上 下
34 / 86
第1部 クラスメートから兄妹を経由して、そして恋人となるお話

第34話 家系ラーメンが美味しくない

しおりを挟む
「家系ラーメンですか……私この手のお店入るの初めてなんですよね」
「大丈夫、美味いから安心してくれ。さっさと行こうぜ、外は暑いからな」

 ラーメン業界にしっかりと根付いた、と言って良い家系ラーメンの店に林太郎りんたろうゆきは来ていた。
 以前のデートでは雪がセッティングをしてくれたのでお返ししよう。というわけで林太郎は行きつけのラーメン店に彼女を連れていくことにしたのだ。

 中に入ると人気店なのか、11時の開店から30分くらいしか経ってないのにテーブル席にもカウンター席にも客が何人もいる。
 エアコンもバッチリ効いてるのか真夏の外と違ってひんやりとしていて涼しい。
 人、入ってるんだなぁ。と周りを見ながらそう思ってた雪に店員が気づいたのか声をかけてきた。

「いらっしゃいませ。お客様は2名様でよろしいでしょうか? 食券を買ったらカウンターのお席にお願いしますね」
「お昼にはちょっと早いんですけどもうお客さんがいるんですね」
「ああ。昼時や夜になると並ばないと入れない位繁盛しているそうだぜ。んじゃあまず食券を買ってくれ。大きな札は隣の両替機で替えられるぞ」

 林太郎がそう言うと、入り口近くの食券販売機を指さして買うよう促した。

「食券を買うんですね。豚骨醤油ですか……豚骨は食べた事ないんですよね。醤油ラーメンならありますけど」



 雪はラーメンというよりは「中華そば」とでも言うべき、昔ながらの醤油ラーメンしか食べた事が無かったので不安だったが、
 2人とも定番メニューである豚骨醤油ラーメンを選んで食券を買い、カウンター席へと2人並んで座った。
 ほどなくしてさっき席の案内をしてくれた店員がお冷を2つもってやってきた。彼女はコップを置くと赤いペンを取り出した。

「食券をお預かりしますね。味の調整はいかがしますか?」
「味濃いめ、油多め、麺固め。それに大盛りだ」

 そう言って林太郎はカードタイプの「生徒証明書」を店員に見せた。

「はいかしこまりました。そちらのお客様は?」
「??? に、兄さん。味の調節、って何ですか?」

 この店に来たのは初めてなので雪はどうしたらいいか分からずに戸惑っている。林太郎はそんな彼女に出来るだけ優しく接してどういう意味か説明しだした。

「ああ、雪。お前この店来るのは初めてなんだよな? 店では味の濃い薄い、油の多め少な目、麺の固い柔らかいが調整できるんだよ。
 とりあえず最初の今回は全部普通で、また来るときに物足りない部分があったら味濃いめや麺固めで調整するといいんだ」
「は、はぁ。じゃあ全部普通でお願いします」
「はいかしこまりました。お待ちくださいね。オーダー入ります! 並1つ 大濃い多め固め1つ」
「アイヨー!」

 厨房から威勢のいい声が聞こえてきた。



「ところで兄さん、生徒証明書を見せてましたけど何かあるんですか?」
「ああ、この店は学割があって生徒証明書を見せればタダで大盛りにしてくれるんだよ。良い店だろ?」
「へぇ、学割ですか。色々思いつくものなんですね」

 雪はお冷を飲み身体を冷やしながら兄の話を聞く。
 学割と言えばスマホ程度しか聞かず、学校に特別近いわけでもないこんな駅前の飲食店で学割が使えるとは思っても無くて意外だった。
 恋人同士でおしゃべりしていると時間はすぐすぎる。店員が注文の品を持ってやってきた。

「後ろから失礼します。お待たせしました、並と……大盛りになりますね」

 店のスタッフが後ろからどんぶりを持ってやってきた。慣れている林太郎は早速具を食べ、フタ付きの小鉢に入っていたすりおろしニンニクを入れてよく混ぜていた。
 雪はとりあえずレンゲでスープをすくい、口に入れる。

「ちょっと……味が濃すぎますね」

 彼女の笑顔が多少引きつっていた。

「そ、そうか。雪、ニンニク入れないと美味くないぞ」
「ニンニク? うう……私ニンニク苦手なのよね。においがキツくて」

 雪は引きながらも彼氏の勧めだというのもあって断りきる事は出来ず、フタ付きの小鉢に入っていたすりおろしニンニクを少しだけ入れて食べる。
 だが、水を飲んで「流し込む」ように胃袋の中に無理やり詰め込んだ。
 どうやらこの味を受け入れてはくれてないようで、しかも豚骨ラーメンに合うニンニクも苦手と来た。林太郎の打つ手打つ手その全てが悪手であった。



(あーあ。やっちまったか)

 林太郎は本来なら餃子用の醤油をラーメンに足してズルズルと麺をすすっていた。いつもよりだいぶ味が薄い気がしたのだ。
『嫌な事がある時の食事はまずくなる』
 これは本当の事で、恐怖だったり負の感情を抱いていると実際に脳と体の神経伝達が悪くなるから、味覚の感度も落ちて味がしなくなるのだ。
 林太郎も雪も2人とも完食はしたが、雪は必死に平静を装っていた。

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」

 店員からそう言われて店を出た林太郎と雪。兄は苦手な料理を妹に食べさせてしまい、何て言ったらいいのか分からなかった。

「……悪かったな」
「え、その……まぁいい店だとは思いますね。店員さんは元気でしたし」

 肝心の料理、ラーメンに関する話は出てこないので多分相当ダメなのだろう。林太郎とはいえ恋人が自分をがっかりさせないように何とか言葉を選んでることぐらいは分かる。
 最善手を打ってるつもりでもどこか食い違う……「好きにならなきゃ」と思えば思う程ぎこちなく、何かが違うと思うようになるのだが、これはその始まりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

一人用声劇台本

ふゎ
恋愛
一人用声劇台本です。 男性向け女性用シチュエーションです。 私自身声の仕事をしており、 自分の好きな台本を書いてみようという気持ちで書いたものなので自己満のものになります。 ご使用したい方がいましたらお気軽にどうぞ

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

【ショートショート】雨のおはなし

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

シチュボの台本詰め合わせ(女性用)

勇射 支夢
恋愛
書いた台本を適当に置いておきます。 フリーなので好きにお使いください。

処理中です...