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第2部 恋人になってからのお話

第58話 死にたかった頃のボク

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 施設の中でも要注意人物とマークされていた時に私は七菜ななな家に引き取られ、西城さいじょう霧亜きりあから七菜ななな霧亜へと名前が変わった。
 転校もして新たな家庭で生活することになったが、それでもなお死にたかった。

 ある日、天井の照明を取り付けるための金具から照明器具をつなぐコードに引っ掛ける形でこの時のためだけに買ったベルトを結び、イスの上に立った。
 ベルトを首にかけ、あとはイスを蹴るだけとなった時に、脚がガタガタと震え始め、言いようの知れない恐怖が胸までこみあげてくる。

 それでも無理やり振り切ってイスを蹴ると脳のリミッターが振り切れるくらいの感情の津波が一斉に襲い掛かった!
 死んでしまう!! 死んでしまう!! 死んでしまう!! 死んでしまう!! 死んでしまう!! 死んでしまう!! 死んでしまう!! 死んでしまう!! 死んでしまう!! 死んでしまう!! 死んでしまう!! 死んでしまう!!!!!
 ……死にたくない! 私は! 私は!!! 死 に た く な い !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 バキバキッ! ドサッ!


 上から何か音がして、私の身体は照明ごと床へと落ちた。どうやら私の体重を支え切れずに照明と天井の配線をつなぐ金具ごと外れて落下したらしい。

「ゲホ……助かったの……? 私、生きてる?」

 その時初めて、私は死にたいわけじゃないというのが分かった。家族全員が※※※で死んだという、あまりにも大きすぎる出来事にとても直視が出来なかっただけ。というのが分かった。

「どうしたの!? 急に大きい音出して……!? 霧亜!? アンタ一体何やってんのよ!?」
凛香りんか姉さん……ごめん。本当にごめん」

 七菜家に来て1週間も経たないうちに、3回目の自殺を試みて、また失敗した。やっと死のうとしていることが大変な事だと気づくことが出来た。



 その後、首吊りで自殺未遂をしたのが家族にバレて、私は病院に連れていかれて検査を受けていた。
 私の身体の感覚でどこかおかしい所は一切ないし、医師からは緊張感があまりないのを見るに、おそらく異常らしい異常はないのだろう。
 全ての検査を終え、結果待ちとなったところでひめ姉さんが声をかけて来た。後から聞いた話だけど、どうやら江梨香えりか母さんのパソコンを借りて調べたらしい。

「霧亜……『53万5000人』これが何の数か分かる?」
「……? 姫姉さん、何なの? それ」

 謎の人数をいきなり出されて何なのかがさっぱり分からない私は姉に問う。

「自殺未遂者の数よ。完遂かんすいって言って、本当に自殺で死んじゃった人のおよそ20倍もの数だそうよ。
 東大の競争倍率が3倍かそこらだから、単純に比較するのもアレだけど自殺して本当に死ぬのは、東大に受かるよりも6倍から7倍も難しいって事になるわ。
 言い方が悪いかもしれないけど、私は霧亜が倍率20倍の狭い門をくぐれるほどの難しい事を出来る『自殺のエリート』だとはとても思えないわ。だから生きて」
「……と、東大に受かるよりも何倍も難しい?」

 あの東大に受かるよりも難しい……? ボクはそんな事をしようとしていたのか?

「単純計算で言えばそうなるわね。これを知ったうえでそれでも死ななくてはいけない、っていうのなら正直あたしには止められる手段はないけど、
 お姉ちゃんとしては霧亜ちゃんが『倍率20倍の難関を突破できる自殺のエリート』だとは思えないからね」
「フフフフフ……フハハハハ……ヒヒヒハハハ……! ブワアアアハッハヒヒハハ!」

 順番待ちをしている他の患者や姫姉さんが『あぜん』とするような壊れた笑いがボクの身体から出てきた。
 死ねないんだ。倍率20倍の狭き門をくぐれないと死ねないんだ。だったら生きるしかないじゃないか。
 今の死にたいボクを構成している色んなものがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。
 ようやくボクは生きることを選ぶことが出来るようになった。正確に言えば「生きる」という選択肢がようやく出てきて選べるようになった感じだ。



 検査の結果、特に問題ないと言われて自宅に帰れるようになったボクは、凛香りんか姉さんと姫姉さん、それに新しい母親である江梨香えりかお母さんに話をすることにした。
 もちろん内容は自殺に関する事だ。

江梨香えりか母さん、凛香姉さん、姫姉さん。今から重要な話をします。ボクは死にたかったんです。
 本当の家族が全員※※※で死んじゃって、突然急に天涯孤独になった事に耐えられなかったんです。こんなの死んでないだけで、生きているとは到底思えない、生きたいと思える生の質を保てないと思ってました。
 もう2度と家族に会えない生なんて、何の意味も無い。と思ってしまったんです。このまま家族のいない一人ぼっちの生を生きるくらいなら、天国で家族とまた暮らせることを望んで死のうとしたんです。
 天国に行ける保証なんてこれっぽちも無いにも関わらずに、ですよ」

「霧亜……そんな事があったの。辛かったでしょ?」
「そんな理由があったから、後追いしようとしたんだ。そういう事だったのね」

 母さんや姉さんはボクの自殺したかった理由を聞いて、正面から受け止めてくれたようだ。それだけでも少し嬉しかった。

「ホラ……あたしら血こそ繋がってないけどそれ以外は本当の家族と何一つ変わらないから。辛い事や1人で抱えきれない事は遠慮なくあたしらに相談していいんだからね?
 そういう事だったらいくらこき使われても構わないし、喜んでやるからさ」

「姫姉さん……ありがとう……」

 自然と涙が流れた。この家に拾われてよかった。ボクはその時、初めて心の底からそう思った。



◇◇◇



「昔は墓参りなんてできませんでしたから。家族が死んだことを認めることができなくて……。
 家族全員が※※※にかかって、あまりにもあっけなく3人とも逝ってボクしか残らなかったのがとんでもなく不幸な事だと思ってまして。
 ある日突然1人ぼっちになった事が、どうしても認めることが出来なかったんですよ」
「辛かっただろう。そして幸運にも良い家に拾われてよかったな、霧亜ちゃんは。もう大丈夫だろうな」
「はい。今では自殺しようとは思いませんから」

 死にたかった頃のボクは墓参りなんてできなかった。理不尽かつ無慈悲で、何も悪い事をしていないのに、何でこんな不幸な目に遭わなくてはいけないんだ?
 キリスト教徒なら「神よ、なぜこのような試練をお与えになるのですか?」と困惑し、信仰を否定しかねない事態だった。
 でも今は家族が死んだことを飲み込めるほどの成長できた。そのことをようやく正面から向き合えるようになっていた。
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