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激闘 ヴェルガノン帝国
最終話 ヴリトラ殺しの偉業
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戦いが始まって3時間余り。ちょうど昼間のころだった。
「グァ……ガ……」
ヴリトラの全身から力が抜け、ヴァジュラを手放す。直後ヴリトラの身体がぐらりとよろめき、そのまま重力に引かれてズズーン。という大きな音を立てて地面に横たわる。
ヴァジュラは無事に着地でき、下敷きになるのは避けられた。
ヴリトラが倒れて動かなくなると、口から薄くて黒い霧状の何かが噴き出し、それは天へと昇っていく。すると容赦なく太陽が照りつける空が徐々に、徐々に暗くなっていく。
ゴロゴロゴロ……
ゴロゴロゴロ……
しばらくして、空から雷鳴が聞こえてくる。その音に兵士たちがざわめきだす。
さらにしばらくして……
ポツリ。
ポツリ。
顔に水滴が当たる感触が伝わってくる。
「雨……か?」
水滴の量は次第に増えていく。それに比例するように疑問は確信へと変わる。
「雨だ……雨だあ! 雨だぞおおおお!!」
勝利を告げる神の涙に割れんばかりの歓声が挙がり、地響きと化して辺りを轟かせる。
勝ったのだ。
我々は、古の厄災を討ったのだ。その歓喜を爆発させた。
わずか一代で西大陸再統一を果たすという伝説を残した偉大なる王、マコト=カトウ。彼が生前に成し遂げた偉業の中でも最も大きなものとされている、「ヴリトラ殺し」を成し遂げた瞬間であった。
ペク国に戻った老師は3ヶ月ぶりに降る雨を見て、これはマコトからの吉報だというのを感じ取っていた。
「おお……マコトの奴、やりおったか」
「老師様。濡れると風邪をひいてしまいます。中へ」
「待て。もう少しだけ見させてくれ」
老師はそう、3度ほど繰り返し、雨を浴びていた。
雨の降る中、マコトの軍はヴァジュラを先頭に王都へと帰還する。
「お帰りなさい! あなた!」
雨である程度ぬれた身体のままメリルは夫であるマコトの元へと飛び込んでいく。
「ただいま、メリル。もう当分の間は戦争はしないから安心してくれ。全部終わったよ」
「わかったわよ。その分子育ても少しは手伝ってちょうだいね」
「わかったわかった。手伝いでも何でもするからさ」
「本当に? 嘘じゃないでしょうね?」
「疑り深いなぁ。本当だって」
2人は無事再会できた喜びを分かち合った。全ては終わったと彼は妻に告げたのだ。
「お帰り、オヤジ。ついにやったんだな」
「俺一人じゃこんな事できなかったけどな」
城の中に入るともしもの時に備えて待機命令を出していたクルスとケンイチが出迎える。
「もう当分の間戦争は起きないだろうからゆっくりするんだな」
「あーあ。あと2~3年早く産まれりゃ戦争で活躍できたんだがなぁ」
「ケンイチ、お前あのヴリトラを見てまだそんなことが言えるのか?」
戦で活躍する機会が生きてる間中は無いだろうと思われる今はケンイチとクルスにとっては退屈だった。オーガなのか好戦的な性格をしているケンイチは特に。
無論、戦続きよりも平和な世の中の方がいいとは教えてはいるのだが。
その日の夜。マコトの夢の中にこれで3回目となる「彼女」……万色の神が出てきた。
「マコトよ、本当にありがとうございます。これで私の世界が脅威にさらされることはないでしょう。本当によくやってくれました」
「いや、例を言われるようなことはしてないさ」
「あまり言いたくないのですが……あなたの故郷、確かチキュウのニホンと言ったでしょうか? そこへ帰す手段は無いのです。この世界に骨をうずめる以外にありません。その辺は……怒ってますか?」
「別に。怒ってなんかないさ。日本にいたらできないことをいろいろとさせてくれたよ。ありがとな」
「私の事を憎むどころか許してくれるのですか? 私はあなたを故郷から無理やり引きはがした張本人じゃないですか。それを本当に許してくれるのですか?」
本来なら、彼女は1発や2発殴られる覚悟で現れた。それを「怒ってはいない」と意外な言葉を返してくれることに拍子抜けを食らっていた。
「まぁ親の死に目に会えないってのと、会社で引継ぎもせずにいきなり消えたってのは引っかかるけどこれだけでかい事やったんだ。大目に見てくれるだろうさ」
「そうですか……チキュウのニホンジン、でしたっけ? あなたたちは心の広い者たちですね」
「まぁな。また何か世界の危機でもあったら伝えてくれ。できるだけの対処はするからな」
「分かりました。でもその日が来ないことを願っています」
そう言うと彼女の姿は次第にぼやけ、やがて消えていった。
「う~ん……」
マコトは気づくと秋の冷たい雨が降る朝を迎えていた。ワーシープの毛でできた布団で寝ていたから久しぶりに深い眠りについて目覚めはバッチリだ。
「昨日からずっと雨降ってんのか」
「みたいね。私が起きたころには既に降ってたわ。今朝は炊き込みご飯を作ってみたの。新しいレシピを使ってるから口に合うかどうかは分からないけどね」
「そうか。楽しみだな」
マコトは平和な世の中が来たのを少しずつではあるが実感していた。
ヴリトラ討伐後のハシバ国はそれ以降、特に大きな戦争も無い平和な世を謳歌した。
また、マコトは死に忌み嫌われたのか、はたまた万色の神の加護があったのか齢100を超えて生き、その長き統治により西大陸統一国家ハシバ国の大いなる繁栄の礎となったと言われている。
- 終 -
「グァ……ガ……」
ヴリトラの全身から力が抜け、ヴァジュラを手放す。直後ヴリトラの身体がぐらりとよろめき、そのまま重力に引かれてズズーン。という大きな音を立てて地面に横たわる。
ヴァジュラは無事に着地でき、下敷きになるのは避けられた。
ヴリトラが倒れて動かなくなると、口から薄くて黒い霧状の何かが噴き出し、それは天へと昇っていく。すると容赦なく太陽が照りつける空が徐々に、徐々に暗くなっていく。
ゴロゴロゴロ……
ゴロゴロゴロ……
しばらくして、空から雷鳴が聞こえてくる。その音に兵士たちがざわめきだす。
さらにしばらくして……
ポツリ。
ポツリ。
顔に水滴が当たる感触が伝わってくる。
「雨……か?」
水滴の量は次第に増えていく。それに比例するように疑問は確信へと変わる。
「雨だ……雨だあ! 雨だぞおおおお!!」
勝利を告げる神の涙に割れんばかりの歓声が挙がり、地響きと化して辺りを轟かせる。
勝ったのだ。
我々は、古の厄災を討ったのだ。その歓喜を爆発させた。
わずか一代で西大陸再統一を果たすという伝説を残した偉大なる王、マコト=カトウ。彼が生前に成し遂げた偉業の中でも最も大きなものとされている、「ヴリトラ殺し」を成し遂げた瞬間であった。
ペク国に戻った老師は3ヶ月ぶりに降る雨を見て、これはマコトからの吉報だというのを感じ取っていた。
「おお……マコトの奴、やりおったか」
「老師様。濡れると風邪をひいてしまいます。中へ」
「待て。もう少しだけ見させてくれ」
老師はそう、3度ほど繰り返し、雨を浴びていた。
雨の降る中、マコトの軍はヴァジュラを先頭に王都へと帰還する。
「お帰りなさい! あなた!」
雨である程度ぬれた身体のままメリルは夫であるマコトの元へと飛び込んでいく。
「ただいま、メリル。もう当分の間は戦争はしないから安心してくれ。全部終わったよ」
「わかったわよ。その分子育ても少しは手伝ってちょうだいね」
「わかったわかった。手伝いでも何でもするからさ」
「本当に? 嘘じゃないでしょうね?」
「疑り深いなぁ。本当だって」
2人は無事再会できた喜びを分かち合った。全ては終わったと彼は妻に告げたのだ。
「お帰り、オヤジ。ついにやったんだな」
「俺一人じゃこんな事できなかったけどな」
城の中に入るともしもの時に備えて待機命令を出していたクルスとケンイチが出迎える。
「もう当分の間戦争は起きないだろうからゆっくりするんだな」
「あーあ。あと2~3年早く産まれりゃ戦争で活躍できたんだがなぁ」
「ケンイチ、お前あのヴリトラを見てまだそんなことが言えるのか?」
戦で活躍する機会が生きてる間中は無いだろうと思われる今はケンイチとクルスにとっては退屈だった。オーガなのか好戦的な性格をしているケンイチは特に。
無論、戦続きよりも平和な世の中の方がいいとは教えてはいるのだが。
その日の夜。マコトの夢の中にこれで3回目となる「彼女」……万色の神が出てきた。
「マコトよ、本当にありがとうございます。これで私の世界が脅威にさらされることはないでしょう。本当によくやってくれました」
「いや、例を言われるようなことはしてないさ」
「あまり言いたくないのですが……あなたの故郷、確かチキュウのニホンと言ったでしょうか? そこへ帰す手段は無いのです。この世界に骨をうずめる以外にありません。その辺は……怒ってますか?」
「別に。怒ってなんかないさ。日本にいたらできないことをいろいろとさせてくれたよ。ありがとな」
「私の事を憎むどころか許してくれるのですか? 私はあなたを故郷から無理やり引きはがした張本人じゃないですか。それを本当に許してくれるのですか?」
本来なら、彼女は1発や2発殴られる覚悟で現れた。それを「怒ってはいない」と意外な言葉を返してくれることに拍子抜けを食らっていた。
「まぁ親の死に目に会えないってのと、会社で引継ぎもせずにいきなり消えたってのは引っかかるけどこれだけでかい事やったんだ。大目に見てくれるだろうさ」
「そうですか……チキュウのニホンジン、でしたっけ? あなたたちは心の広い者たちですね」
「まぁな。また何か世界の危機でもあったら伝えてくれ。できるだけの対処はするからな」
「分かりました。でもその日が来ないことを願っています」
そう言うと彼女の姿は次第にぼやけ、やがて消えていった。
「う~ん……」
マコトは気づくと秋の冷たい雨が降る朝を迎えていた。ワーシープの毛でできた布団で寝ていたから久しぶりに深い眠りについて目覚めはバッチリだ。
「昨日からずっと雨降ってんのか」
「みたいね。私が起きたころには既に降ってたわ。今朝は炊き込みご飯を作ってみたの。新しいレシピを使ってるから口に合うかどうかは分からないけどね」
「そうか。楽しみだな」
マコトは平和な世の中が来たのを少しずつではあるが実感していた。
ヴリトラ討伐後のハシバ国はそれ以降、特に大きな戦争も無い平和な世を謳歌した。
また、マコトは死に忌み嫌われたのか、はたまた万色の神の加護があったのか齢100を超えて生き、その長き統治により西大陸統一国家ハシバ国の大いなる繁栄の礎となったと言われている。
- 終 -
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