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第二章
基礎魔法と実情1『狂気の祭典』
しおりを挟む「みんなぁ~いっしょに基本の魔法をマスターしていきましょうねぇ~? えいえい、おぅ~ですよぉ~?」
教壇に立った若い女教師がブルンブルンと大きな胸を揺らしてそう言った。
実技演習の授業を終えた俺は現在、ルドルフと別れて待ちに待った基礎魔法の講義を受けていた。
いたのだが……。
「ふふふん? 先生ねぇ。今日はお化粧の乗りがすっごくよかったのぉ~。だからみんなもぉ、今日はきっと魔法が上手くいくよぅ?」
お、おう……。
なんというか、ケツがむず痒くなる喋り方をする教員だな。
ゆったりとした服を着ているのにその大きさが尋常でないことがはっきりわかるバスト、ケツがデカいくせにぎゅっと締まったウエスト。
これが人間の世界で信仰の対象になっている『ないすばでぃ』ってやつか。
彼女の金髪は手入れが行き届いているのが一目でわかる艶を放っており、毛先は丹念に巻かれて細部までばっちりセットされている。
化粧発言といい、彼女は身だしなみに相当気を遣っているようだ。
女教師は胸部の膨らみを強調するような前傾姿勢で人差し指を立てると、
「じゃあ~みんなぁ? 教科書の14ページを開いてねぇ? うふふぅ~」
キランッ☆とウィンクをしてきた。
……まあ、なんでもいいさ。
魔法の呪文を教えてくれるなら。
だけど、俺はちょっとだけ、ちょっとだけなのか?
とにかく、先行きを不安に感じた。
そしてそれは現実のものとなる。
基礎魔法の授業は本校舎の僻地、地下の用具室と並んだ廊下の一室にあった。
教室の床は掃除がされていないのか、埃がところどころに積もっており、室内には古そうな箒や杖、長らく使われてなさそうな魔道具の類が転がっていた。
ひょっとして、ここは物置部屋をちょっと整理して机を置いただけではないのか?
間違いなくそうだろう。
……どうなってんだこれは。
――チュウチュウッ!
あ、ネズミが壁の穴から出てった!
錬金術師学の教室とエライ差があるな、オイ。
「じゃ~あぁ? 今から、せんせぇがぁ? 黒板に魔法の呪文を書いていくからねぇ? みんな、頑張って書き写していこぉ~!」
若い女教師はそう言って黒板の方を向いた。
そして、片手を腰に当てケツを左右にブリブリ激しく揺らしながら板書を始めた。
……な、なんだあのグネグネした動作は!?
あれは魔法の起動に必要な儀式なのかッ!?
「ふふぅん♪ ふうぅふうん~ははんっ~んん~♪ んふふぅん~っ☆」
鼻歌を歌い、とっ散らかった間隔で黒板に呪文を書き連ねていく女教師。
揺れるケツ。不規則な音程で奏でられる鼻歌。
なんだか不安になるミミズが這ったような字。
眩暈がしそうだった。
耐えられねえよ……。
だが、俺は頑張ってノートに呪文を書き写していった。
何を捨て置いてでも逃げ出したい心境に駆られたが、それではエルフ里の二の舞だ。
今度は真面目に勉強するんだと自分に言い聞かせて必死で机にしがみついた。
まあ、他人に金を出させてるわけだしな……。
黒板の左半分を埋めるくらいまで呪文を書いた頃だろうか。
女教師が突然、ピタリと板書の手を止めた。
そして、
「あぁ~! 間違えたぁ~」
ザサァー。
長らく時間をかけて書いた黒板の文字は、初めの三分の一を残してすべて消された。
…………!?
一瞬、俺は何が起きたのかわからなかった。
「ううんと? ここから違うのねぇ~? ふふぅん? ふうぅん! うふん♪ はぅん~♪」
女教師は何事もなかったように続きを書き始める。
再び鼻歌を歌いながら……。
――なんだと?
俺は唖然とした。
手に僅かな筋肉の痛みを覚えながら細々書き込んだノートの文字。
これは果たしてなんだったのだ?
「な、なあ。あの教師は大丈夫なのか?」
不安になった俺は隣に座っていた茶髪の男子生徒に小声で訊ねた。
男子生徒は俺から話しかけられたことに驚いた感じを見せたが、すぐに表情を改め、
「うん、大丈夫じゃないよ」
当然のようにそう言った。
まるで『それがどうしたの?』と、ばかりに落ち着いた態度である。
…………!?
こいつは賢者なのか?
里にいる数千年生きた長寿エルフと同等の達観ぶりだぞ。
周りを見渡してみると、教室にいる俺を除いた十数人の生徒たちは特に動揺した様子もなく新しいページに呪文を書き直していた。
俺が異端なのか?
彼らにとって頑張って書いたノートの手間や労力は取るに足らないことなのか?
強すぎる……。これが勉強をするということ……なんと恐ろしい……。
俺は体の震えが止まらなくなった。
――ふぅん~ふぅん♪
女教師の下手くそな鼻歌。
――カリカリカリ……
無表情の生徒たちが板書を書き写すペンの音。
「ああっ、ここからまた違ってたぁ~!? うへへぇ? みんなごめぇん?」
ザサァー。
――カリカリカリ……
これは狂気だ……。
狂気の祭典だ。
俺はとんでもない魔境に入り込んでしまったのだ……。
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