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#59 スライディング勇者

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「行けえええええええ!」  
熱狂する観客の歓声が響き渡る中、俺は最後の力を振り絞ってベースへと突っ込んだ。完璧なスライディングだった。指先がベースに触れる瞬間、確信した――間に合った!  

しかし次の瞬間、周囲の景色がねじれるように歪んだ。眩暈がして、俺は地面に叩きつけられたような感覚を覚えた。気づけば見知らぬ草原に横たわっていた。  

「……ここは、どこだ?」  
砂埃とグラウンドの匂いは消え、代わりに澄んだ風が頬を撫でた。遠くの空には二つの月が浮かんでいる。

「おお、お主、まさか伝説の『スライディングの英雄』か!」  
突然、甲冑を纏った騎士たちが俺を取り囲み、ひざまずいた。

「伝説の、何?」  
呆然とする俺に、騎士のリーダーらしき男が神妙な面持ちで語り始める。

「我が国には予言がある。異世界より『スライディングの達人』が現れ、全ての難局を滑り込みで解決する、と!」  

どういうことだ、と混乱する間もなく、目の前に一冊の羊皮紙が差し出された。そこには「スライディング技術を応用した戦術マニュアル」と書かれている。  

「……本気かよ?」  

だがその時、敵軍の侵攻を知らせる鐘が鳴った。
俺が「待ってくれ!」と叫ぶ暇もなく、騎士たちは俺を王都の最前線へと連れ出してしまう。  

敵軍の前に立たされた俺は、武器も防具も与えられないまま、一人で広大な戦場に放り出された。  

「さあ英雄よ! スライディングで奴らを打ち倒すのだ!」  

絶望しかけた俺だったが――次の瞬間、妙な確信が湧いた。なぜかわからないが、いける気がする。

「――やるしかねえ!」  
そう叫ぶと、俺は滑り出した。

地面を駆け抜け、戦場の中央で完璧なスライディングを決めると、敵兵たちは次々と吹き飛ばされ、混乱に陥った。なぜか物理法則が崩壊し、俺のスライディングは一撃必殺の魔法級の威力を発揮していたのだ。  

「くそ、なんだこれ!?」  

だが戦場のど真ん中で滑り続ける俺は、奇妙な快感を覚えていた。これが、俺の新しい人生……いや、新しい滑り出しだったのだ。  

「俺の人生、滑り込みで勝ってみせる!」

そして俺は、二つの月が輝く空の下、新たな英雄として駆け抜けることを決意する――足を滑らせながら。
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