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8月
第30話 親に感謝するという事
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お盆になり、進は実家に帰省していた。
今の住み家からは電車で20分もかからない場所だからその気になればもっと頻繁に帰ることもできたが、
基本盆と正月とゴールデンウィークにしか帰ることはなかった。
久しぶりの実家とあって進はくつろいでいたが、例年とは少し違った。
「進、聞いたぞ。お前株をやろうとしてるんだって?」
祖父がそう声をかけてきた。いったいどこからそんな噂を聞いてきたのか、進にはちっともわからなかった。
「何でそんなこと知ってるの?」
「やはりそうか。進、株は辞めとけ。俺の周りの人間はみんな株で損をしている。儲けてる奴なんて一人もいない。損するだけだ、辞めとけ」
「……」
進は黙って祖父の言う事を聞いていた。
「進、おじいちゃんの言う通りよ。おじいちゃんだって失敗したんだから」
続いて母親が進を説得しだす。
「進、株だけはやらないで。おじいちゃんの言うようにおじいちゃん含めてみんな失敗したんだから。だからやらないで!」
「……」
進はやりきれない表情をするだけで何も言わなかった。
盆が明け、仕事が始まる。進もまたデイサービスでの勤務が始まり、ススムと話をやり取りする日々もまた再開された。
「ススムさん。じいちゃんや母さんが株は辞めろって言ってくるんですがどうしたらいいですかね?」
進はススムにそう相談する。ススムは少し目をつぶり考え事をした後、言葉を紡ぎ出した。
「子供たるもの親には感謝するのは当然のことだ。だがそれを『親に絶対服従して言いなりになる事』と勘違いしている者があまりにも多すぎる。
小僧、お前だってそうだ。祖父や母親の言う事に絶対服従しているじゃないか。それは健全な親子関係ではない」
ススムは健全な親子関係とは何か? を語りだした。
「「子供の65%は親が産まれたころには無かった仕事に就く」というデータがある。
実際、今の大人達が子供だった頃はグーグルもフェイスブックもアマゾンもユーチューブも無かった。
子供が親の目の届かないところに行ってしまうのを心配する気持ちは親心として当然持っている物だ。
だが、だからといって子供は親の言いなりになるべき理由にはならない」
ススムは話を続ける。
「「産んでくれてありがとう」と親に感謝することと、「お前に従うメリットがないから、言う事を聞く気は無い」と言って、親に服従しないことは別に矛盾する事ではない。
感謝と服従とは別の話だ。親も子も、それをごちゃまぜにするものがあまりにも……そう、あまりにも多すぎる。
小僧、お前もお前の家族もそうだ。「親に感謝しろ」という社会常識が悪いのではない。
「親に感謝しているなら絶対服従して一切逆らうな」という危険な思想を作り出して、子供をコントロールしようとする親が悪いんだ。
それは子供を「子供」ではなく「奴隷」にしてしまっている。それは健全な親子関係ではない」
ススムはそこまで語り一息ついた。
「後は小僧、お前の親類にとって『お前が変わってしまう』のを嫌がっている。というのもあるだろう」
「変わってしまうのを嫌がる……ですか?」
「そうだ。普通の人間にとって変化というのは『無条件で怖い』ものだ。そう、変化というのは『無条件で怖い』ものだ。
今までの常識や法則が通用しないというのは『生命の危機』とさえいえる非常事態だ。人類が文明を持つよりも前のはるか昔の本能が今でも残っているんだろうな」
「例えば……何がそうなんですか?」
進は問う。
「ほう。例えば……と来たか。生意気なことを言うじゃないか。
そうだな、経団連の会長共がメールに対応できるようになったのは「2018年」になってから。という事例がある。
もう一度言うぞ? 経団連の会長共は「2018年」になるまでメールを受け付けていなかったそうだ。
おそらくメールは秘書に全部紙に印刷してもらったのを読んでいたんだろうな。
極端な事例かもしれないが、人間がいかに変化を恐れるのかが分かる事例の一つだ」
ススムはふぅっ。と息を継いで再び語りだす。
「さっきの経団連の話は極端な事例だが似たような案件はその辺にいくらでも転がっている。
リモートワークが叫ばれている中でも紙の書類にハンコを押すことにこだわり、ハンコを押す、ただそれだけのために出社する者も多いと聞くし、
令和の時代になってもファックスが作られ、売れているのもひっくるめて言えば「変化したくない」という欲求の表れだろうな。
この「変わりたくない」という欲求は本能に刻まれている欲求だから、大抵の人間は逆らえずに本能の言いなりになるだろうな」
ススムはさらに一息入れて結論を語る。
「小僧、親というのは常に正しいわけでは無い。ミスもするし間違いもする。だから親の言いなりにはなるな。
言いなりになって何か都合の悪いことが起きても親は責任を取ってはくれない。その点では親も無責任の極みなんだ。
だから親の言いなりにはなるな。それで損しても誰も尻を拭いてくれることはしない。オレが言いたいのはそれだけだ」
【次回予告】
今回のお話は「お前はすでに出来ていることだがな」という内容だった
第31話 「死に金を活き金にしろ」
今の住み家からは電車で20分もかからない場所だからその気になればもっと頻繁に帰ることもできたが、
基本盆と正月とゴールデンウィークにしか帰ることはなかった。
久しぶりの実家とあって進はくつろいでいたが、例年とは少し違った。
「進、聞いたぞ。お前株をやろうとしてるんだって?」
祖父がそう声をかけてきた。いったいどこからそんな噂を聞いてきたのか、進にはちっともわからなかった。
「何でそんなこと知ってるの?」
「やはりそうか。進、株は辞めとけ。俺の周りの人間はみんな株で損をしている。儲けてる奴なんて一人もいない。損するだけだ、辞めとけ」
「……」
進は黙って祖父の言う事を聞いていた。
「進、おじいちゃんの言う通りよ。おじいちゃんだって失敗したんだから」
続いて母親が進を説得しだす。
「進、株だけはやらないで。おじいちゃんの言うようにおじいちゃん含めてみんな失敗したんだから。だからやらないで!」
「……」
進はやりきれない表情をするだけで何も言わなかった。
盆が明け、仕事が始まる。進もまたデイサービスでの勤務が始まり、ススムと話をやり取りする日々もまた再開された。
「ススムさん。じいちゃんや母さんが株は辞めろって言ってくるんですがどうしたらいいですかね?」
進はススムにそう相談する。ススムは少し目をつぶり考え事をした後、言葉を紡ぎ出した。
「子供たるもの親には感謝するのは当然のことだ。だがそれを『親に絶対服従して言いなりになる事』と勘違いしている者があまりにも多すぎる。
小僧、お前だってそうだ。祖父や母親の言う事に絶対服従しているじゃないか。それは健全な親子関係ではない」
ススムは健全な親子関係とは何か? を語りだした。
「「子供の65%は親が産まれたころには無かった仕事に就く」というデータがある。
実際、今の大人達が子供だった頃はグーグルもフェイスブックもアマゾンもユーチューブも無かった。
子供が親の目の届かないところに行ってしまうのを心配する気持ちは親心として当然持っている物だ。
だが、だからといって子供は親の言いなりになるべき理由にはならない」
ススムは話を続ける。
「「産んでくれてありがとう」と親に感謝することと、「お前に従うメリットがないから、言う事を聞く気は無い」と言って、親に服従しないことは別に矛盾する事ではない。
感謝と服従とは別の話だ。親も子も、それをごちゃまぜにするものがあまりにも……そう、あまりにも多すぎる。
小僧、お前もお前の家族もそうだ。「親に感謝しろ」という社会常識が悪いのではない。
「親に感謝しているなら絶対服従して一切逆らうな」という危険な思想を作り出して、子供をコントロールしようとする親が悪いんだ。
それは子供を「子供」ではなく「奴隷」にしてしまっている。それは健全な親子関係ではない」
ススムはそこまで語り一息ついた。
「後は小僧、お前の親類にとって『お前が変わってしまう』のを嫌がっている。というのもあるだろう」
「変わってしまうのを嫌がる……ですか?」
「そうだ。普通の人間にとって変化というのは『無条件で怖い』ものだ。そう、変化というのは『無条件で怖い』ものだ。
今までの常識や法則が通用しないというのは『生命の危機』とさえいえる非常事態だ。人類が文明を持つよりも前のはるか昔の本能が今でも残っているんだろうな」
「例えば……何がそうなんですか?」
進は問う。
「ほう。例えば……と来たか。生意気なことを言うじゃないか。
そうだな、経団連の会長共がメールに対応できるようになったのは「2018年」になってから。という事例がある。
もう一度言うぞ? 経団連の会長共は「2018年」になるまでメールを受け付けていなかったそうだ。
おそらくメールは秘書に全部紙に印刷してもらったのを読んでいたんだろうな。
極端な事例かもしれないが、人間がいかに変化を恐れるのかが分かる事例の一つだ」
ススムはふぅっ。と息を継いで再び語りだす。
「さっきの経団連の話は極端な事例だが似たような案件はその辺にいくらでも転がっている。
リモートワークが叫ばれている中でも紙の書類にハンコを押すことにこだわり、ハンコを押す、ただそれだけのために出社する者も多いと聞くし、
令和の時代になってもファックスが作られ、売れているのもひっくるめて言えば「変化したくない」という欲求の表れだろうな。
この「変わりたくない」という欲求は本能に刻まれている欲求だから、大抵の人間は逆らえずに本能の言いなりになるだろうな」
ススムはさらに一息入れて結論を語る。
「小僧、親というのは常に正しいわけでは無い。ミスもするし間違いもする。だから親の言いなりにはなるな。
言いなりになって何か都合の悪いことが起きても親は責任を取ってはくれない。その点では親も無責任の極みなんだ。
だから親の言いなりにはなるな。それで損しても誰も尻を拭いてくれることはしない。オレが言いたいのはそれだけだ」
【次回予告】
今回のお話は「お前はすでに出来ていることだがな」という内容だった
第31話 「死に金を活き金にしろ」
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