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第1部 クラスメートから兄妹を経由して、そして恋人となるお話
第34話 家系ラーメンが美味しくない
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「家系ラーメンですか……私この手のお店入るの初めてなんですよね」
「大丈夫、美味いから安心してくれ。さっさと行こうぜ、外は暑いからな」
ラーメン業界にしっかりと根付いた、と言って良い家系ラーメンの店に林太郎と雪は来ていた。
以前のデートでは雪がセッティングをしてくれたのでお返ししよう。というわけで林太郎は行きつけのラーメン店に彼女を連れていくことにしたのだ。
中に入ると人気店なのか、11時の開店から30分くらいしか経ってないのにテーブル席にもカウンター席にも客が何人もいる。
エアコンもバッチリ効いてるのか真夏の外と違ってひんやりとしていて涼しい。
人、入ってるんだなぁ。と周りを見ながらそう思ってた雪に店員が気づいたのか声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。お客様は2名様でよろしいでしょうか? 食券を買ったらカウンターのお席にお願いしますね」
「お昼にはちょっと早いんですけどもうお客さんがいるんですね」
「ああ。昼時や夜になると並ばないと入れない位繁盛しているそうだぜ。んじゃあまず食券を買ってくれ。大きな札は隣の両替機で替えられるぞ」
林太郎がそう言うと、入り口近くの食券販売機を指さして買うよう促した。
「食券を買うんですね。豚骨醤油ですか……豚骨は食べた事ないんですよね。醤油ラーメンならありますけど」
雪はラーメンというよりは「中華そば」とでも言うべき、昔ながらの醤油ラーメンしか食べた事が無かったので不安だったが、
2人とも定番メニューである豚骨醤油ラーメンを選んで食券を買い、カウンター席へと2人並んで座った。
ほどなくしてさっき席の案内をしてくれた店員がお冷を2つもってやってきた。彼女はコップを置くと赤いペンを取り出した。
「食券をお預かりしますね。味の調整はいかがしますか?」
「味濃いめ、油多め、麺固め。それに大盛りだ」
そう言って林太郎はカードタイプの「生徒証明書」を店員に見せた。
「はいかしこまりました。そちらのお客様は?」
「??? に、兄さん。味の調節、って何ですか?」
この店に来たのは初めてなので雪はどうしたらいいか分からずに戸惑っている。林太郎はそんな彼女に出来るだけ優しく接してどういう意味か説明しだした。
「ああ、雪。お前この店来るのは初めてなんだよな? 店では味の濃い薄い、油の多め少な目、麺の固い柔らかいが調整できるんだよ。
とりあえず最初の今回は全部普通で、また来るときに物足りない部分があったら味濃いめや麺固めで調整するといいんだ」
「は、はぁ。じゃあ全部普通でお願いします」
「はいかしこまりました。お待ちくださいね。オーダー入ります! 並1つ 大濃い多め固め1つ」
「アイヨー!」
厨房から威勢のいい声が聞こえてきた。
「ところで兄さん、生徒証明書を見せてましたけど何かあるんですか?」
「ああ、この店は学割があって生徒証明書を見せればタダで大盛りにしてくれるんだよ。良い店だろ?」
「へぇ、学割ですか。色々思いつくものなんですね」
雪はお冷を飲み身体を冷やしながら兄の話を聞く。
学割と言えばスマホ程度しか聞かず、学校に特別近いわけでもないこんな駅前の飲食店で学割が使えるとは思っても無くて意外だった。
恋人同士でおしゃべりしていると時間はすぐすぎる。店員が注文の品を持ってやってきた。
「後ろから失礼します。お待たせしました、並と……大盛りになりますね」
店のスタッフが後ろからどんぶりを持ってやってきた。慣れている林太郎は早速具を食べ、フタ付きの小鉢に入っていたすりおろしニンニクを入れてよく混ぜていた。
雪はとりあえずレンゲでスープをすくい、口に入れる。
「ちょっと……味が濃すぎますね」
彼女の笑顔が多少引きつっていた。
「そ、そうか。雪、ニンニク入れないと美味くないぞ」
「ニンニク? うう……私ニンニク苦手なのよね。においがキツくて」
雪は引きながらも彼氏の勧めだというのもあって断りきる事は出来ず、フタ付きの小鉢に入っていたすりおろしニンニクを少しだけ入れて食べる。
だが、水を飲んで「流し込む」ように胃袋の中に無理やり詰め込んだ。
どうやらこの味を受け入れてはくれてないようで、しかも豚骨ラーメンに合うニンニクも苦手と来た。林太郎の打つ手打つ手その全てが悪手であった。
(あーあ。やっちまったか)
林太郎は本来なら餃子用の醤油をラーメンに足してズルズルと麺をすすっていた。いつもよりだいぶ味が薄い気がしたのだ。
『嫌な事がある時の食事はまずくなる』
これは本当の事で、恐怖だったり負の感情を抱いていると実際に脳と体の神経伝達が悪くなるから、味覚の感度も落ちて味がしなくなるのだ。
林太郎も雪も2人とも完食はしたが、雪は必死に平静を装っていた。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」
店員からそう言われて店を出た林太郎と雪。兄は苦手な料理を妹に食べさせてしまい、何て言ったらいいのか分からなかった。
「……悪かったな」
「え、その……まぁいい店だとは思いますね。店員さんは元気でしたし」
肝心の料理、ラーメンに関する話は出てこないので多分相当ダメなのだろう。林太郎とはいえ恋人が自分をがっかりさせないように何とか言葉を選んでることぐらいは分かる。
最善手を打ってるつもりでもどこか食い違う……「好きにならなきゃ」と思えば思う程ぎこちなく、何かが違うと思うようになるのだが、これはその始まりだった。
「大丈夫、美味いから安心してくれ。さっさと行こうぜ、外は暑いからな」
ラーメン業界にしっかりと根付いた、と言って良い家系ラーメンの店に林太郎と雪は来ていた。
以前のデートでは雪がセッティングをしてくれたのでお返ししよう。というわけで林太郎は行きつけのラーメン店に彼女を連れていくことにしたのだ。
中に入ると人気店なのか、11時の開店から30分くらいしか経ってないのにテーブル席にもカウンター席にも客が何人もいる。
エアコンもバッチリ効いてるのか真夏の外と違ってひんやりとしていて涼しい。
人、入ってるんだなぁ。と周りを見ながらそう思ってた雪に店員が気づいたのか声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。お客様は2名様でよろしいでしょうか? 食券を買ったらカウンターのお席にお願いしますね」
「お昼にはちょっと早いんですけどもうお客さんがいるんですね」
「ああ。昼時や夜になると並ばないと入れない位繁盛しているそうだぜ。んじゃあまず食券を買ってくれ。大きな札は隣の両替機で替えられるぞ」
林太郎がそう言うと、入り口近くの食券販売機を指さして買うよう促した。
「食券を買うんですね。豚骨醤油ですか……豚骨は食べた事ないんですよね。醤油ラーメンならありますけど」
雪はラーメンというよりは「中華そば」とでも言うべき、昔ながらの醤油ラーメンしか食べた事が無かったので不安だったが、
2人とも定番メニューである豚骨醤油ラーメンを選んで食券を買い、カウンター席へと2人並んで座った。
ほどなくしてさっき席の案内をしてくれた店員がお冷を2つもってやってきた。彼女はコップを置くと赤いペンを取り出した。
「食券をお預かりしますね。味の調整はいかがしますか?」
「味濃いめ、油多め、麺固め。それに大盛りだ」
そう言って林太郎はカードタイプの「生徒証明書」を店員に見せた。
「はいかしこまりました。そちらのお客様は?」
「??? に、兄さん。味の調節、って何ですか?」
この店に来たのは初めてなので雪はどうしたらいいか分からずに戸惑っている。林太郎はそんな彼女に出来るだけ優しく接してどういう意味か説明しだした。
「ああ、雪。お前この店来るのは初めてなんだよな? 店では味の濃い薄い、油の多め少な目、麺の固い柔らかいが調整できるんだよ。
とりあえず最初の今回は全部普通で、また来るときに物足りない部分があったら味濃いめや麺固めで調整するといいんだ」
「は、はぁ。じゃあ全部普通でお願いします」
「はいかしこまりました。お待ちくださいね。オーダー入ります! 並1つ 大濃い多め固め1つ」
「アイヨー!」
厨房から威勢のいい声が聞こえてきた。
「ところで兄さん、生徒証明書を見せてましたけど何かあるんですか?」
「ああ、この店は学割があって生徒証明書を見せればタダで大盛りにしてくれるんだよ。良い店だろ?」
「へぇ、学割ですか。色々思いつくものなんですね」
雪はお冷を飲み身体を冷やしながら兄の話を聞く。
学割と言えばスマホ程度しか聞かず、学校に特別近いわけでもないこんな駅前の飲食店で学割が使えるとは思っても無くて意外だった。
恋人同士でおしゃべりしていると時間はすぐすぎる。店員が注文の品を持ってやってきた。
「後ろから失礼します。お待たせしました、並と……大盛りになりますね」
店のスタッフが後ろからどんぶりを持ってやってきた。慣れている林太郎は早速具を食べ、フタ付きの小鉢に入っていたすりおろしニンニクを入れてよく混ぜていた。
雪はとりあえずレンゲでスープをすくい、口に入れる。
「ちょっと……味が濃すぎますね」
彼女の笑顔が多少引きつっていた。
「そ、そうか。雪、ニンニク入れないと美味くないぞ」
「ニンニク? うう……私ニンニク苦手なのよね。においがキツくて」
雪は引きながらも彼氏の勧めだというのもあって断りきる事は出来ず、フタ付きの小鉢に入っていたすりおろしニンニクを少しだけ入れて食べる。
だが、水を飲んで「流し込む」ように胃袋の中に無理やり詰め込んだ。
どうやらこの味を受け入れてはくれてないようで、しかも豚骨ラーメンに合うニンニクも苦手と来た。林太郎の打つ手打つ手その全てが悪手であった。
(あーあ。やっちまったか)
林太郎は本来なら餃子用の醤油をラーメンに足してズルズルと麺をすすっていた。いつもよりだいぶ味が薄い気がしたのだ。
『嫌な事がある時の食事はまずくなる』
これは本当の事で、恐怖だったり負の感情を抱いていると実際に脳と体の神経伝達が悪くなるから、味覚の感度も落ちて味がしなくなるのだ。
林太郎も雪も2人とも完食はしたが、雪は必死に平静を装っていた。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」
店員からそう言われて店を出た林太郎と雪。兄は苦手な料理を妹に食べさせてしまい、何て言ったらいいのか分からなかった。
「……悪かったな」
「え、その……まぁいい店だとは思いますね。店員さんは元気でしたし」
肝心の料理、ラーメンに関する話は出てこないので多分相当ダメなのだろう。林太郎とはいえ恋人が自分をがっかりさせないように何とか言葉を選んでることぐらいは分かる。
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