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第2部 恋人になってからのお話
第78話 プロテスト
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時期は10月初めにさかのぼる……。
「え!? プロテスト!?」
「ああそうだ。お前もそろそろ洗礼を浴びた方が良いと思ってな」
「上等ですよ。やってやろうじゃありませんか! で、いつやるんですか?」
「このまま参加者が集まれば11月下頃に行われるってさ。それまでに減量するぞ。目標としては今の体重に一番近いスーパーフェザー級だな」
林太郎の現重量は60.15キロ。
プロテストでは試合のような体重制限は無いのだが出来るだけプロになった時のことを考えて、それの訓練も含めてスーパーフェザー級の重量に絞る。
スーパーフェザー級は58.97キロ以下なので2ヵ月で1キロほど体を絞る必要がある。林太郎は高校生なので学業の支障が出ないよう極力無理のない減量という形をとることにした。
「あれ? お兄ちゃんってば食事が少ない気がするんだけど」
「ああ。プロテストに向けて減量してるんだよ。ボクシングマンガやアニメに出て来るほど強烈な奴じゃないけどさ」
「ふーん。じゃあグルメ番組とかもなるべく見せないようにした方が良いかな?」
凛香の指摘通り、テレビ番組は例えニュース番組だったとしてもグルメ情報が連日連夜放送されている。
それが大衆に一番「快」であるから仕方ないとはいえ、林太郎のような減量をしている人からしたら酷な話だ。
なるべくテレビにそういう番組やコーナーを映さないように、あるいはお菓子を食べているところを目撃されないように気を付けるようにしたという。
迎えたプロテスト前日。林太郎はジムにあった体重計に乗った。
「ふーむ……58.50キロか。林太郎、お前体重を絞るのは得意だな。プロでも減量失敗する奴は多いのに」
「おやっさん、褒めてるんですか?」
「もちろんだとも! 減量がどうしても出来なくて辞める奴は今も昔も山ほどいるからな。明日朝8:30にジムに来てくれ。俺の車に乗って会場まで行くぞ。
それと、学校には明日受験のために休むって連絡したよな?」
「あ、はい。それはバッチリです」
「よし分かった。じゃあ明日な」
翌日。林太郎とおやっさんは試験会場へと無事にたどり着いた。
プロテストはルールの把握をしているか、などを問われる筆記試験と、実力を試される実技試験の2種類がある。
他にも計量や医師による健康診断もあるが、大したことではない。
大抵の場合計量は前日に行うし、健康診断もよほどのことが無ければパスできる。
さらには筆記試験は簡単なルールを知ってるかを問われる程度なのでほぼ全員が難なくクリアーでき、事実上実技試験で合否が決まると言って良い。
「大谷 翼か……」
林太郎の対戦相手は噂では「期待のルーキー」と言われている相手だが、負ける気は無い。
カーンッ!
ゴングが鳴ると同時にお互いパンチを打ち合う。
大谷からのパンチは1発1発がズシリと響くように重い。本人からしたら軽いジャブのようだが林太郎にはとてもそうは思えない。
ジムでスパーリング相手になっている「4回戦」とはいえプロ並み、いや明らかにそれ以上の強さだ。
本当に自分と同じアマチュアなのか? と疑いたくなるような戦力差が実際に拳を交えるとビリビリと感じられた。
「クッ!」
大谷からのボディジャブを何発も食らい、徐々にダメージがたまっていく……「ボディブローのようにじわじわと効いてくる」とは言ったもので、動きが鈍っていく。
致命傷こそ負わなかったものの、結局林太郎にとって良い所は全然ないまま1ラウンドが終わった。
「ハァーッ、ハァーッ……」
2分30秒の1ラウンドが終わってインターバルつまりは「休憩時間」に入ったが、林太郎は荒い息を繰り返している。
その一方で大谷は息一つ乱れていない。その差は、歴然としていた。
ラウンド2のゴングが鳴る。
再び林太郎と大谷が向き合うがパンチの数、的確さ、ダメージの入り具合、その全てが大谷側に傾いていた。
(ここはボディジャブで相手の気をそらして……)
とはいえ林太郎も黙って殴られているわけでは無い。相手のボディにジャブやストレートを意識的に多く打ち、相手の気をボディに集中させる。そして……。
バシィ!
(!! やった! 狙い通り顔面!)
林太郎が相手の顔面に渾身の右ストレートを直撃させる。だが、大谷が顔面の直撃を食らったはずなのにそれをものともせずに前進してきた、その瞬間!
ドゴッ! ドゴッ! ドガァッ!
「!?」
突如林太郎の脳天に宇宙から降って来た隕石が突き刺さったかのような強烈な衝撃が走る!
死角からの、つまりは「視界に入っていなくて見えていない場所」からの胴体に右ジャブ、左ストレート、そして顔面に右フックのコンビネーションを食らったのだ。
彼はぐらり、と姿勢が崩れて身体がリングに沈む。意識は完全に飛んでいた。
「ハッ!」
林太郎が目覚めた場所は病院だった。清潔な白い室内に独特の薬品の香りがかすかに漂っている。
様子を見に来たおやっさんことジムのトレーナーが林太郎が無事目覚めたことに喜びの声をあげた。
「お、林太郎! 目が覚めたか! 今はテストを受けた日の午後3時だ。CTスキャンで脳の検査もしたが異常はないそうだ。良かったな」
「……」
林太郎は何も言えない。
「なぁに、林太郎。お前は相手が悪かった。相手は日本のアマチュアボクサーランキングの20位内に入っているそうだ。
さすがにいきなり6回戦ってわけにはいかなかったが、飛びぬけて強いのは確かさ。たまたま交通事故を食らったようなもんだから気にすんな。
お前はまだ16歳だから時間はたっぷりある。今回は不合格だったがまだ次がある。今から強くなってリベンジすればいい」
「……」
20位内の相手でさえ2ラウンドで失神だ。アイツよりも強い奴が20人近くもいるって事になる……「大谷」よりも「強い」奴が「20人近く」いる。
「神は乗り越えられる試練しかお与えにならない」よく言われることだが正直言って、乗り越えられるところをイメージできない。
アイツに、そう「大谷 翼」に勝つシーンがこれっぽちも想像できない。
……ダメだ。勝てる気がしない。
林太郎のトレーナーであるハゲ頭のオヤジは缶コーヒーを林太郎に突き出した。
「まぁ飲め」
缶を受け取るものの開けようともしない教え子を見て、トレーナーは昔話を始めた。
「林太郎、お前の気持ちもよーく分かる。俺も現役時代は16歳からプロテストに挑んで、17の頃に4回戦でプロデビューしたが俺より才能があって強い奴なんてごまんといた。
こいつ等に勝てるのか? と疑心暗鬼だったし、怯えていたものさ。ちょうど今のお前と同じようにな。
でも勝ち負けにこだわらずにガムシャラに練習して試合に出続けたら、いつの間にか世界王者になってた。
俺なんて足元にも及ばない程才能のある奴はみんな途中で辞めていった。ケガだったり、世界の広さに絶望したり、減量が出来なかったりしてな」
「……」
ハゲオヤジは一言もしゃべらず、聞いているかも分からない林太郎に話を続ける。
「林太郎、お前はまだ16じゃないか! ボクシングの定年退職までまだ20年近くはあるだろ!? だったら強くなってリベンジすりゃあいいだけの話じゃねえか!」
「……強く、なれるのか? 本当に、強くなれるんですかね?」
「もちろんだとも! 世界を獲った俺が言うんだ間違いねぇ! まぁすぐに練習ってわけには、いかないけどな。2週間はしっかり休め。休むのも仕事のうちさ」
「……」
その時の林太郎には、トレーナーのおやっさんのセリフは全く心に響かなかった。
その日の夜。林太郎は悪夢にうなされていた。
リングだ。リングの上に立っていた。
対戦相手は……巨人だ。自分の頭が相手のヒザに届くかどうかという巨人だった。無情にもゴングが鳴る。林太郎は必死にパンチを打ち込むがまるで効いてない。
逆に相手のパンチを1発食らっただけで全身の骨がバキバキに砕けたかのような衝撃が走る。
「助けてくれ! 助けてくれぇ!」
林太郎はボロボロと泣きながら助けをこうがその声は誰にも届かない。
巨人の顔は……「大谷 翼」そのものだった。
「え!? プロテスト!?」
「ああそうだ。お前もそろそろ洗礼を浴びた方が良いと思ってな」
「上等ですよ。やってやろうじゃありませんか! で、いつやるんですか?」
「このまま参加者が集まれば11月下頃に行われるってさ。それまでに減量するぞ。目標としては今の体重に一番近いスーパーフェザー級だな」
林太郎の現重量は60.15キロ。
プロテストでは試合のような体重制限は無いのだが出来るだけプロになった時のことを考えて、それの訓練も含めてスーパーフェザー級の重量に絞る。
スーパーフェザー級は58.97キロ以下なので2ヵ月で1キロほど体を絞る必要がある。林太郎は高校生なので学業の支障が出ないよう極力無理のない減量という形をとることにした。
「あれ? お兄ちゃんってば食事が少ない気がするんだけど」
「ああ。プロテストに向けて減量してるんだよ。ボクシングマンガやアニメに出て来るほど強烈な奴じゃないけどさ」
「ふーん。じゃあグルメ番組とかもなるべく見せないようにした方が良いかな?」
凛香の指摘通り、テレビ番組は例えニュース番組だったとしてもグルメ情報が連日連夜放送されている。
それが大衆に一番「快」であるから仕方ないとはいえ、林太郎のような減量をしている人からしたら酷な話だ。
なるべくテレビにそういう番組やコーナーを映さないように、あるいはお菓子を食べているところを目撃されないように気を付けるようにしたという。
迎えたプロテスト前日。林太郎はジムにあった体重計に乗った。
「ふーむ……58.50キロか。林太郎、お前体重を絞るのは得意だな。プロでも減量失敗する奴は多いのに」
「おやっさん、褒めてるんですか?」
「もちろんだとも! 減量がどうしても出来なくて辞める奴は今も昔も山ほどいるからな。明日朝8:30にジムに来てくれ。俺の車に乗って会場まで行くぞ。
それと、学校には明日受験のために休むって連絡したよな?」
「あ、はい。それはバッチリです」
「よし分かった。じゃあ明日な」
翌日。林太郎とおやっさんは試験会場へと無事にたどり着いた。
プロテストはルールの把握をしているか、などを問われる筆記試験と、実力を試される実技試験の2種類がある。
他にも計量や医師による健康診断もあるが、大したことではない。
大抵の場合計量は前日に行うし、健康診断もよほどのことが無ければパスできる。
さらには筆記試験は簡単なルールを知ってるかを問われる程度なのでほぼ全員が難なくクリアーでき、事実上実技試験で合否が決まると言って良い。
「大谷 翼か……」
林太郎の対戦相手は噂では「期待のルーキー」と言われている相手だが、負ける気は無い。
カーンッ!
ゴングが鳴ると同時にお互いパンチを打ち合う。
大谷からのパンチは1発1発がズシリと響くように重い。本人からしたら軽いジャブのようだが林太郎にはとてもそうは思えない。
ジムでスパーリング相手になっている「4回戦」とはいえプロ並み、いや明らかにそれ以上の強さだ。
本当に自分と同じアマチュアなのか? と疑いたくなるような戦力差が実際に拳を交えるとビリビリと感じられた。
「クッ!」
大谷からのボディジャブを何発も食らい、徐々にダメージがたまっていく……「ボディブローのようにじわじわと効いてくる」とは言ったもので、動きが鈍っていく。
致命傷こそ負わなかったものの、結局林太郎にとって良い所は全然ないまま1ラウンドが終わった。
「ハァーッ、ハァーッ……」
2分30秒の1ラウンドが終わってインターバルつまりは「休憩時間」に入ったが、林太郎は荒い息を繰り返している。
その一方で大谷は息一つ乱れていない。その差は、歴然としていた。
ラウンド2のゴングが鳴る。
再び林太郎と大谷が向き合うがパンチの数、的確さ、ダメージの入り具合、その全てが大谷側に傾いていた。
(ここはボディジャブで相手の気をそらして……)
とはいえ林太郎も黙って殴られているわけでは無い。相手のボディにジャブやストレートを意識的に多く打ち、相手の気をボディに集中させる。そして……。
バシィ!
(!! やった! 狙い通り顔面!)
林太郎が相手の顔面に渾身の右ストレートを直撃させる。だが、大谷が顔面の直撃を食らったはずなのにそれをものともせずに前進してきた、その瞬間!
ドゴッ! ドゴッ! ドガァッ!
「!?」
突如林太郎の脳天に宇宙から降って来た隕石が突き刺さったかのような強烈な衝撃が走る!
死角からの、つまりは「視界に入っていなくて見えていない場所」からの胴体に右ジャブ、左ストレート、そして顔面に右フックのコンビネーションを食らったのだ。
彼はぐらり、と姿勢が崩れて身体がリングに沈む。意識は完全に飛んでいた。
「ハッ!」
林太郎が目覚めた場所は病院だった。清潔な白い室内に独特の薬品の香りがかすかに漂っている。
様子を見に来たおやっさんことジムのトレーナーが林太郎が無事目覚めたことに喜びの声をあげた。
「お、林太郎! 目が覚めたか! 今はテストを受けた日の午後3時だ。CTスキャンで脳の検査もしたが異常はないそうだ。良かったな」
「……」
林太郎は何も言えない。
「なぁに、林太郎。お前は相手が悪かった。相手は日本のアマチュアボクサーランキングの20位内に入っているそうだ。
さすがにいきなり6回戦ってわけにはいかなかったが、飛びぬけて強いのは確かさ。たまたま交通事故を食らったようなもんだから気にすんな。
お前はまだ16歳だから時間はたっぷりある。今回は不合格だったがまだ次がある。今から強くなってリベンジすればいい」
「……」
20位内の相手でさえ2ラウンドで失神だ。アイツよりも強い奴が20人近くもいるって事になる……「大谷」よりも「強い」奴が「20人近く」いる。
「神は乗り越えられる試練しかお与えにならない」よく言われることだが正直言って、乗り越えられるところをイメージできない。
アイツに、そう「大谷 翼」に勝つシーンがこれっぽちも想像できない。
……ダメだ。勝てる気がしない。
林太郎のトレーナーであるハゲ頭のオヤジは缶コーヒーを林太郎に突き出した。
「まぁ飲め」
缶を受け取るものの開けようともしない教え子を見て、トレーナーは昔話を始めた。
「林太郎、お前の気持ちもよーく分かる。俺も現役時代は16歳からプロテストに挑んで、17の頃に4回戦でプロデビューしたが俺より才能があって強い奴なんてごまんといた。
こいつ等に勝てるのか? と疑心暗鬼だったし、怯えていたものさ。ちょうど今のお前と同じようにな。
でも勝ち負けにこだわらずにガムシャラに練習して試合に出続けたら、いつの間にか世界王者になってた。
俺なんて足元にも及ばない程才能のある奴はみんな途中で辞めていった。ケガだったり、世界の広さに絶望したり、減量が出来なかったりしてな」
「……」
ハゲオヤジは一言もしゃべらず、聞いているかも分からない林太郎に話を続ける。
「林太郎、お前はまだ16じゃないか! ボクシングの定年退職までまだ20年近くはあるだろ!? だったら強くなってリベンジすりゃあいいだけの話じゃねえか!」
「……強く、なれるのか? 本当に、強くなれるんですかね?」
「もちろんだとも! 世界を獲った俺が言うんだ間違いねぇ! まぁすぐに練習ってわけには、いかないけどな。2週間はしっかり休め。休むのも仕事のうちさ」
「……」
その時の林太郎には、トレーナーのおやっさんのセリフは全く心に響かなかった。
その日の夜。林太郎は悪夢にうなされていた。
リングだ。リングの上に立っていた。
対戦相手は……巨人だ。自分の頭が相手のヒザに届くかどうかという巨人だった。無情にもゴングが鳴る。林太郎は必死にパンチを打ち込むがまるで効いてない。
逆に相手のパンチを1発食らっただけで全身の骨がバキバキに砕けたかのような衝撃が走る。
「助けてくれ! 助けてくれぇ!」
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