13 / 25
アレク編
魔法使いの街 1
しおりを挟む
フリードは、辺境で羊飼いを営むシアン家の第一子として生まれた。
彼は純朴で優しい両親のもとですくすくと成長し、やがては家業を継ぐものと思われていた。しかし、三歳になる年に魔法使いの適正を見出されると、彼の慎ましやかな人生は一変する。
魔法を使う能力を有する者は例外なく『学園』に所属し、何年もかけて自らの力を制御する術を学び、我が物としなくてはならない。この規則に逆らうことはできない。なぜなら、正しい技術を身につけなければやがて自他に危険が及ぶからだ。そう言った悲劇の芽を摘むことは『学園』の存在意義の一つだった。
後継を手放さなくてはならないと知って、両親は落胆した。だが同時に、可愛い我が子の稀有な才能を喜んだ。魔法使いとなれば、まず職にあぶれることはない。自分達とは違って裕福な暮らしができるはずだと考えてのことだった。
かくして幼いフリードは親元から離され、遠い都で同じ境遇の子供達と寝食を共にすることになった。家族に会えない悲しみは、やがて読み書きを覚え、手紙を交わせるようになると徐々に和らいで行った。
初めて帰郷が許されたのは十歳を過ぎた頃だった。子供一人で向かうには困難な道のりだったが——とにかく遠かったのだ——フリードは朧げな記憶に残る両親に会いたい一心で、なんとか生家に辿り着くことができた。そんな彼を、両親はもちろん幼い弟や妹たち、皆が歓迎した。わずか数日間の滞在だったが、フリードは『学園』に戻っても、もう寂しくはなかった。
シアン家の絆は強かった。
フリードはやがて成長すると、家族の元へ帰るよりも薬師として都に残ることを選んだ。魔法使いとして仕事をするなら、田舎では限界があると知っていたのだ。家族との連絡は絶やさなかった。自身も裕福な暮らしとは言えなかったが、仕送りを惜しまなかった。
ある時、母は、長男からの便りが絶えていることに気付いた。
魔法使いからの手紙は足が速い。こちらが出した手紙が都にいる息子の家のポストに届くまで、早くても三日はかかるだろうが、返信は魔法でできた鳥があっという間に運んできてくれる。家族は、フリードからの便りを一週間以上待ったことがなかった。
それが今はどうだ、最後に手紙が来たのはいつだった? そわそわし出した母とは違い、他の家族にはまだ余裕があった。たまには遅れることもあるだろうと楽観していたのだ。けれども、いつもの時期を過ぎても仕送りが届かないという段になって、どうやらこれはただ事ではないと皆が気付いた。
それと言うのも、定期的に送られてくる荷の中には、末の妹の持病にまつわる薬が含まれていたのだ。他で入手できないことはないが、家族を愛するあの真面目な長男が、うっかり忘れるはずのないものだった。
異常を感じた時から母は何度も手紙を送っていたが、ただの一通も返って来ない。何かあったのではないか? 皆がそう思った。
そこで、三男坊のアレクに白羽の矢が立った。彼は兄ほど家業の手伝いに追われていなかったし、姉たちには嫁ぎ先の仕事がある。下には病を抱えた妹だけだ。つまりは消去法であるが、何より、若くて体力があった。
かくしてアレクは、父から「上の兄さんの家に行って様子を見てこい」と命じられることになった。
はじめは戸惑ったものの、最後にはまだ見ぬ遠い都への興味と憧れが勝り、アレクは一人で家を発った。
それから四日が経つ。
彼は純朴で優しい両親のもとですくすくと成長し、やがては家業を継ぐものと思われていた。しかし、三歳になる年に魔法使いの適正を見出されると、彼の慎ましやかな人生は一変する。
魔法を使う能力を有する者は例外なく『学園』に所属し、何年もかけて自らの力を制御する術を学び、我が物としなくてはならない。この規則に逆らうことはできない。なぜなら、正しい技術を身につけなければやがて自他に危険が及ぶからだ。そう言った悲劇の芽を摘むことは『学園』の存在意義の一つだった。
後継を手放さなくてはならないと知って、両親は落胆した。だが同時に、可愛い我が子の稀有な才能を喜んだ。魔法使いとなれば、まず職にあぶれることはない。自分達とは違って裕福な暮らしができるはずだと考えてのことだった。
かくして幼いフリードは親元から離され、遠い都で同じ境遇の子供達と寝食を共にすることになった。家族に会えない悲しみは、やがて読み書きを覚え、手紙を交わせるようになると徐々に和らいで行った。
初めて帰郷が許されたのは十歳を過ぎた頃だった。子供一人で向かうには困難な道のりだったが——とにかく遠かったのだ——フリードは朧げな記憶に残る両親に会いたい一心で、なんとか生家に辿り着くことができた。そんな彼を、両親はもちろん幼い弟や妹たち、皆が歓迎した。わずか数日間の滞在だったが、フリードは『学園』に戻っても、もう寂しくはなかった。
シアン家の絆は強かった。
フリードはやがて成長すると、家族の元へ帰るよりも薬師として都に残ることを選んだ。魔法使いとして仕事をするなら、田舎では限界があると知っていたのだ。家族との連絡は絶やさなかった。自身も裕福な暮らしとは言えなかったが、仕送りを惜しまなかった。
ある時、母は、長男からの便りが絶えていることに気付いた。
魔法使いからの手紙は足が速い。こちらが出した手紙が都にいる息子の家のポストに届くまで、早くても三日はかかるだろうが、返信は魔法でできた鳥があっという間に運んできてくれる。家族は、フリードからの便りを一週間以上待ったことがなかった。
それが今はどうだ、最後に手紙が来たのはいつだった? そわそわし出した母とは違い、他の家族にはまだ余裕があった。たまには遅れることもあるだろうと楽観していたのだ。けれども、いつもの時期を過ぎても仕送りが届かないという段になって、どうやらこれはただ事ではないと皆が気付いた。
それと言うのも、定期的に送られてくる荷の中には、末の妹の持病にまつわる薬が含まれていたのだ。他で入手できないことはないが、家族を愛するあの真面目な長男が、うっかり忘れるはずのないものだった。
異常を感じた時から母は何度も手紙を送っていたが、ただの一通も返って来ない。何かあったのではないか? 皆がそう思った。
そこで、三男坊のアレクに白羽の矢が立った。彼は兄ほど家業の手伝いに追われていなかったし、姉たちには嫁ぎ先の仕事がある。下には病を抱えた妹だけだ。つまりは消去法であるが、何より、若くて体力があった。
かくしてアレクは、父から「上の兄さんの家に行って様子を見てこい」と命じられることになった。
はじめは戸惑ったものの、最後にはまだ見ぬ遠い都への興味と憧れが勝り、アレクは一人で家を発った。
それから四日が経つ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる