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#114 永遠の寒空

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寒空の下、ひとりの男が雪に埋もれていた。男は街灯も消えた夜の凍てつく空を見上げ、ぼんやりと息を吐く。星すら輝かぬその夜空は、まるで全てを拒絶する異界のようだった。

彼の名は秋月仁(あきづき じん)、ブラック企業を辞めた直後、あてどもなく街を彷徨っていた男だ。今朝、最後の預金を使い果たし、知人も家族もいない彼は、すでに行く宛などなかった。

「もう……いいか……」

膝を抱えた彼はゆっくりと目を閉じた。
すると——。

「目を開けよ。」

凍える耳に、深い声が響いた。彼は驚き目を開けると、周囲は一変していた。そこは薄青い光に照らされた白銀の世界。空には巨大な双月が輝き、静謐と不気味さが共存する。

「ここは……どこだ?」

男の前に、白いローブの老人が佇んでいる。

「ここは極夜の果て。お前が望んだ終わりの世界だ。」

仁は、最初それが夢だと思った。だが、寒さも、足元の雪の感触も、紛れもなく現実だ。

「お前は“存在を無くす”ことを望んだな。それならばここに留まるがよい。」

老人はそう言い残し、静かに消えた。

——存在を無くす。そうだ、仁は何もかもを諦めていた。ここには誰もいない。痛みも苦しみも、他人の視線すら存在しない。

しかし数日経つと、仁は気づいた。この世界では時間が止まっている。雪は降り積もるが、風も吹かず、自らの痕跡すら残らない。孤独と無音が永遠に続くだけの空間。

「……これは、地獄だ。」

それでも、戻る術などどこにもない。

ある日、遠くにぼんやりと人影が見えた。仁は初めて走り出した。転んでは立ち上がり、必死にその影を追う。だが近づけば近づくほど、それは彼自身の姿に見えた。

「お前は……俺?」

影が微笑む。

「お前はここに来るべきじゃなかった。ここは“終わり”を望んだ者の果てなのだから。」

仁は叫ぶ。
「ならどうすればいいんだよ!」

「望むんだ。もう一度、始まりを。」

——次に目を覚ましたとき、彼は駅のベンチに座っていた。空には星が瞬き、冬の冷たい風が吹く。

彼の隣には見知らぬ少女が立ち、コートを差し出していた。

「……寒そうですね。大丈夫ですか?」

仁は黙って空を見上げた。寒空の向こう、今度は何を望めばいいのだろうかと、ひとすじの涙が頬を伝った。
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