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#65 彼岸花の咲く頃に

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死の淵で気づくと、赤い花の海が広がっていた。彼岸花だ。それはまるで、何か不吉な啓示のように揺れている。足元からひとつ、彼岸花を抜くと、不思議な感覚が指先をかすめた。

「お目覚めか?」

声に振り向くと、そこには烏帽子(えぼし)姿の男が立っていた。古の時代から現れたかのような風貌だ。背後には、静かに燃えるような赤い花が、風にそよいでいる。

「ここはどこだ?」
と尋ねると、男は薄く笑った。

「地獄の門のひとつ。いわば、あなたが『生まれ変わる』ための場所ですよ」

生まれ変わる? 俺は疑問を抱きながら、男の示した道を歩いた。
そこには、鮮やかな彼岸花の群れが続いており、道の先には扉がひとつ。男は扉を指差しながら告げた。

「あなたの罪が一輪の彼岸花に変わりました。踏みしめるたびにあなたは記憶を失い、ただ一つ、来世に残せるものをひとつ選びます」

「残せるもの?」
と、俺は思わずつぶやく。

「そう、言葉か力か、愛する者の記憶か……どれでもよい。しかし、選べるのはただひとつです」

男はそう言い残し、静かに消えた。俺は道を進むたびに、足元の彼岸花を踏みつけていく。記憶がかすれる。なぜ俺はここにいる? どうしてここを歩いている?
そして、選択の瞬間が訪れた。

「……これだけは、残してくれ」

俺が最後に口にした言葉は、深紅の彼岸花に吸い込まれていく。そして次の瞬間、目の前に広がったのは、まったく知らない街の景色だった。

「お兄さん、彼岸花だよ! 見て!」

誰かの声が聞こえる。そばにいる少年が、道端の彼岸花を摘んでいた。その赤い花が、奇妙に懐かしい気がしたが、何も思い出せない。

ただ、言いようのない喪失感が胸に残っていた。
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