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第十一話『宝石でもくれたの?』
しおりを挟む駄目だコイツは。
エイルはしきたりだの儀式だのというものを盲信的に信じきっている。
何が正しくて何がおかしいのか、判断することを既存のルールに委ねて思考停止してしまっている。
決まりに従うのが当たり前と深層に刷り込まれているのなら、彼女を説き伏せることは不可能だ。
右手を左手だと信じ込ませるくらい難しい話だ。
「つまりお前はこのベッドで同衾をしろと言っているのか?」
「あたしが望んでるみたいな言い方はやめてよね」
露骨に嫌悪感を露わにしながらエイルは言う。
そこまで生理的に受け付け難い顔をしてるんなら無理するなよと思った。
「じゃあ決まりだとかなんだっていうのを抜いて自分の考えで答えろよ」
「何よ、あたしじゃ不服だっていうの!?」
……面倒臭いやつだな。
「あのな、お前がどうとか、そういうことじゃねえんだよ」
自分が相手にされないと文句を言う。
ほんと、最高に面倒臭いやつだ。
しかし用意できないのなら仕方ない。
いっそオレも床で寝るかと考える。
隣の部屋にはやたらと豪奢な椅子とテーブルはあったがソファの類はなかったし。
幸いにもこの部屋にはいい値段がしそうな赤い絨毯が敷かれている。
固い石畳の上に寝るよりかはまだマシだろう。
毎日それではさすがに身体がキツイかもしれんが……。
「……って、クソ! こんなところにいつまでもいるつもりはねえってのに」
ここで暮らしていくことを前提に考えている自分に腹が立つ。
本当なら今すぐにでも帰りたいところなのに。
なまじ待遇がよさそうなだけに隙のある考え方をしてしまう。
「あんた、元の世界に何か心残りでもあるの? どうしてそんなに帰りたがってるの? 普通、召喚者は元の世界に未練がないものなのに」
エイルが不思議そうに訊ねてくる。
そういえば元の世界に未練のないやつから選ぶという、その選定基準は大丈夫なのだろうか。
そのシステムだと社会不適合者ばかりこっちに流れてくるんじゃねえの。
まあ、長い歴史がある中でおよそ問題になってないことからそういった心配は杞憂なのだろう。
雨野が選ばれるくらいだからな。
こっちではいろいろとぶっ飛んだ面を見せつけられたものの、向こうではおおよそオレより何倍も常識人だったし。
人間関係もあいつはかなり円滑にやっているように見えた。
……けれど雨野は向こうの世界を簡単に捨てた。
そしてこちらでの生活を嬉々として受け入れている。一方で周囲に畏怖され、肩身狭く生きていたオレは元の世界に帰りたいと切に願っている。
何とも皮肉な話で、人の心の内、腹の中身は表層だけを見ても簡単に読み解くことが難しいものだということがよくわかる。
「……待ってるやつがいるんだ。ずっと一緒にいるって約束したやつが」
脳内長考を経て、オレは姫巫の顔を思い浮かべながらエイルに答えた。
「恋人なの?」
「違う。けど、大事なんだ。多分、好きなんだと思う」
向こうでは一言も口に出しては発さなかった姫巫への気持ちを、オレは初めて他者に語った。
……何でオレは今日会ったばかりのこいつにこんなこと言ってるんだろうな。
「その人はあんたがそんなに入れ込むほどの人なの?」
エイルの声音にはオレが意地になってこだわることへの純粋な疑問が満ちていた。
ロマンティックな恋とやらに憧れていただけに興味があるのだろうか。
「オレにとってはそうだよ。いや、オレ以外からしてもあいつは魅力的なはずだ」
実際、姫巫は男女問わずの人気者で中学に上がってからは年に何回も告白をされていた。
そのたびに姫巫は断っていて、その話を事後報告で聞いたオレはいつもほっとして胸を撫で下ろしていたものだ。
「あんたがそんな手放しで絶賛するなんて……。どんな人なの? 宝石でもくれたの?」
エイルの言い草にオレは唖然とするが、どうやら彼女は本気で言っているようであった。
「お前はオレをどんなやつだと思ってるんだ? オレは称賛に値する人間はしっかり評価するぞ」
「ふーん? 目が覚めるなり裸足で駆け出していくサルにも判断基準というものはあると主張するのね」
「いちいち嫌味を言わないと気が済まないのかお前は……」
しかもあくまで自己主張をしているだけという見なされ方で、事実性を認められていなかった。
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