人魔共和国建国記

あがつま ゆい

文字の大きさ
上 下
56 / 127
富国強兵

第56話 乳母 お虎

しおりを挟む
「メリル、ケンイチの様子はどうだ?」
「あ、あなた。この子ったら、一度乳首に吸い付いたらなかなか離してくれないのよ。本当におっぱい出てるのかな」

 取り換え子でオーガとして産まれたマコトとメリルの子供は健一ケンイチと名付けられた。
 彼の父親が言うにはせめて「健康第一」で育ってほしいという願いが込められているのだという。

 13歳という若い身体のメリルは、子供を産み育てられるほど成熟しているのかどうか不安を抱えていた。胸もあまり発達しておらず、母乳の出が悪かったらどうしようと不安を抱いていた。いざという時には年中母乳が出るホルスタウロスはいるものの、地球と違って粉ミルクなど無い世界。乳の出が悪いというのはそれだけで大きな痛手になる。

「あ、そうだ。お虎を呼んできたから色々相談してくれ。同じ立場だから多分不安な事も分かってくれるだろうから」
「あ、ありがとう。あなた」

 そういえば乳母うばを募集しているとかどこかの噂話を聞いた気がする。それで有志を募ったのだろう。
 彼と入れ替わるようにお虎がやってきた。その腕にはマコトとメリルの息子、ケンイチと同じくらいの女の子が抱えられていた。



 お虎はアレンシア戦役のあと、同じオーガのナタルという男と結婚し、兵士を引退して家庭に入っていた。
 順調に子供も生まれ育児の真っ最中であったのだがマコトの息子と同じオーガであること、さらに育児中で母乳が出るという事もあって乳母うばとして働かないかと声をかけていたのだ。

「こうして向かい合って顔合わせるのは初めてですね。メリル様……とでも言えばいいでしょうか?」
「お虎さん、そんなかしこまった事は言わなくていいわ。呼び捨てでいいし、敬語も使わなくていいわ。私の方が世話になるんだから」
「そっか。んじゃあさっそくおっぱい足りてるか見てみようか」

 そう言ってお虎は自分の子供をメリルに預けてケンイチを抱き、胸部を出して吸わせる。

「どう?」
「んー……あまり吸い付いてこないな。メリルのおっぱいでお腹いっぱいだと思う」
「そ、そう。良かった。おっぱいちゃんと出てるんだね……ふわぁ」

 メリルは一安心で来た気の緩みからか昼だというのにあくびをする。よく見てみると、どことなく目もはれぼったい。

「どうした? やっぱり眠いのか?」
「うん。夜泣きが酷くて最近まともに寝られないのよね」
「そうか。だったらアタシがケンイチ君の面倒見ようか? 1時間昼寝するだけでも大分違うよ?」
「ありがとう。じゃあ甘えさせてもらうわ。お願いね」

 彼女は息子ケンイチをお虎に預け、寝室へと向かった。お虎は器用にも自分の娘をおんぶし、腕にはケンイチを抱えてあやす。



 しばらくの間娘とケンイチをあやしていると仕事の山場を越えたマコトが様子を見に来た。
 子供2人を愛情あふれる視線で見つめていたお虎が、彼に気付いて視線を移す。

「あ、大将。こうして対面で話をするのは久しぶりだね」
「お虎、お前母親になったんだな」
「どういう事だい?」
「言葉通りだ。今のお前は立派な母親だって事さ。昔のお前はもっと荒々しかったぜ?」
「そうかぁ?」

 マコトにとってのお虎というのは、ゴブリン程度のザコなら文字通り両断出来るほどの鋭い刀を振るい、正々堂々と言う言葉からは遠く離れた剣術を使い荒々しく敵陣に斬り込む姿であり、その姿は「オーガ」であったが「女」ではなかった。
 そんな彼女が結婚して子供が産まれると人が変わったかのように慈愛と愛情にあふれた顔が出来るようになった。
 本人は気づかないその変化をマコトは大いに喜び、同時にほんの少しさびしく思った。

「で、どうなんだ? メリルはおっぱいが足りないかもって心配したんだが。あとメリルはどこ行った?」
「ああ、それは大丈夫。多分足りてると思う。彼女は寝室で昼寝してる。夜泣きが酷いみたいで寝不足らしいから寝かせてあげてちょうだい」
「そういやアイツ、寝なれなくて結構イライラしてたからなぁ」
「へぇ。一緒に暮らしてると色々わかるんだ?」
「あからさまに怒ることはなかったけどやっぱり緊張の糸っていうのか? ピリピリした何かってのはやっぱり分かるよ」

 久しぶりに再会した2人は積もる話やここ最近起こった事などを懐かしむように語り合い、会話が弾む。
 2人の間にある止まっていた時間を動かすには十分な量だった。
 他愛のない話が続くことしばし、昼寝から覚めたメリルが戻ってくる。

「お、お帰り、メリル。ケンイチ君はいい子にしてたよ」
「ただいま。やっぱり昼寝すると違うわね」
「メリル、何かつきものが落ちたみたいだな。スッキリしたか?」
「うん。心配かけて悪かったわね、あなた」

 この後メリルも加わり会話はさらに弾んだという。



【次回予告】
またもや新たな配下を狙ってマコトは召喚の間で召喚を行う。現れたのは……もふもふ?
第57話「ワーシープ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...