人魔共和国建国記

あがつま ゆい

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アレンシア戦役

第25話 エルフの厄災

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「ゴホッ! ゴホッ! ゲホッ! ゲホッ!」
「オイオイ大丈夫か? もしかして『エルフの厄災やくさい』じゃねえだろうな?」
「だ、だいじょうぶです、ジェイグざま……ゴホッ! ゲホッ! ガホッ!」

 季節は巡り寒い日が続く朝、視察に出かける途中でジェイクは激しい咳をしながら歩く農民と出会った。
 鼻声で返す彼は、どう考えても大丈夫ではなさそうだ。
 ジェイクはとりあえず城にいる上司2名に『エルフの厄災』が広まっているのを告げる。

「ディオールさんにマコトさんよぉ、ヤバいぜ。『エルフの厄災』が国内でも広まりだしたぜ」
「『エルフの厄災』の季節だから仕方ないとはいえ、嫌なものですな」
「『エルフの厄災』? 何だそれ?」
「おや、閣下は御存じでないのですかね? ではお教えいたしましょう」

 『エルフの厄災』を知らないマコトはディオールから説明を受ける事になった。



 今から1200年ほど昔、今よりもずっとエルフが栄え高度な文明を保持していた時代。彼らは異世界に進出していたらしい。
 その際こちらの世界に持ち込んてしまった病が『エルフの厄災』と呼ばれる風邪に似た、それでいて感染力と致死率が格段に高い病気である。

 当時は凄まじい勢いで世界中に流行した病でエルフの7割、人間の5割、頑丈なドワーフでさえ3割が死んだと言われている。
 無論数えきれないほどの魔物もこれに罹り命を落としたという。

 この病のせいでエルフの文明は崩壊し、その技術の多くはロストテクノロジーとなってしまった。
 ついでに言えば当時西大陸を統一支配していた古王国も官僚たちが次々と病にかかり亡くなって人材不足から国家機能が麻痺した末に空中分解して滅亡したという。

 現在でも毎年冬になると各地で流行るこの病気は、子供や老人がかかって看病していた家族全員にうつったとか、村長の娘を起点に村全体に広まった、などという嫌な噂ばかりがたっていて、王族から農民まで誰からも恐れられている病である。

「風邪に似た症状、急な高熱、関節の痛み。まさか……インフルエンザか!?」

 マコトは教えられた症状を見て一つの病気を思いついた。今でも日本で毎年冬に大流行し、3ケタ程の死者を出すある意味聞き慣れた病気だ。

「ディオール、ジェイク、国民にエルフの厄災だっけか? それがどれくらい広がっているか調査してくれ。それと、もしかかっている奴がいたら出来る限り隔離しろとも伝えてくれ」



 マコトの嫌な予感は当たってしまった。ハシバ国内だけでも少なくとも100人以上の人間や魔物たちがエルフの厄災に罹っていることが判明した。

「クソッ! ディオール! ジェイク! エルフの厄災に対する薬は何かないのか!?」
「閣下、ご期待にそえられずに申し訳ありませんが、罹ってしまったら栄養をつけて休息をとる以外にありませんな」
「打つ手なしかよ! 1つくらいは何かあるだろ!?」
「マコトさんよぉ、気持ちは分かるがある程度はしゃあねえってのが実情だぜ?」
「畜生!」

 マコトは木製のドアに八つ当たりする。

「何が王だ……何も出来ねえじゃねえか! ワクチンなんて贅沢な事は言わねえ! せめてまともな医者でもいれば救えるのに!」

 地球ならばインフルエンザはワクチンで予防出来るし、かかっても薬がある。
 だがここは異世界。ここの医学は地球とは比べ物にならない程未熟で、ウィルスや細菌という概念すらない。
 せいぜい「悪い空気」や「悪い水」により病気が引き起こされる、といった程度の知識だ。病気に関するまともな知識がない以上、有効な治療法はない。

 それ以前の問題で、まともな医者そのものがこの世界にはいない。
 というか、医師免許自体が無いので恐ろしい事に誰でも医者を名乗れる。マコトどころかゴブーやお虎ですら今すぐ医者を名乗れる位だ。
 ましてや日本のような国民皆保険制度なんて無い世界。医者にかかれるという事自体が金持ちの特権であった。

 結局マコトの国では老人や子供を中心に人間や魔物を合わせて52人が亡くなった。ディオールが言うにはこれでも被害は少ない方だったという。



「ディオール、国内やシューヴァルから廃油を回収できるか? それと、南大陸からアブラヤシを輸入できるか? 石けんを作らせるんだ」
「石けんですか?」

 廃油やアブラヤシから採ったパーム油があれば石けんを作ることが出来る。普通の石けんでもインフルエンザウィルスを殺菌消毒出来るので、インフルエンザ、この世界でいうエルフの厄災対策になるのだ。
 ついでに石けんが安く手に入れば身体や服を洗う習慣がついて清潔になり、不潔による他の病気を予防できるというのもある。

「この世界で言うエルフの厄災か、それで死ぬ人間を一人でも減らしたい。そのために石けんの材料である油が必要なんだ」
「かしこまりました。手配しておきます」

 マコトの瞳から確固たる意志を見出したディオールは口を挟まずに彼の意思を汲んだ。
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