🎊異世界転生が流行っているので１ミリも知らないけど書いてみたら何か良作が生まれた件 （▶20から毎日投稿挑戦開始）

#69 平行移動

ある日、平凡な大学生・草野歩夢（くさのあゆむ）は、不思議なことに気がついた。彼は毎日、ただ歩くだけで、いつの間にか見知らぬ場所に辿り着いていた。最初は地元の町の中だったが、日が経つにつれ、異様な景色が目に入るようになった。

ある夜、歩夢がふと気がつくと、目の前には巨大な城壁がそびえ立っていた。石造りの門が薄暗い月明かりに照らされ、重厚な存在感を放っている。何の前触れもなく、ただ歩いているうちに、彼は別の世界に辿り着いてしまったのだ。

「え……？ ここ、どこだ……？」

そんな彼の混乱をよそに、背後から女性の声がした。

「あら、また『平行移動者』かしら。ここは異世界、『ヴァルティア』。まさか、わかって来たわけじゃないでしょう？」

振り向くと、そこには奇妙な格好をした女性が立っていた。長い銀髪に紫の瞳、そして肩にフクロウを乗せた不思議な姿。彼女は薄笑いを浮かべて歩夢をじっと見ている。

「えっと……平行移動……ですか？　異世界転移じゃなくて？」

「そう。異世界転移のように、特定の条件で一気に来たんじゃなく、平行移動の途中に偶然迷い込んだのね。こちらの世界では、平行移動者がときどき現れるのよ。どうせ迷っただけでしょ？」

彼女は歩夢の顔を見てため息をついた。
「何か特別な力でもあれば歓迎するけど、平行移動で来た人ってたいてい普通の人なのよね……まあ、一応案内してあげるわ。」

歩夢は混乱しながらも、彼女についていくことにした。話によると、異世界「ヴァルティア」には「転移者」と「移動者」の二種類がいるという。
転移者は大きな使命を持って送り込まれるが、移動者はただの通行人で、偶然世界を行き来するだけらしい。平行移動は、特に何の目的も与えられていないため、たいていの移動者は目立たずひっそりと異世界を通り過ぎるのだという。

「つまり、僕はただ通りすがりの『観光客』ってことですか？」

「そうよ。もし異世界の騒乱に巻き込まれたら困るわ。平行移動者に何かあってもこっちの責任になっちゃうもの。さあ、向こうに歩いてごらんなさい。気がつけば、また元の世界に戻ってるわよ。」

そう言われて歩夢が言われた通りに歩き始めると、彼女の姿は徐々に遠ざかっていく。まるで、空気が変わるかのように、周りの景色がふわりと歪み始めた。歩夢はふと、再び見覚えのある街並みに立っていることに気がついた。

「……戻ってきたのか？」

普通の街路灯が照らす道。元の世界に戻ったことを実感するものの、どこかぼんやりと夢を見ていたような気分だった。しかし、その夜から、彼が「ただ歩くだけ」で異世界に迷い込むことはなくなった。

……ただ、たまに夢に出てくるのだ。あの銀髪の女性が肩にフクロウを乗せて「またの平行移動をお待ちしています」と笑っている姿が。

平行移動は、誰でもいつでもできる。ただし、ほんの少しだけ「間違った方向に歩く」ことで、思わぬ平行世界へたどり着くのだと彼は気づいた。だがその後の人生で、再び異世界を目にすることはなかった。