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第二十九話『反旗』
しおりを挟む夕飯を食べ終え、寝るにはまだ早く暇を持て余すようなそんな時間帯。
あれからエイルと書庫へ行き、ひとしきり書物を漁ったが結局何の進展も得られずに終わった。
やはり闇雲に探し回っても手間ばかりがかかって話にならん。
書物についてある程度の知識がないと文字が読めても適切な情報を取捨選択するは難しい。
一人いなくなると回らなくなるシステムは今後改善してもらいたいものだ。
「…………」
オレは椅子に腰かけて背もたれに深く寄りかかる。
あれ、そういえば何かを失念しているような気がする。
はて、何だったか……。
しかし、この部屋、ソファ置いてくれねえかな。
椅子に座るくらいしか休む場所がないから地味にくつろげないんだよなぁ。
畳に寝そべって煎餅を食ってだらだらしているのが常だったオレからするとこの部屋のインテリアは上品すぎる。
就寝前ということもあり、すでに寝巻に着替えたエイルは書庫から借りてきた本をテーブルの対面に座って読んでいた。
ただそこに座って読書をしているだけなのに壮麗な気品が漂っている。
所作の一つ一つに隠しきれない育ちの良さが滲み出ていた。
というか、本は借りれないんじゃなかったか?
別にいいけど。
ある種の芸術鑑賞のような胸間で彼女の仕草を無心で見つめていると、
「ねえ、何かちょっと外が騒がしくない?」
エイルは耳を廊下の外に傾けて言った。
「はあ? 何も聞こえねーぞ」
「うーん、あたしの気のせいかしら……」
「近くで現界教が現れたってアンナが言ってたからな。もしかしてそいつらが攻め込んできたのかもな」
特に他意もなく思いついたことを適当に言ってみた。すると、
「現界教が姿を見せたの?」
「アンナが調査隊を組んでいろいろやってたぜ。ああいう軍隊的なのを間近で見たことなかったから割と新鮮だったな」
きびきびと指示を出し、それに応じる騎士たちの統率を思い出してしみじみ浸る。
……あれを見るとアキレスの隊の連中はほんと酷いな。
「じゃあ今、城にはアキレスの隊しかいないってわけ?」
「全員が行ったわけじゃないとは思うけど、結構大がかりにやってたから概ねそんな感じだろうな」
「アキレスの隊だけかぁ……。何かあったときにちゃんと働いてくれるか心配だわ」
大真面目な顔で思案するエイル。
信頼とは日頃の行いの積み重ねによって正直に反映されるものなのだとオレは客観的に再認識した。
そんな戯れをしているとコンコン、と部屋のドアを叩く音が。
オレたちが応じる前に扉は開かれた。
そこには珍しく焦燥感を滲ませた表情のヴェスタがあった。
さらにその後ろには雨野にエア子、ルナまでがぞろぞろと雁首を揃えて参じていた。
……おいおい、何事だ?
まさかパジャマパーティでもしようってんじゃなかろうな。
平常通りメイド服なエア子を除く全員が寝巻でいたせいか、そんな馬鹿な思考が頭によぎる。
それにしてもヴェスタよ。
そのスケスケな箇所の多い黒色のロングネグリジェは艶めかしすぎるだろ。
黒だぞ! 黒! 上からブランケットを羽織っているとはいえ、外を出歩いていい格好じゃないぜ。
「ぞろぞろと一体どうしたの。こんな時間に大勢で人の部屋に来るなんて無粋じゃない?」
やんわりと遠回しに咎めるような言い方でエイルは夜間の来客たちに口を尖らせる。
「それは重々承知だけどね。それどころじゃないことが起こったのよ」
「まさか現界教が城に攻めて来たとか言うわけじゃないわよね?」
憮然とした顔でエイルは言う。
ちらりとオレの方を流し見て、こいつじゃあるまいしみたいな視線を送ってきた。
うるせえな。会話のクッションとして言っただけじゃねえか。
「…………」
「…………」
オレたちの茶番じみた無言の応酬を前にしてもヴェスタは神妙な顔を崩さず、簡潔に言った。
「大変なのよ」
だからちゃんと聞けと、そういう窘めるような響きを持たせた短い言葉だった。
彼女の年長者としての威厳をオレは初めて垣間見た。
「……参考までに聞くけど、何が大変なの?」
エイルが訊ねると、ヴェスタは頷いて次の事実を告げた。
「王国最強、剣聖アキレスの率いる南方部隊が王家に反旗を翻したのよ」
……マジで?
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