私にもまだ、あったんだ。

「その……今はまだ僕が隣にいるから、大丈夫ですよ。思う存分泣いちゃっても」

「大丈夫なはず、ないでしょ……」

 真っ白で純粋な君の想いも、彼女を失った時の悲しみも。私は先立ってしまう方だったから気付けなかったんだ。

「僕、何が心残りなのかわかった気がします」

「知っちゃダメっ! 私をここに置いていかないで……」

彼女あなたともっとずっと一緒にいたかった。あの教室以外でもお喋りしたかった。そして、最期の瞬間に立ち会えなかった」

「私も……」

 目の前に浮かぶ風景。真っ白な病室で横たわる一人の少女。私が私になった日のこと。私が永遠の迷子になった日のこと。


 ****


 あれは蝉が鳴く季節のこと、だったかな。意識が薄れていたから、よく思い出せないんだけどね。

 でも、私は一人だったと思う。

「会い、たい……」

 私が、どんどんなくなっていく。ほどけて、とけて、消えていく。どうして、どうして私だけ。

 ひとりぼっちは嫌だ。彼の隣にいたい。

 ……あれっ、って誰だっけ。とても大切な人のはずなのに、うまく思い出せない。どうして。

 漂白。

 真っ白の絵の具で塗りつぶされた油絵。

 白は濁り、ぐちゃぐちゃになっていく。

 あぁ。なんの心残りもない。だって私にはなにもないんだから。

 そんな風に長い眠りについた。そのはずだったのに。

 私はいつからかここに閉じ込められていて。迷子の魂を送り届けるよう、誰かに言われて。一番の迷子は、私なのに。

 全ての記憶の欠片を拾い集めてもなお、満たされることのない心。ある人曰く、それは恋心というものらしい。

 その時初めて自覚した。私は君のことをどうしようもないくらいに愛していたことを――――


 ****


「ずっとあの教室にいたかった。あなたの隣にいたかった。でも、今はもう駄目だからね。前に進んで。振り返らないで」

「でも」

「私はあなたが知っている彼女じゃない。彼女はここにはいない。あなたの魂は早く輪廻にのって次の身体に宿らないといけない」

「だったら……」

 一緒に行こうよ、なんて言わせちゃいけない。

「私は、ここから出られないから」

もここに残っちゃ駄目、かな?」

「それは、無理だよ。あなたがここにいられるのは長くてもあと数十分。これ以上ここにいちゃいけないんだ。永遠の迷子は私だけで良いの。じゃあね、私の愛しいあなた――――」

 水に砂糖が溶けるように、魂が世界に溶けていく。グッバイ。君が私のことを忘れたって私は君のこと、いつまでも忘れないから。
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