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第1部 クラスメートから兄妹を経由して、そして恋人となるお話

第37話 林太郎の母親

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「27……28……29……30、と」

 林太郎りんたろうは自室の床にヨガマットを敷き「プランクレッグレイズ」……プランクと言う自重トレーニングの体勢を維持しつつ足を上げるトレーニングを続けていた。
 難易度は高いがその分効くという。

「お疲れ様、兄くん。それにしてもよく頑張ってるよなぁ、ジムから帰った後にもトレーニングかぁ。ムチャして身体を壊さないかちょっと心配だな」
「ふぅ……まぁ世界王者のベルトを取るには日々の訓練は欠かせないからなぁ」

 寝る前にも筋トレを欠かさない林太郎を、寝るまで暇だったので彼の部屋に来ていた霧亜きりあは素直にほめていた。
 痩せ気味の身体なのかあまり運動したがらない彼女にとっては、兄の熱意には敬意を持っていた。

「さて……」

 林太郎は立ち上がりキッチンへと向かう。冷蔵庫を開けて中から取り出したのは……豆乳だ。
 彼の名字が今の七菜なななになる前の「田村たむら」だったころから、冷蔵庫には豆乳が常備されていた。
 コップに注いて一気飲み。以前ネットで見つけた無調整豆乳を飲んだ時はあまりにもの「液体の豆腐ぶり」に驚き、今では調整豆乳を飲んでいる。

「兄くん、それってもしかしてプロテインの代わりかい?」
「よく気づいたな。豆乳ならソイプロテインが摂取できる。本当はプロテインがいいんだろうけど高いからなぁ。
 最近はプライベートブランド化が進んでて安くなりつつあるけど、それでも高いから手が出せないんだ。オヤジに余計な負担を負わせたくは無いからな」
「ふーん、そうなんだ。父さん思いだね」
「まぁな。特に9歳の頃からは男手1つで俺の事育ててるから恩はあるんだぜ?」

 9歳の頃からは男手1つで……という事は9歳の頃に何かあったのだろう。霧亜は勇気を出して突っ込んだ話をすることにした。

「なぁ兄くん、その……何だ。差し支えの無い部分だけでいいんで、栄一郎えいいちろう父さんが何で離婚したのか教えてくれないか?」
「へぇ、離婚したのは知ってるんだ。中々鋭いな」
「いや、たまたま当たっただけさ。多分離婚かなって何となくカンで思っただけ」
「女のカンって鋭いもんなんだな……離婚したって言うけどオヤジは母さんに捨てられたんだよ」

 林太郎は過去を語りだす。彼の母親が「蒸発」した話だ。



◇◇◇



「おかーさーん。おかーさーん。どこー?」

 まだ9歳で母親に甘えたい年頃の林太郎がある日目覚めると母親がいない。家中探したが影も形も無い。異変に気付いた父親の栄一郎が居間までやってくるとテーブルの上に離婚届と1枚の手紙が置いてあった。

「私は一流企業に勤めて給料をたくさんもらえるあなたが好きでした。ですから会社を辞めて儲からないトレーダーになったあなたの事は嫌いになりました。
 それにもっとお金を持っていて、なおかつ老い先が短くて死んだ後に財産をたっぷり譲ってくれそうな人を見つけたので、そちらに鞍替えしようと思います。
 林太郎はあなたと一緒にいる口実のために産んだので、今の私には邪魔なので残しておきます。さようなら。
 あやより」



◇◇◇



「オヤジは母さんが蒸発する1年位前から会社員を辞めてトレーダーになるって言いだして、そこからカネのトラブルで揉めに揉めて、
 最終的には母さんが蒸発しちまったのさ。今何をしているのかは俺にもオヤジにも分からない。
 それに母さんは俺の事を「金持ちな会社員であるオヤジと自分をつなぎとめるためだけに」産んだらしいからそれでこじれて不良になるきっかけにもなったさ。
 思い返しても当時はかなりのショックだったなぁ。9歳かそこらの息子に『お前は私が金持ちのそばにいたいから産んだ』なんて堂々と書き残す母親なんて酷いだろ?」
「……」

 母親の蒸発、という一大事がごく当たり前であるかのように、それがどれだけとんでもない事なのかを全く分かってない表情をした林太郎の口からそんな昔話が出た。
 霧亜は林太郎の母親のしでかしたことの重大さにしばらく言葉が出ない。 

「兄くんは大変だったんだな。兄くんの母親って今で言う『毒親』って奴になるのかな。ボクは本当の親やおばあちゃんから愛情もらって育ったからまだ恵まれてる方だと思う」
「ふーん。おばあちゃん子だったりするのか?」
「うーん……特別に可愛がられてたってわけじゃないけどね」
「母親は『毒親』か? って言われたらまぁ大体はそうだな。世間一般で言う『毒親』でいいと思う。
 昔は俺を捨てた母親を憎んだり不良の道に転落したりと色々あったけど、最近はそんな事してもどうしようもない、と思えるようになったよ。親は選べないって言うからな」

 自分を捨てた母親に対して、もっと言いたいこともあるというのに……霧亜は自分よりも大人な林太郎を兄として尊敬するようになった。

「すまなかったね兄くん。思い出したくも無い昔話をさせちゃって」
「別にいいさ。思い出したくない、ってわけでもないし」
「わかった。じゃあボクはもう寝るから、お休み」
「お休み、霧亜」

 霧亜は林太郎の部屋を出て寝ることにした。
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