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第29話 焼売
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(そういえば「光食堂」では蒸し料理が出せると噂で聞いていたな……この辺りでは珍しいな)
光食堂のある王国においては蒸し料理というのはまず見ない。
そもそも蒸すという「蒸気を使って調理する」という発想がなかなか出てこないし、それに必要な道具である「蒸籠」を作る手間もかかるためだ。
実際、地球における話になるがイタリア料理やフランス料理には中華料理や日本の料理のように「蒸す」料理はほぼ存在しないとのことだ。
そんな珍しい料理を「出せる」という噂を聞いて仕事の合間に顔を出すことにしたのだ。
「いらっしゃいませ。あら、あなたサイフォンさんじゃないですか」
「こんばんわ、光さん。名前を憶えていただき光栄です」
光食堂のある国は獣人の国で店主と同じ人間、それも同じ黒い髪をした人間というのは非常に珍しく、お互い1回会っただけですぐ顔と名前を覚えたのだ。
「ところで光さん。この店、噂では蒸し料理があると聞きましたが?」
「蒸し料理……ですか。でしたら『焼売』がそうですけど」
彼女はそう言葉を返した。
「焼売」
「豚の挽肉を小麦粉の皮で包み蒸した料理」
メニューにはそう書かれている。「蒸し料理」というこの国では聞かない調理法なため、新しい物が好きな人たちから注文が入ることが多い。
「わかりました。ではそのシューマイとやらをお願いします」
「はいかしこまりました。おかけになってお待ちください」
サイフォンはその蒸し料理を注文した。
(お、このイス……座り心地が良いな)
チーズリゾットを頼んだ1回目の時よりも座り心地が良くなっているイスに腰掛ける。
こういう見えない心遣いが出来るのは良い店の証だろう。
特に大衆向けの飲食店は回転率を上げるため、つまりは客の店への滞在時間を短くするために
メシを食ったらさっさと帰ってくれるよう、わざと座り心地が悪いイスを使う店もあるという。
それをしないという点から見ても、ここはかなりまっとうな店だ。
「あら、サイフォンの旦那じゃないですか!」
「これはリリーさん、奇遇ですね」
サイフォンは偶然にも光食堂を訪れてカネを支払い、あとは帰るだけだったリリーとラルの2人に出会った。
かれこれ1か月は会っていない知り合いとの再会に胸が弾むが、彼女の隣にいる青い髪をした鳥型獣人は露骨に嫌な顔をする。
「オイリリー、その男は誰だ?」
「私が普段仕事で世話になってる人よ。あ、大丈夫。彼は妻子持ちだから安心して」
「そ、そうか……」
「妻子持ち」という話を聞いて彼は一安心する。それなら彼女に手を出す真似は余程の事がない限りはしないだろうと納得したという。
「リリー、後は家に帰るだけだろ? 送ってやるよ」
「あ、ありがとう。優しいのねラルは」
「まぁな。俺のこと知ってて言うか?」
「ふふっ。それもそうね」
仲良く談笑しながら2人は店を後にする。サイフォンは「良い人が出来たんだな」と彼女の将来について安堵したという。
「お待たせしました。焼売になります。しょうゆをつけて食べるとおいしいですよ」
サイフォンがリリー達が店を出るのを見送ってから間もなく、料理が出される。短い一口大程度の円柱状の物体が6つ、皿の上に盛られていた。
その中の1個をフォークで縦に割くと、肉汁が出て豚肉の香りが広がる。
(見たことも無い料理だな。火は中まで通ってるようだが……まぁこの店の料理なら大丈夫だろう)
以前チーズリゾットを食べた身としてはこの店にはある程度の信頼がある。それを頼りにまずは半分に割いた片割れを何もつけずに食う。
飛び込んでくるのは肉、それも市場に出回っている物とは格段に違う極めて質のいいうま味を持つ豚肉の味。それが肉汁と共に口の中に広がった。
(うん。美味い)
彼を満足させる味だった。今度は店主が勧めたように「ショウユ」なるものをかけて食うことにする。
シューマイと一緒に出てきた小皿の上にこれまた同じく一緒に出された陶器でできた瓶差しの中身の真っ黒な液体をかけていく。
それを見るが、美味そうには見えない。
「光さん、一応聞きますがこの『ショウユ』とか言いましたっけ? 食べても大丈夫なものなのですか?
まさかとは思いますがタールみたいなものじゃないでしょうね?」
「大丈夫ですよ。皆さんしょうゆやソースを見るのは初めてらしくて戸惑う人が多いんですけど、食べれば美味しかったと感想をくれますから」
「そ、そうですか……」
店主が嘘をついている理由が見当たらないし、嘘をついたところで彼女が得をするとも思えない。
半信半疑、正確に言えば信の方が多少大きかったがその黒い液体をさっき縦に割いたシューマイのもう片方の片割れに付けて食う。
「おお……!」
思わず、感嘆の声がもれる。
豚肉のうま味にショウユの塩気とうま味が絡みつき、さらなる高みへと誘う。
互いを高め合い芸術的なまでのバランスを実現していた。
(これは……ご飯が欲しくなる!)
「光さん! ライスを頼みます!」
すぐさまサイフォンはライスの追加注文を頼む。
彼の予想通りこのシューマイの味はライス、それもこの店ならではの極上の物にぴったりで、
これならいくらでも胃袋に入りそうなくらいの錯覚すら感じさせるほどの美味だった。
(しかし彼女はどうやって蒸し料理を学んだのだろうか……分からんな)
シューマイ4個とライス1皿を平らげお代わりのライスを待つ間、彼は考える。
獣人の国であるこの国において、人間というのは他所から流れてきた者、
あるいは自分と同じように他国を拠点にしてこの国を訪れる者、というがほぼ全員だ。
遠い国では蒸し料理も一般的だそうなので、彼女はそこで修行を積んだ後に流れてきたのだろう。
だがこれほどの料理を出す腕前を持ちながら何故他所に流れたのだろうか?
これだけのものを出せるのなら故郷の国で宮廷料理人としても十分やっていけるほどの腕を持っているはずだ。
何かしら言えない事情でもあるのだろうか?
「お待たせいたしました。ライスのお代わりをお持ちしました」
「お、来たか」
とはいえそれは美味い料理を食うには邪魔なもの。サイフォンはとりあえずはその疑問を腹の中にため込んで、残りの料理を味わうことにした。
【次回予告】
「この店の中」だけでなく「店の外」でも料理を味わってもらいたい。そう思い彼女は新サービスを始めた。
第30話「持ち帰り:鮭のオニギリ」
光食堂のある王国においては蒸し料理というのはまず見ない。
そもそも蒸すという「蒸気を使って調理する」という発想がなかなか出てこないし、それに必要な道具である「蒸籠」を作る手間もかかるためだ。
実際、地球における話になるがイタリア料理やフランス料理には中華料理や日本の料理のように「蒸す」料理はほぼ存在しないとのことだ。
そんな珍しい料理を「出せる」という噂を聞いて仕事の合間に顔を出すことにしたのだ。
「いらっしゃいませ。あら、あなたサイフォンさんじゃないですか」
「こんばんわ、光さん。名前を憶えていただき光栄です」
光食堂のある国は獣人の国で店主と同じ人間、それも同じ黒い髪をした人間というのは非常に珍しく、お互い1回会っただけですぐ顔と名前を覚えたのだ。
「ところで光さん。この店、噂では蒸し料理があると聞きましたが?」
「蒸し料理……ですか。でしたら『焼売』がそうですけど」
彼女はそう言葉を返した。
「焼売」
「豚の挽肉を小麦粉の皮で包み蒸した料理」
メニューにはそう書かれている。「蒸し料理」というこの国では聞かない調理法なため、新しい物が好きな人たちから注文が入ることが多い。
「わかりました。ではそのシューマイとやらをお願いします」
「はいかしこまりました。おかけになってお待ちください」
サイフォンはその蒸し料理を注文した。
(お、このイス……座り心地が良いな)
チーズリゾットを頼んだ1回目の時よりも座り心地が良くなっているイスに腰掛ける。
こういう見えない心遣いが出来るのは良い店の証だろう。
特に大衆向けの飲食店は回転率を上げるため、つまりは客の店への滞在時間を短くするために
メシを食ったらさっさと帰ってくれるよう、わざと座り心地が悪いイスを使う店もあるという。
それをしないという点から見ても、ここはかなりまっとうな店だ。
「あら、サイフォンの旦那じゃないですか!」
「これはリリーさん、奇遇ですね」
サイフォンは偶然にも光食堂を訪れてカネを支払い、あとは帰るだけだったリリーとラルの2人に出会った。
かれこれ1か月は会っていない知り合いとの再会に胸が弾むが、彼女の隣にいる青い髪をした鳥型獣人は露骨に嫌な顔をする。
「オイリリー、その男は誰だ?」
「私が普段仕事で世話になってる人よ。あ、大丈夫。彼は妻子持ちだから安心して」
「そ、そうか……」
「妻子持ち」という話を聞いて彼は一安心する。それなら彼女に手を出す真似は余程の事がない限りはしないだろうと納得したという。
「リリー、後は家に帰るだけだろ? 送ってやるよ」
「あ、ありがとう。優しいのねラルは」
「まぁな。俺のこと知ってて言うか?」
「ふふっ。それもそうね」
仲良く談笑しながら2人は店を後にする。サイフォンは「良い人が出来たんだな」と彼女の将来について安堵したという。
「お待たせしました。焼売になります。しょうゆをつけて食べるとおいしいですよ」
サイフォンがリリー達が店を出るのを見送ってから間もなく、料理が出される。短い一口大程度の円柱状の物体が6つ、皿の上に盛られていた。
その中の1個をフォークで縦に割くと、肉汁が出て豚肉の香りが広がる。
(見たことも無い料理だな。火は中まで通ってるようだが……まぁこの店の料理なら大丈夫だろう)
以前チーズリゾットを食べた身としてはこの店にはある程度の信頼がある。それを頼りにまずは半分に割いた片割れを何もつけずに食う。
飛び込んでくるのは肉、それも市場に出回っている物とは格段に違う極めて質のいいうま味を持つ豚肉の味。それが肉汁と共に口の中に広がった。
(うん。美味い)
彼を満足させる味だった。今度は店主が勧めたように「ショウユ」なるものをかけて食うことにする。
シューマイと一緒に出てきた小皿の上にこれまた同じく一緒に出された陶器でできた瓶差しの中身の真っ黒な液体をかけていく。
それを見るが、美味そうには見えない。
「光さん、一応聞きますがこの『ショウユ』とか言いましたっけ? 食べても大丈夫なものなのですか?
まさかとは思いますがタールみたいなものじゃないでしょうね?」
「大丈夫ですよ。皆さんしょうゆやソースを見るのは初めてらしくて戸惑う人が多いんですけど、食べれば美味しかったと感想をくれますから」
「そ、そうですか……」
店主が嘘をついている理由が見当たらないし、嘘をついたところで彼女が得をするとも思えない。
半信半疑、正確に言えば信の方が多少大きかったがその黒い液体をさっき縦に割いたシューマイのもう片方の片割れに付けて食う。
「おお……!」
思わず、感嘆の声がもれる。
豚肉のうま味にショウユの塩気とうま味が絡みつき、さらなる高みへと誘う。
互いを高め合い芸術的なまでのバランスを実現していた。
(これは……ご飯が欲しくなる!)
「光さん! ライスを頼みます!」
すぐさまサイフォンはライスの追加注文を頼む。
彼の予想通りこのシューマイの味はライス、それもこの店ならではの極上の物にぴったりで、
これならいくらでも胃袋に入りそうなくらいの錯覚すら感じさせるほどの美味だった。
(しかし彼女はどうやって蒸し料理を学んだのだろうか……分からんな)
シューマイ4個とライス1皿を平らげお代わりのライスを待つ間、彼は考える。
獣人の国であるこの国において、人間というのは他所から流れてきた者、
あるいは自分と同じように他国を拠点にしてこの国を訪れる者、というがほぼ全員だ。
遠い国では蒸し料理も一般的だそうなので、彼女はそこで修行を積んだ後に流れてきたのだろう。
だがこれほどの料理を出す腕前を持ちながら何故他所に流れたのだろうか?
これだけのものを出せるのなら故郷の国で宮廷料理人としても十分やっていけるほどの腕を持っているはずだ。
何かしら言えない事情でもあるのだろうか?
「お待たせいたしました。ライスのお代わりをお持ちしました」
「お、来たか」
とはいえそれは美味い料理を食うには邪魔なもの。サイフォンはとりあえずはその疑問を腹の中にため込んで、残りの料理を味わうことにした。
【次回予告】
「この店の中」だけでなく「店の外」でも料理を味わってもらいたい。そう思い彼女は新サービスを始めた。
第30話「持ち帰り:鮭のオニギリ」
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