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#15 普通の病気 (ヒネリあるオチ)
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町に1軒しかない病院は、いつも多くの患者で賑わっていた。
お腹の痛みを訴える中年男、頭の痛みが激しい婦人。膝を擦りむいた少年に、腰を痛めた老人。
その病院は、あらゆる病気を治してくれると評判だった。
ある日、ひとりの青年が診察室に入ってきた。
これといって特徴のない顔つきの、平凡な雰囲気の青年だった。
「あの、どんな病気でも治してくれるって聞いたんですけど」
椅子に座った青年から話し掛けられ、医者は身体を揺らしながらペンを置く。
その声は高くも低くもなく、印象に残らないものであった。
「そうですな、大抵の病気なら治すお手伝いはできるでしょう」
「本当ですか」
「ええ。ケガも頭痛も腹痛も、くしゃみ鼻水鼻づまりも。皆さんすっかり良くなります」
自信に満ちた声で医者が応えると、青年は微笑んだ。
「では、ぼくを『普通』に治していただきたいのですが」
その言葉に、医者は戸惑いの表情を浮かべる。
「どういうことでしょうか?」
「ぼくはよく人から『普通じゃない』と言われるんです。たとえば、ぼくは果物を食べません。食べるのが可哀想だからです。だけど、みんな『おかしい』『普通じゃない』と言ってきます」
「ははぁ」
「他には、右手の薬指のつめだけマニキュアを塗るとか、数字を書く時には東を拝むとか。そうすると落ち着くからやっているだけなのに、周りからは止めろと言われます」
医者はバランスを取りつつ、さり気なく青年の足元へ視線を落とす。
青年は右足に革靴を、左足にブーツをはいていた。
「ぼくはなるべく目立たないように、普通になろうとしてきました。だけど、妙な目で見られ、爪弾きにされてしまう」
おかしな奴がやって来たものだ、と医者は思う。いや、病院なのだから、心身共に健康という者も来ないだろうが。
医者は笑顔を浮かべ、こちらを見上げる青年に言う。
「まあ、落ち着いてください。お聞きした限りでは、あなたは病気とまでは……」
「嘘だっ! ぼくは病気なんだ。おかしいんです。ぼくを普通にしてくれ!」
青年は立ち上がって両手を振り回し、訴えた。次第に声は大きくなり、叫び声のようになる。
「お願いだ、頼む! ふざけていないでぼくを治療してくれ!」
青年が医者の胸ぐらに掴みかかろうとしたところでドアが開いた。
看護師たちが入ってきて、青年を取り押さえる。
ほどなくして、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
青年が警官に連れられていき、診察室には医者と看護師らが残された。
「危ないところでしたね、先生」
「いや、大丈夫さ。患者たちのおかげで、とっぴな行動には慣れている」
「さすがは先生です。では、我々はまた持ち場に戻りますので」
そう言い置いて、尻尾を生やした看護師らは四つん這いになり、ペタペタと診察室を出て行く。
「……今どき『普通』になりたいだなんて、ずいぶん変わった奴だったな」
そう呟いて、ピエロの格好をした医者は、玉乗りを続けたままカルテに記入をした。
いつしか強烈な個性が当たり前となったこの世界。
むしろ厳しく指摘をするという、あの青年の周囲の人のほうこそ、病院で診てもらうべきなのだ。
そうしてこの病院はさらに繁盛するのだった。
お腹の痛みを訴える中年男、頭の痛みが激しい婦人。膝を擦りむいた少年に、腰を痛めた老人。
その病院は、あらゆる病気を治してくれると評判だった。
ある日、ひとりの青年が診察室に入ってきた。
これといって特徴のない顔つきの、平凡な雰囲気の青年だった。
「あの、どんな病気でも治してくれるって聞いたんですけど」
椅子に座った青年から話し掛けられ、医者は身体を揺らしながらペンを置く。
その声は高くも低くもなく、印象に残らないものであった。
「そうですな、大抵の病気なら治すお手伝いはできるでしょう」
「本当ですか」
「ええ。ケガも頭痛も腹痛も、くしゃみ鼻水鼻づまりも。皆さんすっかり良くなります」
自信に満ちた声で医者が応えると、青年は微笑んだ。
「では、ぼくを『普通』に治していただきたいのですが」
その言葉に、医者は戸惑いの表情を浮かべる。
「どういうことでしょうか?」
「ぼくはよく人から『普通じゃない』と言われるんです。たとえば、ぼくは果物を食べません。食べるのが可哀想だからです。だけど、みんな『おかしい』『普通じゃない』と言ってきます」
「ははぁ」
「他には、右手の薬指のつめだけマニキュアを塗るとか、数字を書く時には東を拝むとか。そうすると落ち着くからやっているだけなのに、周りからは止めろと言われます」
医者はバランスを取りつつ、さり気なく青年の足元へ視線を落とす。
青年は右足に革靴を、左足にブーツをはいていた。
「ぼくはなるべく目立たないように、普通になろうとしてきました。だけど、妙な目で見られ、爪弾きにされてしまう」
おかしな奴がやって来たものだ、と医者は思う。いや、病院なのだから、心身共に健康という者も来ないだろうが。
医者は笑顔を浮かべ、こちらを見上げる青年に言う。
「まあ、落ち着いてください。お聞きした限りでは、あなたは病気とまでは……」
「嘘だっ! ぼくは病気なんだ。おかしいんです。ぼくを普通にしてくれ!」
青年は立ち上がって両手を振り回し、訴えた。次第に声は大きくなり、叫び声のようになる。
「お願いだ、頼む! ふざけていないでぼくを治療してくれ!」
青年が医者の胸ぐらに掴みかかろうとしたところでドアが開いた。
看護師たちが入ってきて、青年を取り押さえる。
ほどなくして、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
青年が警官に連れられていき、診察室には医者と看護師らが残された。
「危ないところでしたね、先生」
「いや、大丈夫さ。患者たちのおかげで、とっぴな行動には慣れている」
「さすがは先生です。では、我々はまた持ち場に戻りますので」
そう言い置いて、尻尾を生やした看護師らは四つん這いになり、ペタペタと診察室を出て行く。
「……今どき『普通』になりたいだなんて、ずいぶん変わった奴だったな」
そう呟いて、ピエロの格好をした医者は、玉乗りを続けたままカルテに記入をした。
いつしか強烈な個性が当たり前となったこの世界。
むしろ厳しく指摘をするという、あの青年の周囲の人のほうこそ、病院で診てもらうべきなのだ。
そうしてこの病院はさらに繁盛するのだった。
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