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フリード編
フリード・シアン5
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研究所の小さな窓は、あっという間にてるてる坊主で埋め尽くされた。僕らは別の窓を求めて廊下に出た。
「おや?」
僕はすぐに異変に気付いた。
ルーナは立ち止まった僕にはお構いなしに、僕の脇をすり抜け、廊下の窓の前でいそいそとてるてる坊主を取り出している。
僕は別の窓の前に立ち、思い切ってそれを開け放ってみた。
冷たい、湿った空気が頬を撫でながら入ってくる。同時にしとしとと静かな音が聞こえてきた。
先ほどここを通った時はもっと大きな音を立てて、激しい雨が降っていた。それが今は、小雨になっている。
ルーナに付き合って家中の窓を周り終えた頃、空には晴れ間が見えていた。
僕らは明るくなってきた空を、家で一番大きな窓の前で見ていた。
「ルーナ、外をごらん。すっかり晴れたよ」
僕の隣でじっと空を見上げているルーナを、暖かな陽の光が照らし出す。
表情一つ変えない彼女を見ていたら、なぜだかおかしくなってきてしまった。
「はは! てるてる坊主のおかげかな。おまじないもたまには効くね」
ルーナの視線の先が空から僕に移動する。
「なぜ笑っているのですか?」
彼女の声は変わらず平坦なのに、不思議と今は、キョトンとしている小さな子供のように見えた。
僕はなんとなく、弟や妹と話しているような気分になってしまう。
「君には悪いけれど、本当に晴れるとは思っていなかったんだ。驚いたよ」
「人間は驚くと笑うのですか?」
「ときどきね。そう言う時もあるよ」
話していたら、ふと思いついたことがあった。
「ほら、絵本の女の子も雨があがったら笑っていただろう? 君も笑ってみたらどうだい」
僕はそう言いながら、ニコッとルーナに笑いかけてみる。
「……」
彼女は無言だ。それはそうだ。感情のないゴーレムに理解できるはずがない。小さい頃の弟たちならきっと笑い返してくれたと思うのだが……。
リアクションがないまま数秒、僕はだんだん自分の顔が引きつっていくのを感じていた。まじまじと見つめられているのも恥ずかしかった。
たまらず「ごめん」と謝ろうとしたその時、彼女が微笑んだ。
初めて見る笑顔だった。絵本の女の子にそっくりの、愛らしい無邪気な笑顔だった。
しかし瞬きしている間に真顔に戻って、言ってくる。
「昼食の準備をしてよろしいですか?」
「あ……ああ、頼むよ」
「はい。ご主人様」
ルーナが踵を返して、キッチンの方へ歩いて行く。
僕の手の中には空っぽの麻袋が残った。
頰が熱い。
寒かったから風邪をひいたんだ。きっと、そうだ。
ルーナがてるてる坊主を作ることはそれきり二度となかった。
けれど、雨上がりには必ず笑うようになった。
僕はそれを見るたびに、なんだかそわそわした気分になるのだった。
「おや?」
僕はすぐに異変に気付いた。
ルーナは立ち止まった僕にはお構いなしに、僕の脇をすり抜け、廊下の窓の前でいそいそとてるてる坊主を取り出している。
僕は別の窓の前に立ち、思い切ってそれを開け放ってみた。
冷たい、湿った空気が頬を撫でながら入ってくる。同時にしとしとと静かな音が聞こえてきた。
先ほどここを通った時はもっと大きな音を立てて、激しい雨が降っていた。それが今は、小雨になっている。
ルーナに付き合って家中の窓を周り終えた頃、空には晴れ間が見えていた。
僕らは明るくなってきた空を、家で一番大きな窓の前で見ていた。
「ルーナ、外をごらん。すっかり晴れたよ」
僕の隣でじっと空を見上げているルーナを、暖かな陽の光が照らし出す。
表情一つ変えない彼女を見ていたら、なぜだかおかしくなってきてしまった。
「はは! てるてる坊主のおかげかな。おまじないもたまには効くね」
ルーナの視線の先が空から僕に移動する。
「なぜ笑っているのですか?」
彼女の声は変わらず平坦なのに、不思議と今は、キョトンとしている小さな子供のように見えた。
僕はなんとなく、弟や妹と話しているような気分になってしまう。
「君には悪いけれど、本当に晴れるとは思っていなかったんだ。驚いたよ」
「人間は驚くと笑うのですか?」
「ときどきね。そう言う時もあるよ」
話していたら、ふと思いついたことがあった。
「ほら、絵本の女の子も雨があがったら笑っていただろう? 君も笑ってみたらどうだい」
僕はそう言いながら、ニコッとルーナに笑いかけてみる。
「……」
彼女は無言だ。それはそうだ。感情のないゴーレムに理解できるはずがない。小さい頃の弟たちならきっと笑い返してくれたと思うのだが……。
リアクションがないまま数秒、僕はだんだん自分の顔が引きつっていくのを感じていた。まじまじと見つめられているのも恥ずかしかった。
たまらず「ごめん」と謝ろうとしたその時、彼女が微笑んだ。
初めて見る笑顔だった。絵本の女の子にそっくりの、愛らしい無邪気な笑顔だった。
しかし瞬きしている間に真顔に戻って、言ってくる。
「昼食の準備をしてよろしいですか?」
「あ……ああ、頼むよ」
「はい。ご主人様」
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頰が熱い。
寒かったから風邪をひいたんだ。きっと、そうだ。
ルーナがてるてる坊主を作ることはそれきり二度となかった。
けれど、雨上がりには必ず笑うようになった。
僕はそれを見るたびに、なんだかそわそわした気分になるのだった。
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