上 下
5 / 40

第5話『ドーホー。いい響き……』

しおりを挟む



「寝てるところを起こしたら悪いし、俺達は帰ろうかな」

 どうやらイケメン太郎は起きる気配のない病人を見て引くべきと判断したようだ。

「何か要件があるなら伝えておくけど」

「いや、今日はクラス委員としてクラスの代表でお見舞いに来ただけだから」

 お前もクラス委員なのかよ。

 いや、三つ編みの女子がクラス委員であるかはわからないけど。

「でもそうだね。強いて言うなら、早く元気になってくれってことかな。クラスのみんなも待っているから」

 みんなって誰だよ。
 そんなみんな仲良しなんてことあるわけなかろうに。
 恐らく言葉の綾だろうからいちいち噛みつきはしないが個人的には少しひっかかる物言いだ。

「また来るよ」

「三日くらいで退院するらしいから、そんな心配することないと思うぞ」

「そうか、大したことないようなら安心だよ」

 そう言ったイケメンが一瞬だけ表情を暗くしたように見えたのは気のせいだろうか。




「じゃあまた学校で会おう」


 イケメンは胸の前で小さく手を挙げ、病室を後にした。
 眼鏡の女子も会釈して去っていく。
 行儀良さの垣間見える綺麗なお辞儀であった。

 そういや結局あの子は一言も会話に加わってこなかったな。
 何しに来たんだか。
 うん、まあ、普通にお見舞いだよな。

 断じて俺と雑談するためではない。

 よく考えるとあの二人の名前を聞いてなかったが、クラスも違うようなので知らなくても差し障りはないだろう。

 こちらも名乗っていないのだし。

 それより、さてさて。

「二人とも、もう帰ったぞ」

 声をかけてみるが反応はない。

「おい、いい加減に……のひぃっ!」

 俺は突然布団の中から飛び出してきた腕に手首を掴まれ思わずマヌケな声を上げてしまった。
 なんという失態、屈辱!
 ああ、俺は辱めを受けてしまったよ……。

「こ、この、お前、一体どういう……ん?」

 こいつ、震えているのか?

 細い指先が包んでくる、そこから伝わってくる僅かな振動。体温。
 トイレでも我慢してるのだろうか。
 もしくは怯えているとか。

 ……誰にだ?

 俺が想定外のスキンシップに戸惑い逡巡していると小鳥遊由海はひょっこりと顔を覗かせてきた。

 ただし口元は隠し、目がギリギリ表に出る程度であったが。

「…………」

 無言である。無言でこちらを見つめている。
 仲間にでもなりたいのだろうか。
 そういえば初めてこいつとまともに目を合わせた気がする。
 …………何か言えよ。

 俺たちはノンバーバルコミュニケーションで意思疎通が図れるような密な間柄ではない。
 したがって、視線のキャッチボールを繰り返していても不毛の時が過ぎるだけである。
 なので俺は音声言語を用いて訊ねることにする。

「お前さ、あのイケメンとなんかあったの?」

「……タナハシくんはいい人、優しい人だよ」

 タナハシっていうのはあのイケメンの名前かな。
 じゃああっちの三つ編みの女子が怖かったのか。

 まさかね。恐らく学校で何か嫌な目にあったのだろう。
 小鳥遊由海は疎外の対象になりそうな素材の塊だし。
 日本人離れした彼女の容姿は良くも悪くも周囲からはみだした存在となりうるはずだ。

 おまけにどう見たって小鳥遊由海は社交的な性格ではなく、対人コミュニケーションを円滑にこなせる人種とは思えない。

 外見と内面のダブルパンチ。

 目立ちながらも器用に立ち回ることのできない優れた存在にはその輝きに対して畏敬の念は寄せられず、妬みだけが鋭く刃を向けてくる。

 きっと今現在の彼女の震えは制服を着た級友たちを見たせいで何かは知らないがその嫌な出来事を思い出してしまったとか、そういうアレから生じているものなのだろう。

 俺はそう解釈した。間違った推測かもしれないが、様々な場所で様々な人間を見てきた俺の観察眼はさほど節穴ではないと自負している。さっきもイケメン太郎のクラブを当てたし。二つ出してたからずるい? ずるくねえよ! まったく、高校に部活動が一体何いくつあると思ってるのか。

 まあ、それはそれとして。

「お前、同じ学校だったんだな」

 勝手に自己解決した俺は違う話題を小鳥遊由海に持ちかけた。

 話題の転換を割と自由に行うのが渡り者の習性である。

 嘘だが。

「……厳密に言えば」

 ぼそぼそとした小声で小鳥遊由海は答える。
 じゃあ簡潔に言うとどうなるんだ。
 よその学校になるのかよ。

 そんな追及は心の中に内包し、さらに別の問いを投げかける。

「あいつらと同じクラスなんだって?」

「そう、わたしは二年一組。部活は帰宅部」

 そこまで訊いてないけど。

「俺も帰宅部に入るつもりだから同胞だな」

 俺は乾いた笑いを響かせつまらないジョークをのたまう。

「ドーホー。いい響き……」

 どこら辺が琴線に触れたのか、感慨にふける小鳥遊由海。
 新鮮な反応であり、望んでいたリアクションと違った。
 いやもうかなり違うね。

 心揺さぶる要素など一切なかったはずだが。

 こいつの感性はやっぱりよくわからん。

 ところで彼女はいつまで俺の手を掴んでいるつもりなのだろうか。
 ことさら拒絶をするつもりはないがこれでは安易に立ち上がれない。
 細かに言えばトイレに行くことが出来ない。
 ちょっと今危ないんだが。まあ、まだ余裕だから。

 余談であるが、気が付いた時には小鳥遊由海の震えはいつの間にか止まっていた。
 いつの間に止まったのかね。


 その後結局、小鳥遊由海は再度眠りにつくまで俺の手首を拘束したままだった。

 手汗はベッタリまとわりつき、そして俺の膀胱はギリギリ持ちこたえた。

 そしてたっぷり時間をかけてから母親はやってきた。
 その間、俺はひたすら待ちぼうけ。どうにも乗るバスを間違えたらしい。
 頼むから本当にしっかりしてくれよ。

 おかげでこっちは呑気によだれを垂らしながらイビキをかいている小鳥遊由海を眺めていなくてはならなかったんだぜ。




 これが俺と小鳥遊由海のファーストコンタクト。本当ならば今日は特に波風立たず普通に転校し、クラスメートに自己紹介をして新顔特有のアウェー感を堪能しつつ、だんだんと朱に染まっていく過程の第一歩を踏みだす始まりの日だったというのに。

 ただ、不可抗力によって交流を義務付けられたことで隣人もとい同級生の小鳥遊由海の印象が当初の言葉の通じない危険な生き物から少し不器用でちょっとだけ情緒不安定な少女に改善された。

 あれ、改善されたのか? 

 とにもかくにも。

 ほら、隣に住む住民が得体のしれない人物じゃあ困るだろう?

 話してみれば話せるやつであることがわかったのはいいことだ。

 だが、わかったが。それだけ。同じ高校に通う、名前と顔を知っているお隣さんという間柄。
 それ以上深くは俺と小鳥遊由海は関わらない。
 少なくとも俺はそう思っていた。
 クラスも違うようだし。

 しかし、そんな心持ちで構えていたのはどうやら俺だけだったようで。

 周囲の連中はそれを許してはくれなかったのである。

 どういうことかって?

 それを説明するにはどの部分から話せばいいのやら。

 なんと言ってもいろんな人間の思惑が入り混じって錯綜しているせいで非常に混沌とした出来映えとなってやがるからな。

 筆舌に尽くしがたいとはこのことである。

 困ったもんだ。だが、そうだな。もし語るとするならば。とりあえず導入として相応しいところ。

 俺が一日遅れの初登校をはたしたその日のことから話すとしようか。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...