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第4話 「生け贄」のはずだったのに……
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カレンの縁談が決まって1ヵ月後……ついに祖国を離れアランドル家に居を移す日がやってきた。4台の馬車に嫁入り道具の積み込みが終わり、あとは新たな住まいであるアランドル王国に向かうだけ。
「これが最後かもしれないのだから」という周りからの要望でカレンは兄2人と母に声をかけた。
「お兄様もお母様も私が嫁ぐことになって清々してるんでしょ?」
「ああそうだ。これでようやく「魔女姫」がいなくなると思うとスッキリするよ」
「もちろんだ。特にここ1ヵ月は父上はお前なんかに付きっきりで憎たらしかったんだからな」
「ええもちろん。お前の姿を見なくて済むとなると気が楽になるわ」
(みんな「はい」か。想像してた通りだけどやっぱり嫌だなぁ)
カレンの予想通りの回答が返ってきた。分かっている事とはいえ、やはり傷ついた。
「お母様。見守ってください」
馬車に揺られる中、カレンはそう言って胸まであるパサパサな銀色の長い髪の先端を結ぶように7色の糸から織って作られた虹色のリボンをつけた。
父親が言うには本当の母親が我が子であるカレンのためにと彼女に託してくれたもの。母子を結ぶ唯一のつながりだった。
普段は家族、特に義理の母親や2人の兄にもばれないよう隠し持っていたものだ。
実家を離れた今なら堂々とつけることができる。顔も名前も知らない母親が護ってくれるようで、少しだけ強くなれた気がした。
(私は「呪殺王」なんて言われてる人の事、好きになれるのかな……お父様がいないのは気になるけど、お兄様やお母様がいないから大丈夫だよね?)
彼女は1人、そう思う。一応は嫁入りという形だがその実情は「人質」とでも言えるべきものだろう。国と国との外交のために行われる形だけの婚姻である政略結婚だ。
自分が犠牲になることで、しかも「魔女姫」などと呼ばれて多くの人から忌み嫌われている自分なんかのおかげで、国のためになるのなら。
少なくとも愛してくれたお父様のためになるのなら……悪くはないだろう、と結論付けた。
馬車で揺られること2日半。旅立ってから3日目の夕方にこれから生涯住むことになるアランドル王家の城へとたどり着いた。
「ここがアランドル王国……大きいなぁ」
カレンの目の前に広がる城下町は故郷のエドワード王国とは比べ物にならないほど広く、人の往来も激しく実家よりずっとにぎわっているのが分かるものだった。
行き交う人々が出す雑踏の音、何軒も連なる屋台から漂ってくる食べ物の匂い。それらの密度はエドワード王国の城下町とは段違いに「濃い」もの。
噂では領土がエドワード王国の何倍も広いだけあってそれにふさわしい。
夕暮れで空が赤く染まる中、一行はアランドル王城の王の間に行く。その城も城下町の広さにふさわしい大きさで立派なたたずまいだった。
エドワード王国の城なんて、この城と比べたら「大人と子供の背比べ」のようなものだった。
城に入ると既に連絡が行っているのか、あっさりと通してくれた。夕暮れの日がかすかに差すカレンの実家よりもずっと広い王の間、その玉座には成人というには少し若い青年が座っていた。
やや威圧的な髪形をしたこげ茶色の髪に黒い瞳。服装は軽装ではあるものの革製の鎧、地球で言うスパルタ剣闘士のようにも見える服で、見事に6つに割れた腹筋を見せつけるかのように腹が露出しているもの。
身体に良く筋肉が付いていてかなりがっしりとした体形で、18歳という実年齢よりはパッと見ただけではもう少し年上にも見える姿だ。
「あなたが、デニス=アランドルさんですか?」
「ああそうだ。まぁ「呪殺王デニス」といった方がわかりやすいか?」
見た目からすれば結構野太い声が返ってきた。
(「はい」か。本人みたいね。もっとグロテスクなものを想像してたけど結構まともな見た目ね)
カレンは相手の心を読んで本人確認を取る。この能力は彼女自身忌み嫌ってはいたがこういう時には便利だ。
「呪殺王デニス」なんていうあだ名がつくくらいだからさぞやクセのある見た目をしているのだろうと彼女は想像していたが、随分違う。
はたから見たらなかなか顔立ちの整った好青年に見える。右のほほの部分から身体の方に向けて何か文字のようにみえる入れ墨らしきものが彫られているのは少し気になるが。
「で、そちらの子供は? 確か……そう、ロロム君?」
カレンが目線を移し、見たのはデニスのそばにいた5歳の男の子。デニスとは違い若草色の瞳と髪をしたあどけなさの残る少年だ。
「はいそうです。初めまして、ロロムと言います。よろしくお願いします、姉様」
「義理の弟のロロムって言うんだ。正式にアランドル王家の血を引く最後の生き残りってところだな」
「そ、そうなんですか」
(ロロム君も「はい」か。本人のようね)
デニス同様にロロムに対しても本人確認を取った。
「……最後の生き残り、ですか。という事はご両親やほかのご兄弟は?」
カレンはデニスが言った言葉に引っかかった部分……最後の生き残りというセリフについて問う。
「いないよ。昔は義理の両親や兄や姉が1人ずついたけど、はやり病で病死して結局俺とロロムしか残らなかった」
「そ、そうですか……変なこと聞いてしまってごめんなさい」
「謝るようなことじゃないさ、気にしなくていい。人間ってやつは王族も平民も死ぬときはあっけなく死ぬからな。こればっかりは神様の所業ってやつだからな」
(「はい」か。正直に言うじゃない)
「……嘘、つかないんですか?」
「まぁな。カレン、お前が「魔女姫」って呼ばれてるのは知ってるよ。それもあるかな。もちろんそれだけが理由じゃないけどな」
(「はい」か。やっぱり私の「魔女姫」っていうあだ名は知れ渡ってるのね)
「まぁいい、長旅で疲れただろう。夕食を用意しているから食べるといい」
そう言ってデニスは手をスッと出し、カレンは差し出された手を握り食事の間へと案内した。
「……かなりゴツゴツしてて大きな手ですね」
「まぁな。四六時中武器を振り回してりゃこんな手にもなるさ」
そういえば自分の父親もここまで無骨ではないものの、似たような手をしていた。少しだけ懐かしく思える手だった。
食堂までつくと食事が始まる。
カレンはテーブルマナーを実家で学んできたので食事に関しては特に問題はなかった。ただその内容は豪勢だった。
前菜、スープに続いて現れたメインディッシュは厚めのステーキだった。
「これは、牛の肉ですか?」
「ああ。今年の春に生まれたばかりの若い牛の肉さ。この日のために特別に用意したものだ。味は保証する」
「そうですか……!! なにこれ!?」
驚いたのはその柔らかさ。自分の知識の中では確か牛肉というのは平民たちが食べるような硬くてかみ切るのが難しい上に独特の臭いがする肉だった。
それがどうだ! これが牛の肉だとは信じられないほど柔らかく、ナイフでも切れる上に歯でも簡単にかみ切ることができた。
それに味も格別でかむ度に肉のうまみがじゅわりとあふれ出る。ソースの味もそうだが肉自体のうまみや質がカレンの知識にある牛肉とは完全に別ものだった。
おまけに牛肉独特の臭みも無く、香草のクセの強い香りもかすかで、わずかに残った肉の臭みを消す程度の控えめなもの。
今まで食べた牛肉料理のような「元の肉の味が分からなくなるほど強烈な」香草の自己主張の激しさはなく、ソースの香りが存分に味わえる仕上がりになっていた。
カレンは「王族の食事」を食べた事は少ない。エドワード王国の姫君でもあるにかかわらず、だ。
普段食べていたのは家に仕えるメイドや執事よりも貧相な野菜の切れ端が浮かんだ薄い塩味のスープに固いパンといった程度。
目の前にあるのは祭りの日でも出されたことのないような絶品だった。
「どうだ? うまいか?」
「は、はい。すごくおいしいです! 実家でもこんなおいしいもの食べたことがないくらいです。あ、お世辞じゃなくて本当にそう思ってます」
「ハハハ、そうかそうか。口に合うようで良かったよ」
(……割とよく笑う方なのね。デニスさんって)
ヘラヘラとした締まりのない笑いではないのだが、割と笑う方という印象だ。これも「呪殺王」というあだ名のイメージとは、ずいぶん違う。
食事が終われば後は寝るだけ。カレンはあてがわれた寝室へと案内され、寝間着に着替えた。
そのベッドも「ワラを敷き詰めた上に肌触りの悪い麻のシーツが敷かれただけ」だった今までのベッドとは違い、綿が詰まった上に肌触りの良いリネンのシーツを敷かれた物という今まで使ったこともないものだ。
「こんなベッド、私が使ってもいいのかな?」
「当然です。今日からここがカレン様のベッドなんですから遠慮せずに堂々とお使いください」
この国に来てから付いた付き添いのメイドにそう言われると申し訳なさそうに横になり、1夜を過ごした。
「これが最後かもしれないのだから」という周りからの要望でカレンは兄2人と母に声をかけた。
「お兄様もお母様も私が嫁ぐことになって清々してるんでしょ?」
「ああそうだ。これでようやく「魔女姫」がいなくなると思うとスッキリするよ」
「もちろんだ。特にここ1ヵ月は父上はお前なんかに付きっきりで憎たらしかったんだからな」
「ええもちろん。お前の姿を見なくて済むとなると気が楽になるわ」
(みんな「はい」か。想像してた通りだけどやっぱり嫌だなぁ)
カレンの予想通りの回答が返ってきた。分かっている事とはいえ、やはり傷ついた。
「お母様。見守ってください」
馬車に揺られる中、カレンはそう言って胸まであるパサパサな銀色の長い髪の先端を結ぶように7色の糸から織って作られた虹色のリボンをつけた。
父親が言うには本当の母親が我が子であるカレンのためにと彼女に託してくれたもの。母子を結ぶ唯一のつながりだった。
普段は家族、特に義理の母親や2人の兄にもばれないよう隠し持っていたものだ。
実家を離れた今なら堂々とつけることができる。顔も名前も知らない母親が護ってくれるようで、少しだけ強くなれた気がした。
(私は「呪殺王」なんて言われてる人の事、好きになれるのかな……お父様がいないのは気になるけど、お兄様やお母様がいないから大丈夫だよね?)
彼女は1人、そう思う。一応は嫁入りという形だがその実情は「人質」とでも言えるべきものだろう。国と国との外交のために行われる形だけの婚姻である政略結婚だ。
自分が犠牲になることで、しかも「魔女姫」などと呼ばれて多くの人から忌み嫌われている自分なんかのおかげで、国のためになるのなら。
少なくとも愛してくれたお父様のためになるのなら……悪くはないだろう、と結論付けた。
馬車で揺られること2日半。旅立ってから3日目の夕方にこれから生涯住むことになるアランドル王家の城へとたどり着いた。
「ここがアランドル王国……大きいなぁ」
カレンの目の前に広がる城下町は故郷のエドワード王国とは比べ物にならないほど広く、人の往来も激しく実家よりずっとにぎわっているのが分かるものだった。
行き交う人々が出す雑踏の音、何軒も連なる屋台から漂ってくる食べ物の匂い。それらの密度はエドワード王国の城下町とは段違いに「濃い」もの。
噂では領土がエドワード王国の何倍も広いだけあってそれにふさわしい。
夕暮れで空が赤く染まる中、一行はアランドル王城の王の間に行く。その城も城下町の広さにふさわしい大きさで立派なたたずまいだった。
エドワード王国の城なんて、この城と比べたら「大人と子供の背比べ」のようなものだった。
城に入ると既に連絡が行っているのか、あっさりと通してくれた。夕暮れの日がかすかに差すカレンの実家よりもずっと広い王の間、その玉座には成人というには少し若い青年が座っていた。
やや威圧的な髪形をしたこげ茶色の髪に黒い瞳。服装は軽装ではあるものの革製の鎧、地球で言うスパルタ剣闘士のようにも見える服で、見事に6つに割れた腹筋を見せつけるかのように腹が露出しているもの。
身体に良く筋肉が付いていてかなりがっしりとした体形で、18歳という実年齢よりはパッと見ただけではもう少し年上にも見える姿だ。
「あなたが、デニス=アランドルさんですか?」
「ああそうだ。まぁ「呪殺王デニス」といった方がわかりやすいか?」
見た目からすれば結構野太い声が返ってきた。
(「はい」か。本人みたいね。もっとグロテスクなものを想像してたけど結構まともな見た目ね)
カレンは相手の心を読んで本人確認を取る。この能力は彼女自身忌み嫌ってはいたがこういう時には便利だ。
「呪殺王デニス」なんていうあだ名がつくくらいだからさぞやクセのある見た目をしているのだろうと彼女は想像していたが、随分違う。
はたから見たらなかなか顔立ちの整った好青年に見える。右のほほの部分から身体の方に向けて何か文字のようにみえる入れ墨らしきものが彫られているのは少し気になるが。
「で、そちらの子供は? 確か……そう、ロロム君?」
カレンが目線を移し、見たのはデニスのそばにいた5歳の男の子。デニスとは違い若草色の瞳と髪をしたあどけなさの残る少年だ。
「はいそうです。初めまして、ロロムと言います。よろしくお願いします、姉様」
「義理の弟のロロムって言うんだ。正式にアランドル王家の血を引く最後の生き残りってところだな」
「そ、そうなんですか」
(ロロム君も「はい」か。本人のようね)
デニス同様にロロムに対しても本人確認を取った。
「……最後の生き残り、ですか。という事はご両親やほかのご兄弟は?」
カレンはデニスが言った言葉に引っかかった部分……最後の生き残りというセリフについて問う。
「いないよ。昔は義理の両親や兄や姉が1人ずついたけど、はやり病で病死して結局俺とロロムしか残らなかった」
「そ、そうですか……変なこと聞いてしまってごめんなさい」
「謝るようなことじゃないさ、気にしなくていい。人間ってやつは王族も平民も死ぬときはあっけなく死ぬからな。こればっかりは神様の所業ってやつだからな」
(「はい」か。正直に言うじゃない)
「……嘘、つかないんですか?」
「まぁな。カレン、お前が「魔女姫」って呼ばれてるのは知ってるよ。それもあるかな。もちろんそれだけが理由じゃないけどな」
(「はい」か。やっぱり私の「魔女姫」っていうあだ名は知れ渡ってるのね)
「まぁいい、長旅で疲れただろう。夕食を用意しているから食べるといい」
そう言ってデニスは手をスッと出し、カレンは差し出された手を握り食事の間へと案内した。
「……かなりゴツゴツしてて大きな手ですね」
「まぁな。四六時中武器を振り回してりゃこんな手にもなるさ」
そういえば自分の父親もここまで無骨ではないものの、似たような手をしていた。少しだけ懐かしく思える手だった。
食堂までつくと食事が始まる。
カレンはテーブルマナーを実家で学んできたので食事に関しては特に問題はなかった。ただその内容は豪勢だった。
前菜、スープに続いて現れたメインディッシュは厚めのステーキだった。
「これは、牛の肉ですか?」
「ああ。今年の春に生まれたばかりの若い牛の肉さ。この日のために特別に用意したものだ。味は保証する」
「そうですか……!! なにこれ!?」
驚いたのはその柔らかさ。自分の知識の中では確か牛肉というのは平民たちが食べるような硬くてかみ切るのが難しい上に独特の臭いがする肉だった。
それがどうだ! これが牛の肉だとは信じられないほど柔らかく、ナイフでも切れる上に歯でも簡単にかみ切ることができた。
それに味も格別でかむ度に肉のうまみがじゅわりとあふれ出る。ソースの味もそうだが肉自体のうまみや質がカレンの知識にある牛肉とは完全に別ものだった。
おまけに牛肉独特の臭みも無く、香草のクセの強い香りもかすかで、わずかに残った肉の臭みを消す程度の控えめなもの。
今まで食べた牛肉料理のような「元の肉の味が分からなくなるほど強烈な」香草の自己主張の激しさはなく、ソースの香りが存分に味わえる仕上がりになっていた。
カレンは「王族の食事」を食べた事は少ない。エドワード王国の姫君でもあるにかかわらず、だ。
普段食べていたのは家に仕えるメイドや執事よりも貧相な野菜の切れ端が浮かんだ薄い塩味のスープに固いパンといった程度。
目の前にあるのは祭りの日でも出されたことのないような絶品だった。
「どうだ? うまいか?」
「は、はい。すごくおいしいです! 実家でもこんなおいしいもの食べたことがないくらいです。あ、お世辞じゃなくて本当にそう思ってます」
「ハハハ、そうかそうか。口に合うようで良かったよ」
(……割とよく笑う方なのね。デニスさんって)
ヘラヘラとした締まりのない笑いではないのだが、割と笑う方という印象だ。これも「呪殺王」というあだ名のイメージとは、ずいぶん違う。
食事が終われば後は寝るだけ。カレンはあてがわれた寝室へと案内され、寝間着に着替えた。
そのベッドも「ワラを敷き詰めた上に肌触りの悪い麻のシーツが敷かれただけ」だった今までのベッドとは違い、綿が詰まった上に肌触りの良いリネンのシーツを敷かれた物という今まで使ったこともないものだ。
「こんなベッド、私が使ってもいいのかな?」
「当然です。今日からここがカレン様のベッドなんですから遠慮せずに堂々とお使いください」
この国に来てから付いた付き添いのメイドにそう言われると申し訳なさそうに横になり、1夜を過ごした。
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