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#9 夢の旅路 (繰り返す悪夢)
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学生時代の友人と再会したのは、機内でのことだった。たまたま座席が隣り合わせだったのだ。
「おお、久しぶり!」
「いやあ、すごい偶然だな!」
私たちは笑顔で挨拶を交わす。思いがけない、旧交を温める機会だった。
海外へのフライトなので、どう時間を潰そうかと思っていたが、退屈せずにすみそうだった。
「それにしても大変だな。いろんな国々を飛び回っているんだって?」
飛び立った機体が安定し、シートベルトを外しながら私は友人に尋ねる。
彼の噂は、人づてに聞いていた。なんでも、数多くの国際間取引に携わっているのだとか。
「まあね。先月は中国とシンガポールへ、その前にはドイツとベルギーだ。ろくに休むひまもない」
「激務だな。道理で顔色があんまりよくないようだ。目の下もくまができている」
「いやぁ……ははは」
やせているというよりは、やつれているといったほうがいいだろうか。
学生時代の彼を知っている私からすると、体調が悪いのではないかと心配にもなる。
友人は曖昧に笑い、ちょうど横を通りかかった客室乗務員へホットコーヒーを注文した。
互いの近況の話や仕事についての話を一通りすると、昔の話になった。
私たちの通っていた大学はそれなりに難関と呼ばれるところで、入試もハードルが高かったのだ。
「今でも、たまに受験の時を夢に見ることがあるよ」
私はお茶を飲みながら言った。
「今の年齢と知識のままで、あの時の受験会場にいるんだ。時間は迫ってくるのに、答案は真っ白なまま。頭の中も真っ白だ。間違いなく落ちた、と思ったところで、ハッと目が覚める」
「それはキツい。もう受験の知識なんて忘れてしまったもんな」
友人と顔を見合わせ、苦笑する。
「そう言えば、今の話で思い出したんだが」
友人はホットコーヒーを一口飲むと、そう切り出してきた。
「『落ちる』夢って見ないか?」
「ああ、身体がビクッ、となって目が覚めるやつだろ。ジャーキングというらしいな」
なんでも、疲れが溜まっているときや不安を抱えているときになりやすいという。
「俺も、よく見るんだよ」
「疲れているんじゃないか」
当たり障りなく答えたのだが、友人は真剣な顔つきでこちらを見てきた。
「違うんだ。『落ちた!』と思って目が覚めるだろ? だが、そこでもまた『落ちる』んだ」
「は? どういうことだ」
「夢から覚めた夢、というのかな。起きたと思ったらそこも夢で、また落ちて目覚めるんだよ。それを不定期に繰り返すものだから、今では、夢と現実の区別がつかなくなりつつある。だから、なるべくなら眠りたくないんだが……」
冗談かと思ったが、友人は笑っていない。
「やっぱりお前、疲れて――」
言い掛けたところで、ガクンと激しく揺れた。
ところどころで小さな悲鳴が上がる。
『当機は緊急着陸する見込みとなりました。落ち着いて乗務員の指示に従ってください。繰り返します――』
機内アナウンスが流れ、にわかに周囲が騒がしくなる中、私は聞いた。
隣に座る友人が、こう呟くように言ったのを。
「これもまた、夢だったのか――」
私は思った。これが本当に夢だったら良かったのに、と……。
「おお、久しぶり!」
「いやあ、すごい偶然だな!」
私たちは笑顔で挨拶を交わす。思いがけない、旧交を温める機会だった。
海外へのフライトなので、どう時間を潰そうかと思っていたが、退屈せずにすみそうだった。
「それにしても大変だな。いろんな国々を飛び回っているんだって?」
飛び立った機体が安定し、シートベルトを外しながら私は友人に尋ねる。
彼の噂は、人づてに聞いていた。なんでも、数多くの国際間取引に携わっているのだとか。
「まあね。先月は中国とシンガポールへ、その前にはドイツとベルギーだ。ろくに休むひまもない」
「激務だな。道理で顔色があんまりよくないようだ。目の下もくまができている」
「いやぁ……ははは」
やせているというよりは、やつれているといったほうがいいだろうか。
学生時代の彼を知っている私からすると、体調が悪いのではないかと心配にもなる。
友人は曖昧に笑い、ちょうど横を通りかかった客室乗務員へホットコーヒーを注文した。
互いの近況の話や仕事についての話を一通りすると、昔の話になった。
私たちの通っていた大学はそれなりに難関と呼ばれるところで、入試もハードルが高かったのだ。
「今でも、たまに受験の時を夢に見ることがあるよ」
私はお茶を飲みながら言った。
「今の年齢と知識のままで、あの時の受験会場にいるんだ。時間は迫ってくるのに、答案は真っ白なまま。頭の中も真っ白だ。間違いなく落ちた、と思ったところで、ハッと目が覚める」
「それはキツい。もう受験の知識なんて忘れてしまったもんな」
友人と顔を見合わせ、苦笑する。
「そう言えば、今の話で思い出したんだが」
友人はホットコーヒーを一口飲むと、そう切り出してきた。
「『落ちる』夢って見ないか?」
「ああ、身体がビクッ、となって目が覚めるやつだろ。ジャーキングというらしいな」
なんでも、疲れが溜まっているときや不安を抱えているときになりやすいという。
「俺も、よく見るんだよ」
「疲れているんじゃないか」
当たり障りなく答えたのだが、友人は真剣な顔つきでこちらを見てきた。
「違うんだ。『落ちた!』と思って目が覚めるだろ? だが、そこでもまた『落ちる』んだ」
「は? どういうことだ」
「夢から覚めた夢、というのかな。起きたと思ったらそこも夢で、また落ちて目覚めるんだよ。それを不定期に繰り返すものだから、今では、夢と現実の区別がつかなくなりつつある。だから、なるべくなら眠りたくないんだが……」
冗談かと思ったが、友人は笑っていない。
「やっぱりお前、疲れて――」
言い掛けたところで、ガクンと激しく揺れた。
ところどころで小さな悲鳴が上がる。
『当機は緊急着陸する見込みとなりました。落ち着いて乗務員の指示に従ってください。繰り返します――』
機内アナウンスが流れ、にわかに周囲が騒がしくなる中、私は聞いた。
隣に座る友人が、こう呟くように言ったのを。
「これもまた、夢だったのか――」
私は思った。これが本当に夢だったら良かったのに、と……。
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