上 下
31 / 59
8月

第31話 死に金を活き金にしろ

しおりを挟む
 お盆が明けてもなお、ススムによる授業は続いていた。施設内の冷房の効いた涼しい部屋で話が始まる。



「小僧、今日お前に話す内容としては『死に金』を『生き金』にすることだが……これは話さなくてもいいかもな。お前はすでにこれをやってるぞ?」

「? どういう事ですか?」

「やれやれ、気づかんのか? 小僧、お前はずっと前……確か「恐怖とあせりと欲望と無知」の話をした際に、

 オレの担当にしてもらったと言ってくれたじゃないか? それこそ死に金を生き金にする方法さ。

 こうしてオレと会話できる時間を仕事の中に作れば仕事が成長のためになるじゃないか」

「!! あ、そういう事ですか!」

 そこまで言われて進はようやく気付けたようだ。



「小僧、お前は鋭い事を言うようにはなったがまだまだ鈍いな。そういう愛嬌あいきょうもプラスになることだと思うがな。

 まぁいい、お前はピンと来ないそうだからもう少し深く掘り下げていくぞ。

 他にもただ食事をするだけなら単なる「消費」だが、格上の人間をランチに誘えば成功した話や失敗談を聞き出すことだってできる。

 食事というただの「消費」つまりは「死に金」が「生き金」になるんだ。

 頭の使い方次第では「浪費」も「投資」に変わる。もちろん何も考えなければその逆にもなる。

 ずっと前にも言ったが「常に頭を使え」というわけだ。頭は使えば使うほど性能が良くなっていくし、逆に使わなければ悪くなるからな。

「これを何とか活かせないだろうか?」と考えるのは重要なことだ」

 ススムがそこまで言ったとき、進が質問してくる。



「例えば、具体的にはススムさんは何をしたんですか?」

「フム……例えば、と来たか。オレはさっき言ったことと同じことをしたな。カネを貯めては株や不動産の第一人者を料亭や酒場に誘って話を聞いていた。

 格上の人間を誘いまくっていたら気づいた時には株や不動産で財を成していたな」

「……そういうものなんですか?」

「まぁそういうものだな。あの頃はカネが欲しかったのと、中卒という学歴が無いのがコンプレックスでガムシャラになってやっていたからな。

 金持ちや学歴のある奴を見返したい、と死に物狂いで食らいついていたからな。

 あの頃は「嫉妬」を動力源に動いていたから今思い返しても不健全だから小僧、お前には真似するのを勧めたくはないな。人格が歪《ゆが》むぞ」

 ススムは苦すぎる過去を思い出しつつ若者に説く。



「他にも株をやる際には『勝った負けた』だけで終わらさない事だ。なぜ負けたのか、あるいはなぜ勝てたのかを分析し、再現性を持たせるんだ。

 そうしないと失ったカネは失ったままになる。負けてもタダでは起きるな。もちろん起き上がれること自体とても重要なことだが、ただ起きるだけでは不十分だぞ」

 老人は話を続ける。



「オレが若かったころとは株を取り巻く風景は完全に別物だな。現代ではスマホ1つで株式市場に参入できるようになって、ずいぶんとまぁ気軽に参入できるようにはなったな。

 だが株には魔物が潜んでいる。十分に用心しないとあっという間に喰われてケツ毛1本残らず引っこ抜かれるぞ」

「確か『保有効果』と『プロスペクト理論』でしたっけ?」

「そうだ。学習しているじゃないか小僧、大したもんだ。他にも『バンドワゴン効果』というのもあるぞ」

「あ、それ知ってます。確か選挙で有力候補に票が集まる現象の事ですよね? 株も上がってる銘柄めいがらに買いが集中することですよね?」

「……」

 ススムはしばらくポカン。と口を開け、その後笑い出した。



「ククククク……ハハハハハ! いやぁビックリしたぞ! 小僧、お前勉強してるじゃないか!

 まさか小僧の口からそんなセリフが出るとは思わなかったぞ!」

 老人はそう言って若者を喝采かっさいする。



「小僧、お前がいつ本格的に株に参入するかは分からんがこれだけは覚えとけ。

『大負けをしなければ気が付いた時には勝っている』という事だ。普通の人間というのは最後に必ず『大きく負ける』ものだ。

 それさえしなければお前は勝ち組の仲間入りだ。覚えておくことだな」

 その日の授業は終わった。



【次回予告】

「複利は人類最大の発明である」
「複利は宇宙で最も偉大な力である」

アインシュタインがのこした言葉の真意とは?

第32話 「複利の力ってすげぇ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ
ミステリー
あのイケメンが捜査官? 話せば長~いわけありで。 もしあなたの同僚が、潜入捜査官だったら? こんな人がいるんです。 ホークは十四歳で家出した。名門の家も学校も捨てた。以来ずっと偽名で生きている。だから他人に化ける演技は超一流。証券会社に潜入するのは問題ない……のはずだったんだけど――。 なりきり過ぎる捜査官の、どっちが本業かわからない潜入捜査。怒涛のような業務と客に振り回されて、任務を遂行できるのか? そんな中、家族を巻き込む事件に遭遇し……。 リアルなオフィスのあるあるに笑ってください。 主人公は4話目から登場します。表紙は自作です。 主な登場人物 ホーク……米国歳入庁(IRS)特別捜査官である主人公の暗号名。今回潜入中の名前はアラン・キャンベル。恋人の前ではデイヴィッド・コリンズ。 トニー・リナルディ……米国歳入庁の主任特別捜査官。ホークの上司。 メイリード・コリンズ……ワシントンでホークが同棲する恋人。 カルロ・バルディーニ……米国歳入庁捜査局ロンドン支部のリーダー。ホークのロンドンでの上司。 アダム・グリーンバーグ……LB証券でのホークの同僚。欧州株式営業部。 イーサン、ライアン、ルパート、ジョルジオ……同。 パメラ……同。営業アシスタント。 レイチェル・ハリー……同。審査部次長。 エディ・ミケルソン……同。株式部COO。 ハル・タキガワ……同。人事部スタッフ。東京支店のリストラでロンドンに転勤中。 ジェイミー・トールマン……LB証券でのホークの上司。株式営業本部長。 トマシュ・レコフ……ロマネスク海運の社長。ホークの客。 アンドレ・ブルラク……ロマネスク海運の財務担当者。 マリー・ラクロワ……トマシュ・レコフの愛人。ホークの客。 マーク・スチュアート……資産運用会社『セブンオークス』の社長。ホークの叔父。 グレン・スチュアート……マークの息子。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...