トリック・オア・トリート

藤原アオイ

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とりっく・おあ・とりーと?

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「ひひっ、トリック・オア・トリート! お菓子くれないとイタズラしちゃうからな!」

 今日で十月も終わり。なのにまだ学校の銀杏いちょうは緑色だし、面倒だからと言って学ランを羽織らずに学校に来ちゃう人だっている。

 目の前のこの人も、見た目だけはまだまだ夏の真っ盛り。私だったら既に風邪をひいていてもおかしくない頃合いだし。

 そんなことを言っている私は、しっかりと厚めのパーカーを羽織っている。対照的と言えば対照的とも言えるかもしれないカップル。それが私達。

 隣を歩いていたら楽しいし、しゃべっていれば幸せな気分になれる。でも、なんでも知っているわけではない。だって私は私で、君は君だから。

「もうっ、今日はバレンタインデーじゃないんだからお菓子とか作ってないのに……」

 もちろん偶然持っていたとかいう運命的な何かもない。ポケットに入っているのは、レモン味ののど飴だけ。こんなのハロウィンのイタズラの代わりになんてなるはずがない。

「そんなに手作りにこだわる必要ってあるのか? 去年のバレンタインデーの時だってそうだったろ。俺はさ、お前が俺のことを考えていてくれてるだけで嬉しいんだ。たとえ麦チョコ三粒分でもな」

「義理の麦チョコ三粒で喜ぶ高校生ってさ……。あの時は、LIMEで流されてかなり恥ずかしかったんだからねっ」

 それでも喜んでくれたのが嬉しくて、次の年に本気のチョコを叩きつけてやったのは記憶に新しい。もちろんそれ以外にも、色々なきっかけはあったのだけれど。

「それでさ、本当は何か持ってんだろ?」

「……のど飴は持ってる。でもこれはお菓子じゃないから」

 言わないといけない雰囲気。うっかりと滑る口を止める手段などなく、思わずのど飴の存在を伝えてしまった。

「飴は甘い。だからお菓子だろ? それとも……イタズラして欲しかったのか?」

「なっ、そんなことは無いから。あげればいいんでしょ、あげれば」

 ポケットから黄色と白を基調としたパッケージを取り出す。この時点で半分以上食べられたあとの中身。そこまで丁寧に中身を押し出してきたが、今はそうも言ってられない。

 包装を雑に破り、半透明な紙のようなものに包まれた飴をつきだす。勢いに任せてやってしまったが、ハロウィンとはなんの関係もないことに今さら気づいてしまう。

「はいっ、これでトリート達成したでしょ」

 でも、ここまでしておいて引き下がることも出来ないから、思わず私らしくない行動をとってみたりする。つまり強がりな意地悪。

「うーん、これはお菓子じゃないなぁ?」

 そっくりそのまま返されるところまでは予想出来なかったけど。でも私ののど飴は、君の唇を通り越して舌の上で軽やかに転がされる。

「というわけで、イタズラしちゃおうかな?」

 気まぐれな猫のような表情。可愛いか可愛くないかと聞かれたら間違いなく可愛いと答えると思う。コロコロと飴は転がり、彼の瞳に映る私の表情もコロコロと変わっていく。

 そうこうしている内に、互いの吐息が聞こえる程の距離になってしまう。後ろに下がろうにも、足が思ったように動いてくれそうにない。

「トリック・オア・トリート。お菓子くれないとイタズラしちゃうぞ?」

 ファースト・キスは、ほんのりと苦味を伴ったはちみつレモンみたいな味だった。
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