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第二章

披露と来訪4『来客』

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 コンコンコン。

 自分が引き受けたものの重大さに軽くプレッシャーを感じていると、ノックの音が鳴った。

 来客か? 誰だろ。

 さっきも言ったが、俺の学園での知り合いはまだ少ない。

 休日に部屋を訪ねてくる間柄の相手はいないはずだが。

 平民のポーンたちは貴族用の寮には入ってこれないし……(特に規制があるわけじゃないが、雰囲気的にきついらしい)。

 じゃあルドルフか?

 あいつが会いに来るってなんか気持ち悪いな。

 メイドさんにドアを開けて応対してもらうと、


「ふゃ! ひしゃしぶりだねー、グレンっふぃ!」


 陽気な、すっとぼけた感じの声が響いた。

 扉の向こうに立っていたのはサラミソーセージをむしゃむしゃ咥えた金髪碧眼の少女。

 王都に来る途中で知り合った御令嬢二号こと、エルーシャ・ニゴーだった。

 そういや彼女もここの学生とか言ってたっけ。

 串焼きを食うために道中の村に滞在するとか言っていたが、戻ってきてたのか。


「あ、エルだぁ!」

「わはぁ! リュキア! あなたもいたのね!」


 久しぶりの再会に抱擁を交わす幼女と少女。

 きゃいきゃい抱き合いながらぐるんぐるん回転して互いに喜びを表現している。


「うぅ……目が回った」

「ふぇえ……」


 やがて、気分悪そうに床に倒れ込むエルーシャとリュキア。

 なんだこいつら……。



「……で、どうしたんだ? わざわざ訪ねてくるなんて」

 俺はエルーシャが立ち直るのを待って、来訪の理由を問う。

「あーうん。わたしじゃなくて友達がね、グレンっちに用があるんだって」

「友達?」

「そう、あの子、あんまり外に出たがらないから。代わりに呼びに来たの!」

 貴族の令嬢を使いにするのか。その友達ってのは大物だな。

 エルーシャはフットワーク軽いから気にしなさそうだけど。

 普通は使用人とかに任せるんじゃないの?

 ひょっとしたらエルーシャの家よりさらに上位の貴族かもしれん。

「だけど、わたしもグレンっちと会って話をしたかったんだよ? そしたらリュキアもいたからちょっと興奮しちゃった」

 いひひと、悪戯っぽく笑うエルーシャ。

 うれしいこと言ってくれるね。

「で、その友達って誰だ?」

 さっきも言ったが、俺はこの学園ではまだそんなに深い親交を築けているとは言えない。

 わざわざ休日に面会を求めてくる人物に見当がつかなかった。

「ん、ラルだよ?」

「ラルって誰だよ……」

 当然のように言われるが、そんなやつのことなど知らん。

「えぇ? 知り合いじゃないの? 先週、たくさんお喋りしたって聞いたけど」

 先週だと? ますますわからん。

「知らん。フルネームを教えてくれ」

「才媛、ラルキエリ・フルバーニアンだよ?」

 エルーシャはきょとんとしながらそう答えた。

 ますます誰だよってなったわ。



 才媛ラルキエリ、と彼女は言った。

 才媛って、どっかで聞いたことあるよなぁ。

「ラルは自分の研究室がある塔の前で面白そうなことをやってたグレンに話しかけたって言ってたよ?」

 塔の前? それなら覚えがあるぞ。

「……その才媛ってのはピンクの髪で眼鏡をかけていたりするか?」

「うん、そう! なんだ、やっぱ知ってるじゃない!」

 間違いないな。

 俺の筋トレ理論を面白いと言って興奮してた変な少女のことだ。

 エルーシャと彼女は知り合いだったのか。意外な接点だ。

 しかし、あのやり取りでたくさん喋ったと認識されてたとは……。

 あんなの一方的にブツブツ話してきただけじゃねえか。

 どういう感覚してるんだ?

 まあいい。とりあえず用があると言うなら会ってみよう。

 どの交友関係が奴隷商人の情報に繋がるかわからないし、消極的な態度は避けていかねば。




 学園の敷地内を歩いて塔に向かう。

 なぜかリュキアもついてきて、エルーシャと仲良く手を繋いで隣を歩いている。

 メイドさんはお留守番。

 洗濯とか、いろいろ仕事があって忙しいみたいだ。

 いつもすまんな。ありがとう。休日とか作ってあげたほうがいいのかな。


「いやぁ、久しぶりに学校に帰ってきたらグレンっちがここに入学してるって聞いてさ。すごく驚いちゃった!」

 エルーシャが明るい調子で話しかけてくる。

 だが、彼女は特別機嫌がいいわけではないのだろう。

 エルーシャは素でこれだけ元気があるのだ。

 若干、会話が一方通行な感じもしないではないが、息が詰まりそうなこの学園では貴重な性格をした人間だと思う。


「なんかいろいろやったんだよね? 神童と一緒に寵児を馬鹿にしたり、ゼブルス先生の授業で深淵の森の一部を消失させたり――」


 寵児ってやつのことは覚えがないな……。きっと何かの勘違いだろう。

 ゼブルスは魔法実技の教師か?

 教師の名前は薄毛とか脂ぎったとかで認識してるから覚えてねえや。

 ちなみにどれも髪の毛にちなんでいるのは偶然で、他意はない。

 つか、木を数十本へし折っただけで消失とは大げさな。

 きっと情報とはこうやって歪められて伝わっていくものなのだろう。


 そして――

 とことこ歩き、俺たちは才媛ラルキエリの待つ塔に到着した。

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