上 下
110 / 126
第二章

精霊と決着5『微笑ましい光景』

しおりを挟む



◇◇◇◇◇


 ラッセル一派との決闘から一週間後。


「ほらほら! もっとスピードを上げて走るのだよ!」


『いちにーさんしーとーらっくー! にーにーさんしーとーらっく!』


 うららかな日差しの午後。

 列を作って学園内を走る生徒たちを監視しながら読書をするラルキエリを見つけた。


「よう、ラルキエリ。研究はどんな具合だ?」

「ふむ、なかなか順調なのだよ? 研究費も五倍に増えることが決まったしね?」

 そういえば決闘前にラッセルとそんな約束してたな。

 ちゃんと果たされるのか。

 それはよかった。

「ところで、トレーニングの成果をさらに上げるため、騎士がやっている重い砂袋を担いで持ち歩く鍛練を参考にしようと思ったのだがね? あれは実に非効率だと思うのだよ? もっと理にかなった動作で特定の部位に負荷を与えるようにすれば筋肉を効率よく鍛えることができるはずなのだよ? 今はその運動を行なうための専用器具を作れないか、人体の構造を分析しつつ模索しているのだが――」

「…………」

 考えているらしいアイディアをベラベラ喋り出すラルキエリ。

 ひょっとしてこいつ、現代にあったウエイトマシンの概念を自力で思いついたのか?

 俺は何も言ってないのに。すごい発想力だな……。

 ラルキエリの天才性に感心していると、ランニングの列で先頭を走っていた金髪が駆け寄ってきた。

「やあやあ、グレン君じゃないか!」

 ラッセルだった。

 走っている集団はラッセル一派であった。

 彼は決闘で敗北した後、なぜか取り巻きを連れて筋トレ理論の実験に積極的に参加するようになっていた。

「グレン君、今度一緒に食事でもしないかい? 女神様に選ばれた君が広めようとしている魔法の理論を僕はもっと知りたいんだ!」

 汗に濡れた前髪を流しながらラッセルが微笑む。

 ラッセルは決闘でブッ飛ばした後、気持ち悪いくらい友好的になった。最初は頭をぶつけたショックでおかしくなったかと思ったのだが、どうやら彼は俺が女神様に気に入られていたことを知ったようで、そこで何か感情の変化が起こったらしかった。

 そういえば精霊とか神様に対してやたらリスペクトしてる感じだったもんな。

 けど、筋トレは女神様と関係ないんだよなぁ……。

 ま、侮辱だなんだとうるさく言わなくなったのは楽だし黙っておこう。




『いちにーさんしーとーらっくー! にーにーさんしーとーらっく!』


「ほ、ほら、もっと声出して走るんだぁ」

「スピードが遅くなっているのですよ!」


 ポーンやフィーナたちには筋トレ理論の先輩ということで新参のラッセルや貴族生徒たちを指導する側に回ってもらっている。

 ポーンは性格的に厳しくすることに抵抗があるみたいだが、身分に関係なくビシバシやれと言ってあるのでそのうち慣れるだろう。


「くっ、わたくしを負かした平民の男に命令されるなんて何という屈辱……でも彼の言葉に逆らえないッ……はあ……はあ……」

「ちっ、従者の女ごときが偉そうに指示を……けど、あの女に殴られたときの痛みを思い出すと胸がモヤモヤする……なんだこれは……」


 一部の貴族生徒は悔しげな言葉とは裏腹にどこか喜んでいるような?

 ……気のせいかな。


 そんな感じでランニングを行なうラッセル軍団。

 そういえば集団のなかにハムファイト君の姿がない。

 校内でもあれから一度も見かけていなかった。

 彼はどこにいったんだろう……。まあ、深く考えてもしょうがないか。



 あれから、学園は少しだけ変わった。

 どこら辺が変わったかというと、青白い顔で本を読む生徒が減り、代わりに敷地内で運動をする生徒が多く見られるようになった。

 発達してきた筋肉を互いに見せ合う生徒たちの微笑ましい光景もよく目にする。

 制服の代わりに動きやすいジャージを普段着にしている者も増えた。

 売店では回復ポーションの売れ行きが伸びているとかいないとか。

 汗を流して己を鍛えるようになったモヤシ生徒たちを見ると成し遂げた気がしてこそばゆい。

 ……あれ、ちょっと待て。

 俺ってこんなことをしにきたんだっけ?




「なあ、俺って今までなにやってたんだろうか……」

「え、今頃なのですか?」

 寮の部屋に戻って相談すると、メイドさんは驚いたように目を見開いていた。


しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

悪役令嬢は蚊帳の外です。

豆狸
ファンタジー
「グローリア。ここにいるシャンデは隣国ツヴァイリングの王女だ。隣国国王の愛妾殿の娘として生まれたが、王妃によって攫われ我がシュティーア王国の貧民街に捨てられた。侯爵令嬢でなくなった貴様には、これまでのシャンデに対する暴言への不敬罪が……」 「いえ、違います」

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

処理中です...