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第13話『守りたい、この笑顔』

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 電気湯沸しポットがパチッと音を立てて沸騰を知らせる。
 湯が沸いたのを確認し、乙坂先輩は温まった湯を茶葉の入ったガラス製のティーポットへ注いだ。

「ところでここまで準備してから訊くのもなんだが。小鳥遊君、君は紅茶が好きだったかな?」

「紅茶は好きですよ。毎朝必ず飲んでます」

 俺の朝の始まりを告げる聖なる飲料だ。

「ほう。それはまたいい趣向を持っている」

 乙坂先輩は俺の習慣に共感の意を示す。

「君はどの茶葉が好きだ?」

 先輩の問いに俺ははっきりとこう答える。

「リプトンのレモンティーです」

「…………」

 なぜか目を丸くして沈黙してしまう乙坂先輩。
 何か失言をしただろうか。
 俺が頭の周りにクエスチョンマークを浮かべていると

「……プッ」

 隣に座る棚橋が唐突に噴き出した。どうしたんだ、こいつ。

「何だよ……」

「いや。すまない。君は面白いなと思って」

 口元を押さえて笑いを堪えながら棚橋は言った。

「笑いをとったつもりはないんだが」

 意図せぬことで人の笑いをとっても心地よいとは感じることはできない。

「深い意味はないんだ。ただ勝手に俺のツボに入っただけで」

「別にいいけどよ……」

 変な奴だな。

「む……。ま、まあ美味ではあるな。リプトンのレモンティー」

 凍結していた乙坂先輩が再始動して続きを噛み始めた。
 そんな無理した感じで賛同してくれなくてもいいのですが。俺は俺。先輩は先輩なのだから。

「緒留さん。我慢して人に合わせるのはらしくないよ」

 棚橋が俺でも余計だとわかることを毒のない表情でのたまった。
 黙れ爽やかマン。
 諍いの心労に悩ませられるこっちの身にもなれ。

「今度来たときは君の要望に応えられるよう用意をしておこう」

 乙坂先輩が棚橋の発言をスルーして俺に笑いかけた。
 いや、要望とかしてないし今後ここへ来ることはないと思うんですが……。
 言うだけ無駄だろう。

 彼女の中でもう俺の再来訪とレモンティーの購入は確定事項のようだし。

 なにより滅多にないという客人を一人確保できたと糠喜びしている乙坂先輩から笑顔を奪い去るのは心苦しい。

 守りたい、この笑顔。
 でもすいません、多分もう来ないです。
 そんな葛藤を経つつ。三つのティーカップに紅茶を注ぎ終えた先輩はそれを盆に載せて運んでくる。

「で、小鳥遊由海の件で用があると言っていたが。一体どういう用だ」

 乙坂先輩はソーサーに載せたティーカップを俺たちの前に置き、自分のカップを持って会長席に再び座る。

 俺は淹れたばかりの紅茶が燻らせる湯気を眺めつつ。

 さて棚橋、ここからどうやって話を切り出す?

 交渉人棚橋陸。お手並み拝見と行きますか。

 もはや完全に他人事の体だが、先輩と親しくもない俺がここで出来ることは何もない。

「緒留さんは犯人がまだわかっていないことについてどう思ってる?」

「嫌な事件だったね」

 紅茶を啜りながら乙坂先輩は静かにそう言った。

「ふざけてないで真面目に答えてくれないか」

「なら君も回りくどいことは抜きに言いたいことを単刀直入に述べたらどうだ」

「…………」

 押し黙る棚橋。おいおい、さっそく言い負かされてるじゃないか。これはもうダメダメなんじゃないかと俺が諦観していると、

「俺は小鳥遊さんの心に傷を負わせた犯人を見つけ出そうと思っている」

「ほう。これはまた勇ましいことを」

 棚橋の宣言に乙坂先輩はゆっくりとソーサーにティーカップを戻して棚橋を見つめる。

「あんな行為は絶対に許されないことだ。俺は犯人を必ず捜し出す。そして然るべき処分を受けてもらう。このまま犯人が学校に平然とのさばっていたら彼女は学校に来ることができない」

「…………」

 何を考えているのか。乙坂先輩は無言で棚橋の言葉を聞いている。

「だから緒留さんには一般の生徒に公開されていないことを教えてもらいたい」

「……あれは随分、巧者というか曲者でね」

 ゆっくりと乙坂先輩は語りだす。

「全校生徒に無記名のアンケートをとったのは君らも知っているだろうが、誰も真相に迫る回答をする者はいなかったよ。面白半分に被害者を中傷するような記述をする者すら。いれば加害者の人数特定もかなったのだが……」

 内情を知るがゆえ、先輩は悩ましげに溜息を吐く。

「いじめというのは大抵、主犯格を生徒たちが認知している場合が多い。だが今回はまったくのゼロ。そもそも以前から度重なる嫌がらせが行われていたことすら誰も知らなかったというから厄介だ。犯人は尻尾を出すことを徹底的に避けている」

「一体何のためにそこまでして小鳥遊さんを……」

 棚橋が理解できないというように拳を握りしめる。

「さあな。犯人ではない私にはわからんよ。ただ隠密性の高さから私は犯人が少数もしくは単独ではないかと考えている」

 ティーカップを揺らし、先輩は言う。

「小鳥遊君。君はどう思う」

 先輩は突然こっちに話を振ってきた。

「……俺だって犯人じゃないんだからわかりませんよ。でも、ただ小鳥遊由海が気に入らないというだけが動機ではないかと」

 態度が気に食わないというなら集団で面白がっていじる方向に進むだろうし。
 いじめて反応を楽しむタイプなら自分たちの行動を隠そうとはしない。
 むしろ周囲に認知させて自分たちがある種の特権を持っているかのように得意げに振る舞う。
 だがこの犯人は自分が犯行に及んでいることを知られてはならないと思っている。

「どういうことかな?」

 乙坂先輩と棚橋が興味深そうにこちらに視線を送ってくる。

「結果的に不登校に追い込んだわけではなくて、最初から小鳥遊由海を学校から追いやることが目的だったんじゃないですかね。表立って行動しなかったのも大事になることを想定していたからではないでしょうか」

「じゃあ犯人はやっぱり彼女に恨みを持っている人物か」

 棚橋が厳かな顔から重々しげに口に出す。

「それもあるだろうが、多分恨みだけが理由じゃないはずだ。小鳥遊由海を排除したその先に利益があると見込んだんだろう。だから犯人は保身も気にする必要があった」

 自分が加害者であるとばれてしまっては旨味もなにもないからな。即年少行きである。

「でも彼女は学校での人付き合いなんてちっともないし、誰かと揉めるほどの接点は持っていないはずだけど」

「そういやそうだったな……」

 それはそれでお高くまとまっているとか言われて攻撃の対象になりそうだけど。ただその場合は集団で行われるだろうし、今回は当てはまらないだろう。

「第一、彼女が学校から去ることで誰が得をするというんだ……?」

 棚橋が続けてさり気に酷いことを言う。

 悪気が感じられない分、小鳥遊由海の存在意義がより薄弱になってゆくことを棚橋は理解しているのだろうか。

「知らねーよ。テストであいつがいなくなれば学年一位になれるとか、そういうやつじゃねーの?」

 棚橋の疑問に俺は投げやりに答える。そんなもんわかるかぁ! というのが本心だった。

「それはないかな。だって学年二位になるのはいつも半分くらい俺だし。成績目当てなら俺も狙われていないとおかしい」

「あっそ……」

 適当に言ったんだけどあいつマジで学年一位なんかい。
 とてつもない敗北感があるんだが。
 つーかこのイケメンもフィフティフィフティの頻度で学年二位って。
 顔もよくてスポーツマンで知性的って一体どういうことだ。

 誰か俺に納得のいく説明をしろ。絶対に納得しないから。

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