上 下
35 / 59
8月

第35話 くだらないことで言い争い肝心なことは無視する

しおりを挟む
 8月の末日の前日。いつものように課題がこなせかを伝える日がやってきた。

「小僧、例の課題は出来たか?」

「出来ました。これが証拠です」

 進はいつものように封筒に分けておいた6万円を出した。



「うん、良いだろう。カードローンの残高もだいぶ減ってきただろう?」

「ええ。そうですね。月々の支払いがついに2000円になりましたよ」

「その調子だ。お前が正社員なら夏のボーナスも出るだろ? それも全額借金返済に使うんだな。無事完済まで走り抜け。

 それと、読書課題は……確か「チーズはどこへ消えた?」だったな。それの感想も聞かせてくれ」

「えっと『世の中は常に変化しつづけていて、それに合わせて変化しつづけないと、明日のかてもなくなる』っていう内容だったと思います」

 それを聞いてススムはうん。と満足げにうなづく。



「きちんと課題をこなしているようだな、上出来だぞ。

 それと小僧、もしお前が貧乏人になりたければ『下らない理由で言い争い肝心なことを無視』すればすぐに貧乏になれるぞ。覚えとけ」

 老人からの授業が始まった。



「じゃあ逆に『下らない理由で争うのを避けて肝心なことを見れば』金持ちになれるんですか?」

「そうだ。少しは頭が回るようになったじゃないか小僧、大したもんだ。なぁにめてるさ、安心しろ。

 下らん理由で対立してケンカして、それがいったい何になる?

 例えば昔『ポテトサラダ位自作しろ』と子連れの母親に言った老人がいた。という話で論争が起きたそうだが実にくだらないだろ?

 そんな論争したって一銭の得にもならんというのに、あろうことかそういう「ゴシップうわさばなしで踊る」のが趣味の連中が多すぎる。

 安全で安心して怒れる相手というのは大衆向けの娯楽だ。こんな連中が幅をかせているようでは日本の将来は暗いな」

 ススムはハァ、とため息をつく。将来を悲観していた。



「特に日本人は昔からランキングが大好物だ。

 江戸時代でも力士りきしの強さのランキング表である「番付ばんづけ」を真似て色んなものを比べていたから、もうこれは遺伝子に刻まれているんだろうな。

 だが覚えとけ。ランキング、特に自分の周りの人間をランキングする奴は、相手にマウンティングして『俺は、俺だけは偉い』と思いたいだけのゴリラ共だ。

 もう一度言おう。そんなの人間の言葉とスマホが使えるだけのゴリラに過ぎん。

 動物園で飼育されているゴリラや野生のものを問わずゴリラにとっては大変な風評被害でさぞや迷惑なことだろうがな」

 曲がりなりにも自分と同じ日本人をゴリラと呼び捨てる。そこにはある種の憎悪が込められていた。



「TVは愚か者向けの娯楽で、それと同じ感覚でネットに顔を出すから、下らん理由で対立して言い争いが絶えんのだろうな。

「そんなのどっちでもいいじゃないか」という理由で対立し怒りや悪口でエネルギーを消耗し、肝心なことには目を向けない。

 古今東西ここんとうざいを問わず愚か者がやる定石だな。小僧、お前は絶対にマネするなよ。

 今やってる争いが不毛なのかそうでないのかは『この戦いに勝った後に何が残るのだろうか?』を考えることだな。

 もし残る物が「キモチイイという感情」だけだったら争うのは辞めとくべきだな。それは大抵不毛な争いだ」

 ススムは「対立を避けよ」と若者に強く説く。



「くだらないことで言い争うな。までは分かりました。では「肝心なこと」って言うのは例えばどんなことなんでしょうか?」

「例えば、と来たか。中々反発するようになったじゃないか小僧、良い調子だぞ。そうだな。お前みたいなサラリーマンでもやろうと思えば節税出来るんだぞ」

「え!? でも源泉徴収で取られてるから節税なんて……」

 サラリーマンでも節税できる、と言われてうろたえる進に対しススムは言葉を紡ぐ。 



「そんなことはない。やろうと思えば出来るぞ。小僧、もしお前がローンを組んで買った自分の家に住んでいるのなら「住宅ローン控除」が受けられる。

 それに生命保険や地震保険に入っているのなら両方とも保険料の控除が受けられるし、株をやって損したら「繰越控除」が受けられる。

 最近の事例では「ふるさと納税」や「積み立てNISA」というのも節税対策の効果があるんだぞ?」

「そ、そうなんですか。でも何で誰も教えないんですか?」

「そりゃ誰だって手に入ったカネを手放したくはないし、手に入る予定だったカネが入ってこないのは嫌だろ?

 小僧、お前がそうなら世界中の人間誰だってそうだ。小僧のような一般市民だろうが、政治家や社長だろうが、同じことだ」

 あっけらかんとした表情でススムは進に向かってそう言い放つ。



「そういうわけだから『金持ちケンカせず』っていう言葉は本当の事だ。

 金持ちにとってはのんきにケンカをするなんて、次元が低すぎてバカバカしくてやってられんことだからな。

 来月も頑張ってカネを貯めるんだな。あと借金も返すことだな。まぁ頑張ってみるんだな」



【次回予告】

「貧乏人は無責任だ。無責任だからこそ貧乏なのだ。それが貧乏人の利点だ」とススムは言う。その意図とは?

第36話 「成功したければ責任を背負え」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...