93 / 126
第二章
披露と来訪4『来客』
しおりを挟むコンコンコン。
自分が引き受けたものの重大さに軽くプレッシャーを感じていると、ノックの音が鳴った。
来客か? 誰だろ。
さっきも言ったが、俺の学園での知り合いはまだ少ない。
休日に部屋を訪ねてくる間柄の相手はいないはずだが。
平民のポーンたちは貴族用の寮には入ってこれないし……(特に規制があるわけじゃないが、雰囲気的にきついらしい)。
じゃあルドルフか?
あいつが会いに来るってなんか気持ち悪いな。
メイドさんにドアを開けて応対してもらうと、
「ふゃ! ひしゃしぶりだねー、グレンっふぃ!」
陽気な、すっとぼけた感じの声が響いた。
扉の向こうに立っていたのはサラミソーセージをむしゃむしゃ咥えた金髪碧眼の少女。
王都に来る途中で知り合った御令嬢二号こと、エルーシャ・ニゴーだった。
そういや彼女もここの学生とか言ってたっけ。
串焼きを食うために道中の村に滞在するとか言っていたが、戻ってきてたのか。
「あ、エルだぁ!」
「わはぁ! リュキア! あなたもいたのね!」
久しぶりの再会に抱擁を交わす幼女と少女。
きゃいきゃい抱き合いながらぐるんぐるん回転して互いに喜びを表現している。
「うぅ……目が回った」
「ふぇえ……」
やがて、気分悪そうに床に倒れ込むエルーシャとリュキア。
なんだこいつら……。
「……で、どうしたんだ? わざわざ訪ねてくるなんて」
俺はエルーシャが立ち直るのを待って、来訪の理由を問う。
「あーうん。わたしじゃなくて友達がね、グレンっちに用があるんだって」
「友達?」
「そう、あの子、あんまり外に出たがらないから。代わりに呼びに来たの!」
貴族の令嬢を使いにするのか。その友達ってのは大物だな。
エルーシャはフットワーク軽いから気にしなさそうだけど。
普通は使用人とかに任せるんじゃないの?
ひょっとしたらエルーシャの家よりさらに上位の貴族かもしれん。
「だけど、わたしもグレンっちと会って話をしたかったんだよ? そしたらリュキアもいたからちょっと興奮しちゃった」
いひひと、悪戯っぽく笑うエルーシャ。
うれしいこと言ってくれるね。
「で、その友達って誰だ?」
さっきも言ったが、俺はこの学園ではまだそんなに深い親交を築けているとは言えない。
わざわざ休日に面会を求めてくる人物に見当がつかなかった。
「ん、ラルだよ?」
「ラルって誰だよ……」
当然のように言われるが、そんなやつのことなど知らん。
「えぇ? 知り合いじゃないの? 先週、たくさんお喋りしたって聞いたけど」
先週だと? ますますわからん。
「知らん。フルネームを教えてくれ」
「才媛、ラルキエリ・フルバーニアンだよ?」
エルーシャはきょとんとしながらそう答えた。
ますます誰だよってなったわ。
才媛ラルキエリ、と彼女は言った。
才媛って、どっかで聞いたことあるよなぁ。
「ラルは自分の研究室がある塔の前で面白そうなことをやってたグレンに話しかけたって言ってたよ?」
塔の前? それなら覚えがあるぞ。
「……その才媛ってのはピンクの髪で眼鏡をかけていたりするか?」
「うん、そう! なんだ、やっぱ知ってるじゃない!」
間違いないな。
俺の筋トレ理論を面白いと言って興奮してた変な少女のことだ。
エルーシャと彼女は知り合いだったのか。意外な接点だ。
しかし、あのやり取りでたくさん喋ったと認識されてたとは……。
あんなの一方的にブツブツ話してきただけじゃねえか。
どういう感覚してるんだ?
まあいい。とりあえず用があると言うなら会ってみよう。
どの交友関係が奴隷商人の情報に繋がるかわからないし、消極的な態度は避けていかねば。
学園の敷地内を歩いて塔に向かう。
なぜかリュキアもついてきて、エルーシャと仲良く手を繋いで隣を歩いている。
メイドさんはお留守番。
洗濯とか、いろいろ仕事があって忙しいみたいだ。
いつもすまんな。ありがとう。休日とか作ってあげたほうがいいのかな。
「いやぁ、久しぶりに学校に帰ってきたらグレンっちがここに入学してるって聞いてさ。すごく驚いちゃった!」
エルーシャが明るい調子で話しかけてくる。
だが、彼女は特別機嫌がいいわけではないのだろう。
エルーシャは素でこれだけ元気があるのだ。
若干、会話が一方通行な感じもしないではないが、息が詰まりそうなこの学園では貴重な性格をした人間だと思う。
「なんかいろいろやったんだよね? 神童と一緒に寵児を馬鹿にしたり、ゼブルス先生の授業で深淵の森の一部を消失させたり――」
寵児ってやつのことは覚えがないな……。きっと何かの勘違いだろう。
ゼブルスは魔法実技の教師か?
教師の名前は薄毛とか脂ぎったとかで認識してるから覚えてねえや。
ちなみにどれも髪の毛にちなんでいるのは偶然で、他意はない。
つか、木を数十本へし折っただけで消失とは大げさな。
きっと情報とはこうやって歪められて伝わっていくものなのだろう。
そして――
とことこ歩き、俺たちは才媛ラルキエリの待つ塔に到着した。
0
お気に入りに追加
242
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる