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第15話『部室』
しおりを挟む将棋ボクシング文芸部の部室は校舎の裏手にある一階建ての白い建物だった。
すごいな……建物が一棟丸々部室だなんてやけに豪華じゃないか。
「もともとはボクシング部の練習場だったんですよ。リングを置ける部屋は他になくて一番広いから、統合した後はここを共通の部室にしたんです」
鳥谷先輩もいるので、丸出さんは説明を敬語で行なっている。
ボクシング部はかつて強豪だったので設備も優遇されていたらしい。
今残っている唯一の部員も昨年インターハイで優勝したほどの選手なのだとか。
「へえ、まるでアジトだな! わくわくするぞっ!」
マフィア的観点から目を輝かせる鳥谷先輩。
俺も学校に秘密基地があるみたいで楽しみになってきた。
丸出さんに案内されて部室に入ると、室内は非常にカオスな環境だった。
まず、部屋に入ってすぐに畳が三枚ほど敷いてあった。
畳の上には将棋盤が置かれている。
きっとここが将棋部のスペースなのだろう。
壁際にはぎっしりと本の詰まった本棚がいくつかあった。
あれは恐らく文芸部の蔵書だ。
床にはダンベルやバーベルが転がっていて、中央にはボクシングのリングが設置してある。
うん、実に闇鍋というかなんというか……。
いろんなものが紛れていて、本当に『将棋ボクシング文芸部』なんだなぁと思った。
各部の備品をすべて持ち込んだらこうなるのは必然なんだろうけど。
「お、そいつが連れてきたいって言ってたクラスのやつか!」
天井から吊るされたサンドバッグを殴っていた男子生徒がこちらを向く。
椅子に腰かけて文庫本を読んでいる女子生徒もいるが、そちらは俺たちを一顧だにせず読書を継続中であった。
「じゃあ、部員を紹介するね。まず、本を読んでいるのが文芸部で私たちと同じ一年生の江入杏南ちゃん」
丸出さんが言うと、江入という少女はショートカットの青みがかった黒髪を揺らし、
「江入杏南です」
本に向けていた視線を一瞬だけ俺たちの方に向けて自ら名乗った。
どうやら紹介されたら返事をするくらいのコミュニケーション意欲はあるっぽい。
「で、奥にいる人が二年生でボクシング部の……」
「お! よく見たら酒井じゃないか!」
丸出さんが紹介する前に、鳥谷先輩が大きく手を振って男子生徒に声をかけた。
「そういうお前は……鳥谷ィ! うおおおおおおおっ!」
男子生徒も手を振り返し、なぜかこっちに駆け寄ってくる。
「イェイ!」
「イェイ!」
「「イェーイ!」」
鳥谷先輩と男子生徒はリズミカルに数回のハイタッチを交わし、片足でターン。
指先を頭上に掲げるサタデーナイトフィーバーっぽいポーズで仲良くフィニッシュした。
うーん、息ピッタリ!
以心伝心の具現化だ。
「二年生でボクシング部の酒井先輩だよ……」
謎パフォーマンスに圧倒されながらも紹介を成し遂げた丸出さん。
真面目な子だなぁ。
「オレは酒井だ! よろしくな!」
文芸部の江入さんとは対照的に友好的な態度で迎えてくれた酒井先輩。
彼から差し出された手を握り返してシェイクハンド。
「えーと、鳥谷先輩と酒井先輩は知り合いだったんですか?」
あまりにバッチグーなコンビネーションだったので思わず訊いてしまった。
「おう、鳥谷とは一年のときクラスが同じだったんだ!」
酒井先輩が明快に答える。
「じゃあ、仲が良かったんですね?」
細かいことを考えてなさそうなところとか声がデカいところとか。
いろいろそっくりだし。
さぞ気が合っていたのだろう……と、思いきや――
「いや、喋ったことは全然なかったな!」
酒井先輩が言うと、鳥谷先輩も頷いて、
「二学期の半ば頃に酒井から『シャー芯を一本くれ』って頼まれたのが唯一の会話だっけ?」
「そういやそうか? でも、あれ、本当は鳥谷の後ろの席のやつに言ったんだぜ?」
「それ本当か? あはは! やってしまったぞ!」
大して交流もなかったのに、竹馬の友のようなテンションはなんだったのか……。
あんまり深く考えないほうがいいのだろう。
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