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第三十一話『月の光を浴びて』

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「よりにもよってアンナの隊が外に出ている時に反乱が起こるなんて……。間が悪すぎるわよ」

 入り口付近で固まったまま、オレたちは暗澹としたムードを漂わせながら今の状況をどうするべきか話し合っていた。

「ちょっとエイル、アンナの隊がいないってどういうこと?」

 エイルの呟きにヴェスタが疑問をぶつける。

「現界教が現れたらしくて、その調査に隊員のほとんどを駆り出しているらしいのよ。ああ、今は国王様やお父様もいないのに……」

「……だからこそ、今を狙ったのではないかしら」

「どういうことだ?」

 顎に手を当てながら思考を重ねるヴェスタにオレは怪訝に訊ねた。

「現界教が姿を見せたことが偶然ではないかもしれないってことよ。王国に忠実なアンナの隊を城の外へ誘き出せば総隊長や副団長のいない現状、警備の中心はアキレスの隊が担うことになる。そしてそのタイミングで手の平を返せば盤石な体勢は一気に裏返る」

「つまり何が言いたい?」

 オレはヴェスタの導き出した推理に予測をつけながらも、訊くだけ訊いてみる。
 違っていてくれればいいんだが。

「ひょっとしたらアキレスは現界教と繋がっていたのかもしれないってこと。いわゆる内通者というわけね」

 ヴェスタがそう言うと、


 ――アキレスが……。

 ――やっぱり!
 
 ――確かにあり得るね。

 ――…………。


 そんな声がちらほらと聞こえ出す。
 ほら見ろ。普段から不信感を抱かれるようなこと振る舞いをしてるからこんな時にあっさり納得されちまうんだ。
 とはいえ、疑わしいのは事実だけどな。

 だが、そうだと決めつけるにはいろいろと腑に落ちない点もある。

「なあ、隊が丸ごと全部荷担するっておかしくないか? そこまで大規模に反乱分子を募るのは楽なことじゃないだろ」

 下手をすれば途中で密告され、何もなせずに終わる可能性もある。
 そんなハイリスクな上に手の込んだ真似をアキレスが行うだろうか。
 あいつは手間がかからない手軽な戯れを思いついたままにやるだけの、もっと単純な快楽思考の持ち主のはずだ。

「アキレスのことを庇うの? あなたは迷惑を被っているから彼を嫌っていたのかと思っていたけど」

「こういう時には好き嫌いは関係ねえんだ。可能性を確かめるには反論を潰していかなきゃ見えてこんだろう」

 それにあのアキレスが敵に回るということはあっては欲しくない。
 あれほどの実力者を相手にするのは骨が折れる。
 厄介どころの話ではないのだ。

「本当にアキレスが反乱を起こしたのか? そのアキレスはどこにいるんだ?」

「それよりヴェスタ、ロキはどこにいるの? 一緒じゃないの?」

「それが部屋に行ったらもぬけの殻だったのよ。争った形跡はなかったから多分自分で脱出したのだと思うけど……」

「ならますはアンナと合流しましょう。もしかしたらアンナが匿ってくれてるかも」

 ……一応、首謀者の居所は重要事項だと思うんだがなぁ。
 エイルとヴェスタのやり取りを聞きながらオレは肩を落とす。

「あんまりお前らを動き回らせたくはないんだけど……」

 ふらふらとしているところを狙い撃ちされれば彼女らを守りながら反乱した騎士を相手取らなくてはならない。
 非戦闘要員を抱えて警戒しながら移動するのは想像以上に難易度の高いミッションだ。
 渋る態度を見せているとエイルは、

「だけどここにいたって攻め込まれたら袋の鼠じゃない。あたしたちだけじゃ騎士たちにはとても敵わないわ。あんただってちょっと喧嘩慣れしてるみたいだけど、武器を持った訓練された騎士をどうにかできるなんて思わないでしょ?」

「……まあな」

 納得をさせられる反論が見つからなかったオレはそう肯定せざるを得なかった。




 ランプを片手に持った雨野が先導し、薄暗い廊下を歩いてアンナの私室がある二階層に向かう。

 平騎士は二階層の中庭に建てられた宿舎に暮らしているが隊長格や役職を持った者には城内に部屋が与えられるのだ。

 今のところは誰ともすれ違わずに済んでいる。

 これが最後まで続いてくれればいいが……。

 反乱を起こしておきながら王族の子息子女をほったらかしで何もしないとは考えにくい。
 警戒心を解かないように自制していると、


 ――ガシャンガシャン


 金属音……? これは鎧の音……! 
 ぞっとしてオレは背後を振り返る。

 すると今まさに、エイルの真後ろに佇み、槍を掲げて脳天へその先端を突き立てようとするフルプレートアーマーの姿があった。


「エイル、伏せろ!」


 一刻の予断も許さない光景。
 オレは素早く移動し、兜で覆われた騎士の顔面に上段回し蹴りを放った。
 脳天に直接衝撃を受けた騎士は呻き声を上げながら崩れ落ちる。

「間一髪だったな」
 手早くエイルの肩を抱いて身近に引き寄せ、ほっと胸をなでおろした。

「あ、ありがとう……。でも、今あんた……」

 エイルは感謝の言葉と同時にしどろもどろに抱いた違和感を述べようとしてくる。

「すまんが、その疑問は後回しにしてくれ」


「う、うわーっ! なにすんだー!」


 声の上がった方向を見ると、雨野とルナが二人の騎士に捕まって取り押さえられていた。
 クソッ、最初から挟み撃ちにするつもりで反対側にも待機してやがったのか?

「マヒトっ!」

「馬鹿野郎、近づくなっ!」

 雨野の身の危険に動揺して無策にも駆け寄ろうとするヴェスタを制する。

「で、でも……」

 何とか立ち止まってくれたものの、その表情にはまだ迷いがある。
 このままではそのうち突飛な行動を取りかねない。

「二人か……」

 一人なら不意打ちをかませばどうにかなる。
 だが、もう一人いるとなれば雨野かルナに危険が及ぶ可能性が大きくなってしまう。
 ……どうする?

 唐突に訪れた窮地に打開策を見出せず、歯軋りをしていると二人の騎士たちのさらに奥にまた別の人影がゆらりと出没した。

 その人物は鎧を纏っていたが兜は被っておらず、すぐに誰であるのか確認することができた。
 
 ――月の光を浴びて、燦然と煌めく銀髪の騎士。


「来やがったか……アキレス!」

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