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激闘 ヴェルガノン帝国
第110話 死者の進撃
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都市国家イルバーン侵攻作戦失敗の報を、ヴェルガノン帝国皇帝のデュークは聞いていた。彼には「まだ」余裕があった。
「そうか……失敗か」
「……本当に申し訳ありません」
不死者を操るリッチやワイトといった指揮官は申し訳なさそうに皇帝に告げる。
この一件でヴェルガノン帝国側には無視できない程の損失、特に軍艦の消耗が非常に激しいのが痛い。
おまけにほかの都市国家もシューヴァルからの援護を受けて兵は大幅に増員。また大砲も複数門配備されヴェルガノン帝国と言えどうかつに攻め込むことは出来なくなった。
「マコトの奴……やってくれるではないか」
「閣下、ここは私にお任せください。大陸南部侵攻のための妙案がございます」
「ほう。海路を押さえられてもなお、か。面白いな、話してみよ」
「はい。でも簡単な事です。『海路』がだめなら『陸路』をとればいいだけの事です」
首なし騎士である近衛兵長のティアラは自らの主に策を推挙する。
「……ぬうう。これも同じ結果か」
マコトがイルバーン防衛戦に勝利してから数日。
賢人ハクタクの一族が治める国、ペク国の国王である皆から「老子」と呼ばれ慕われている老ハクタクは占いの結果に不満を持っていた。
得意である星占いもカード占いも、そのほか自分が知る限りの占い事を試してはみたがどれも「近日ペク国に大いなる災いあり」という結果だった。
「疫病か……それとも、天変地異か?」
今ではハシバ国と同盟を組んでいて武力侵攻されることはまずない平和な国に起こる災い。あるとしたら疫病か天変地異くらいしか考えられないはずだった。
「敵襲! 敵襲だぁ!」
そんな中突如、緊急事態を伝えるドラの音が町中に響き渡る。何事か? と城から出てきた老師の元へ兵士がやってくる。
「老子様! 敵が我が国を襲撃してきました! 我々が時間を稼ぎます! お逃げください!」
「敵襲じゃと!? 一体どこからだ!?」
「それが……山脈を超えてきた模様です!」
「!! な、何じゃと!?」
ペク国は西大陸を南北に分断する山脈にへばりつくようにある国だ。東西は同盟国であるハシバ国に囲まれ、南は大樹海に北側は山脈という天然の城壁があり、敵が侵入する隙間はないと思っていた。
だが、敵は来た。北部にそびえる大山脈を超えて。
突然やってきた想定を超えた不意打ちに指揮系統は混乱し、ペク国側にはまともに戦える戦力は少ない。
一方で無尽蔵とでもいえる勢いでヴェルガノン帝国は侵攻してくる。その差は歴然としており、ペク国の兵士はなすすべもなく死に飲み込まれてしまった。
「クソッ! だめだ! 数が多すぎる!」
「う、うわぁああ!」
戦場に響くのは混乱するペク国兵の断末魔ばかりで時間稼ぎにもならないワンサイドゲームであった。老師はもちろん乳飲み子を抱える女、それに子供を馬車にねじ込み国を脱出していく。
「メリル様! 一大事です! ペク国がヴェルガノン帝国の侵攻を受けて陥落したとのことです! 難民たちが続々とやってきています!」
王の留守を守るメリルは老師の孫娘である外交官、麗娘からの報告を聞いて青ざめる。
「……こんなことになるなんて。イルバーンにいるマコトさんへの連絡は!?」
「たった今ハーピーの伝令兵が発ったとのことです。明日にはマコト様の元にたどり着いて、援軍が来るとしたらさらにもう1日以上かかるかと」
「早くても2日かかるのね。情報収集をお願い!」
「メリル様。軍隊の指揮はいかがなさいますか?」
「ディオールにお願いして。私が指揮するよりよっぽどうまくいくから」
メリルはできるだけ冷静を装い指示を飛ばす。ハシバ国の兵の大半はマコトと一緒に都市国家イルバーンにいる。それが帰ってくるまでに耐えきれるか不安だったがそれはうまく隠していた。
「……こりゃまずいな」
ヴェルガノン帝国によるペク国襲撃から1夜明け、ディオールの命を受けミサワ領を偵察していたアズールは深刻である状況に直面していた。
1日のうちにペク国はおろかランカ領も陥落し、今朝になるとミサワ領もまたヴェルガノン帝国の手に落ちるのは時間の問題であった。
飲まず食わず休まず寝ずに戦い続ける不死者の軍勢の進撃は電撃的だ。わずか1日で小国規模とはいえ3国をあっという間に落とすほどであった。
その3つの地域で殺された兵士、一般人は全員ヴェルガノン帝国の味方になり、兵士の数は膨れ上がる一方。ハシバ国首都地域も落とせるほどの数になっていった。
(これ以上の偵察は無理か……帰ろう)
「……そうですか。ペク国だけでなくミサワ領やランカ領も、ですか」
「はい。いかがいたしましょうか?」
「先日もお伝えしましたが周りから兵をできるだけかき集めなさい。相手の狙いは我が国の首都、つまりはここでしょう。
一気に勝負を仕掛けるつもりでしょうな。首都陥落だけは何としても避けないといけない。覚悟してかかってくださいね」
「ハッ。かしこまりました」
(真剣になるほど言葉遣いが丁寧になるんだよなあのお方は)
ディオールのやたらと丁寧な言葉遣いに彼を知っているアズールは事の重大さをかみしめていた。
【次回予告】
絶望的な戦力差を前に、彼らはどう立ち向かう?
第111話 「首都防衛戦」
「そうか……失敗か」
「……本当に申し訳ありません」
不死者を操るリッチやワイトといった指揮官は申し訳なさそうに皇帝に告げる。
この一件でヴェルガノン帝国側には無視できない程の損失、特に軍艦の消耗が非常に激しいのが痛い。
おまけにほかの都市国家もシューヴァルからの援護を受けて兵は大幅に増員。また大砲も複数門配備されヴェルガノン帝国と言えどうかつに攻め込むことは出来なくなった。
「マコトの奴……やってくれるではないか」
「閣下、ここは私にお任せください。大陸南部侵攻のための妙案がございます」
「ほう。海路を押さえられてもなお、か。面白いな、話してみよ」
「はい。でも簡単な事です。『海路』がだめなら『陸路』をとればいいだけの事です」
首なし騎士である近衛兵長のティアラは自らの主に策を推挙する。
「……ぬうう。これも同じ結果か」
マコトがイルバーン防衛戦に勝利してから数日。
賢人ハクタクの一族が治める国、ペク国の国王である皆から「老子」と呼ばれ慕われている老ハクタクは占いの結果に不満を持っていた。
得意である星占いもカード占いも、そのほか自分が知る限りの占い事を試してはみたがどれも「近日ペク国に大いなる災いあり」という結果だった。
「疫病か……それとも、天変地異か?」
今ではハシバ国と同盟を組んでいて武力侵攻されることはまずない平和な国に起こる災い。あるとしたら疫病か天変地異くらいしか考えられないはずだった。
「敵襲! 敵襲だぁ!」
そんな中突如、緊急事態を伝えるドラの音が町中に響き渡る。何事か? と城から出てきた老師の元へ兵士がやってくる。
「老子様! 敵が我が国を襲撃してきました! 我々が時間を稼ぎます! お逃げください!」
「敵襲じゃと!? 一体どこからだ!?」
「それが……山脈を超えてきた模様です!」
「!! な、何じゃと!?」
ペク国は西大陸を南北に分断する山脈にへばりつくようにある国だ。東西は同盟国であるハシバ国に囲まれ、南は大樹海に北側は山脈という天然の城壁があり、敵が侵入する隙間はないと思っていた。
だが、敵は来た。北部にそびえる大山脈を超えて。
突然やってきた想定を超えた不意打ちに指揮系統は混乱し、ペク国側にはまともに戦える戦力は少ない。
一方で無尽蔵とでもいえる勢いでヴェルガノン帝国は侵攻してくる。その差は歴然としており、ペク国の兵士はなすすべもなく死に飲み込まれてしまった。
「クソッ! だめだ! 数が多すぎる!」
「う、うわぁああ!」
戦場に響くのは混乱するペク国兵の断末魔ばかりで時間稼ぎにもならないワンサイドゲームであった。老師はもちろん乳飲み子を抱える女、それに子供を馬車にねじ込み国を脱出していく。
「メリル様! 一大事です! ペク国がヴェルガノン帝国の侵攻を受けて陥落したとのことです! 難民たちが続々とやってきています!」
王の留守を守るメリルは老師の孫娘である外交官、麗娘からの報告を聞いて青ざめる。
「……こんなことになるなんて。イルバーンにいるマコトさんへの連絡は!?」
「たった今ハーピーの伝令兵が発ったとのことです。明日にはマコト様の元にたどり着いて、援軍が来るとしたらさらにもう1日以上かかるかと」
「早くても2日かかるのね。情報収集をお願い!」
「メリル様。軍隊の指揮はいかがなさいますか?」
「ディオールにお願いして。私が指揮するよりよっぽどうまくいくから」
メリルはできるだけ冷静を装い指示を飛ばす。ハシバ国の兵の大半はマコトと一緒に都市国家イルバーンにいる。それが帰ってくるまでに耐えきれるか不安だったがそれはうまく隠していた。
「……こりゃまずいな」
ヴェルガノン帝国によるペク国襲撃から1夜明け、ディオールの命を受けミサワ領を偵察していたアズールは深刻である状況に直面していた。
1日のうちにペク国はおろかランカ領も陥落し、今朝になるとミサワ領もまたヴェルガノン帝国の手に落ちるのは時間の問題であった。
飲まず食わず休まず寝ずに戦い続ける不死者の軍勢の進撃は電撃的だ。わずか1日で小国規模とはいえ3国をあっという間に落とすほどであった。
その3つの地域で殺された兵士、一般人は全員ヴェルガノン帝国の味方になり、兵士の数は膨れ上がる一方。ハシバ国首都地域も落とせるほどの数になっていった。
(これ以上の偵察は無理か……帰ろう)
「……そうですか。ペク国だけでなくミサワ領やランカ領も、ですか」
「はい。いかがいたしましょうか?」
「先日もお伝えしましたが周りから兵をできるだけかき集めなさい。相手の狙いは我が国の首都、つまりはここでしょう。
一気に勝負を仕掛けるつもりでしょうな。首都陥落だけは何としても避けないといけない。覚悟してかかってくださいね」
「ハッ。かしこまりました」
(真剣になるほど言葉遣いが丁寧になるんだよなあのお方は)
ディオールのやたらと丁寧な言葉遣いに彼を知っているアズールは事の重大さをかみしめていた。
【次回予告】
絶望的な戦力差を前に、彼らはどう立ち向かう?
第111話 「首都防衛戦」
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