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第一章『魔法少女レイラの試練』
第四話『魔法少女と使い魔と悪魔』
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「恭一、俺は夢でも見てたのか?」
「何のことだ?」
無事? 午前の授業が終わり、クラスの連中と食堂に向かう途中。
松根はゲームの中のことを少し憶えているようだった。
と言っても、ゲームの中で美少女二人と狩りをしたなんて話を真に受けるはずがない。
「本当にあの美少女は夢だったのか?」
「松根、いい加減現実を見ろよ」
食堂で食券を買いながら若田が松根の背中をどつく。
「でもよ……」
その後ろから茂野が松根の肩をポンポンと叩く。
「まあまあ、何か奢るから元気出しなよ」
「シゲさん、流石に1キロカレー二杯は無理だと思うぞ」
二人とも松根を心配しているらしい。
若田は短髪に黒縁眼鏡をかけた男で、毎日電車で二時間かけて家から学校に通っているつわものだ。
俺らはわっちと呼んでいる。
茂野はソフトモヒカンに無精ひげを生やしていて、学生寮に住んでいる。
なんでも一ヶ月の食費が三十万という驚異の男でブラックカードを持っているという噂もある。
バキュームシゲという異名を持っていて、俺らはシゲさんと呼んでいる。
二人とも同じクラスでよく一緒に遊ぶ気の合う奴らだ。
「恭一は今日も弁当?」
「ん、ああ……まあな」
レイラが持ってきた俺の弁当。
中身は分からんが折角作ってくれた弁当だ。
「毎日作るのって面倒じゃない?」
「趣味だし、面倒ではないな。それに既製品は舌が合わなくてな」
塩気の強い料理が多かった地域で育ったからか、スーパーの惣菜は甘すぎるのだ。
「それ分かるかも」
いつの間にか俺の後ろに伊井縞さんが弁当片手に立っていた。
その横には同じクラスの三好さんもいる。
「隣良い?」
「良いぞ。珍しいな、伊井縞さん達が食堂で食べるなんて」
俺の横に座った伊井縞さんが小さめの弁当を取り出す。
その更に横に座った三好さんは学食の食券を持っていた。
「たまにはね。昨日の晩ご飯が余っちゃったから今日はお弁当なの」
「いや、マジで料理が出来る女子って良いわー。チラッ」
復活した松根が三好さんの手に持っている食券をチラチラと見る。
「松根、何か言いたそうね」
「いやー、誰かさんみたいに味見と称して毒殺しようとする女子もいるなぁって思ってただけぶりゃ!?」
「あぁん、なんだって? もう一回言ってみろやあぁん?」
「おまっ、脛っ、脛が!?」
「はん、いい気味だわ」
テーブル下で脛を蹴られたらしい松根が悶絶する。
三好さんは背が低く、明るい茶髪をポニーテールにしているのが特徴で、口より先に手が出る性格だ。
俺は食べたことはないが料理が壊滅的らしい。
「三好さん、ちょっと」
「あ、ななな何かしら佐倉君」
「松根に攻撃するときは踵を上手く使うと効果的だぞ」
「わわ分かったわ、今度からそうするわね」
三好さんはわたわたしながら頷く。
どういうわけか三好さんは俺とは上手く話せないらしい。
謎だ。
「若田君とシゲさんは今日も学食?」
「俺は弁当作ってたら遅刻するしなぁ」
「僕はそもそも作れないからね」
わっち達も松根と三好さんのやり取りには慣れたもので、完全にスルーしている。
「おい、恭一……とどめの刺し方教えてどうすんだよ」
「どうするって、対松根戦では常識だろ?」
「俺はモンスターか!?」
似たようなもんだろ。
「それはそうと佐倉君も弁当派なのね」
松根の扱いも慣れたもので伊井縞さんが俺の弁当に目を向ける。
「ああ、晩ご飯の残りとか簡単に作れるやつを詰めてきてるんだ」
「恭一の料理は滅茶苦茶美味いぞ。正直学食の比じゃない」
「いや、単に俺好みの味付けにしてるだけで学食の方が大変だと思うぞ」
俺のはあくまでも趣味。
毎回同じ味を作るプロと比べるのが間違いだ。
「へぇー、佐倉君そんなに料理上手なんだ。じゃあ、今度一緒にホームパーティーみたいなのやらない?」
「良いね、場所は恭一の部屋かな」
「距離的にも丁度良いし、防音完備だから多少騒いでも大丈夫だしな」
「別に良いけど松根はカラオケ禁止な」
前に飲み会をした時、ほろ酔い状態の松根がシャウトボイスでポ○ョを歌い、管理人に怒られた事がある。
まあ、怒られた主な理由が『私も混ぜろ』だったのだが。
「まあ、どっちにしろテスト明けだな」
その後は松根を弄ったり、シゲさんの食欲に圧倒されたりと特に変わった出来事はなかった。
ちなみにレイラが持ってきた弁当の中身は俺が作り置きしていた惣菜だった。
「じゃあまた明日」
「ああ、気をつけて帰れよ」
授業も終わり、バス・電車組を見送った後、自転車通学の俺と三好さんが残る。
「さささ佐倉君、き今日も良い天気ですね」
「ん? だな。雲一つない……あ?」
空を見上げると歪な黒い鳥がいた。
大きさはカラスの倍くらい。
何だか体がチクチクと反応する。
多分、あれは悪魔の一種だ。
三好さんも同じ方を見ているはずなのに気づかないのか?
もしかして魔法少女になったから見えるようになった?
「三好さん、確か家近かったよね」
「え? うん。ささ佐倉君のアパートとは反対方向だけど」
「送っていくよ」
黒い悪魔の狙いは何だ?
悪魔が活動しているならレイラと白猫が気づくはずだが。
「送っていく……えぇ!?」
「最近物騒だしな。俺は自転車だし……そうだ、後ろ乗っていくか?」
「後ろに……佐倉君の後ろに……」
三好さん、目が完全にイッちゃってるんだが大丈夫か?
「三好さん?」
「あ、あああ……だだだ大丈夫よ!! でも今日はだダッシュの日だから!! まままた明日!!」
三好さんは一目散に走り去っていった。
何だったんだ?
まあ、寄り道しないで帰るなら大丈夫か。
それに俺より足速いんじゃないか?
挙動不審な三好さんを見送り、わざと人気の少ない裏通りに足を進める。
『私がよく分かったな』
やはり接触してきたか。
その声は嗄れた威圧感のある低音の声だった。
「ずっとこっちを見てたろ。お前、悪魔か?」
『そうだ。正確には悪魔だった、だがな』
黒い鳥は近くの立て看板に下り立つ。
『私はお前に倒された憑依悪魔だ』
憑依?
「というとゲームの中にいた悪魔か?」
『そうだ。お前、悪魔の心臓を触っただろう?』
……黒い宝玉のことか?
白猫から説教されたアレだろうな。
「触ったとしたら……どうなるんだ?」
『別に身体に異常が出ることはない。変わるのはただ一つ』
黒い鳥から禍々しい炎が湧き上がり大きさを変えていく。
「な!?」
『強い魔力に当てられたことで、お前の支配下に入るだけだ』
黒い鳥は全身に黒い布を巻き付けた、長い黒髪の幼女に変化していた。
「人間に、なった?」
『別におかしいことではない。悪魔は元々人間だったのだから』
衝撃的な事実。
悪魔は元々人間だった。
「ちょ、ちょっといいか。色々と頭がこんがらがりそうなんだが」
『ふむ、良いだろう。私の知る限りの事を話そう』
黒髪の幼女はそう言うと一番近くの喫茶店に入っていった。
俺は慌てて後を追う。
すでに窓際の席に陣取っていたため俺も同じテーブルに着き、とりあえずアイスココアを二つ頼む。
『ほう、気が利くな』
「何も頼まないで席に居座るって言うのも悪いだろ」
『そういうものか。では……』
黒髪の幼女はいったん言葉を区切ると喉の調子を確かめる。
「これでどうだろう。人間の言葉は久しぶりだからな。聞き取りにくかったらすまない」
さっきとは違い年相応の可愛らしいソプラノボイスだった。
「何で声を変えたんだ?」
「さっきまでは念話だったからな。端から見ると幼女に話しかける不審者に見えるだろう」
ね、念話?
てことは頭の中に直接話しかけてたって事か。
そこで控えめに店内を見回す。
た、確かに店員がこっちをチラチラと見ている!?
「な?」
「う、配慮してくれて助かるよ」
そんなやり取りをしていると注文したアイスココアが運ばれてくる。
「ありがとうお姉ちゃん」
「あら、可愛くて礼儀正しい良い子ね。ゆっくりしていってね」
女の店員さんはにこやかにカウンター奥に戻っていく。
「さて、では何から話そうか」
「何からというか、名前くらいは教えてくれ」
「おっと、それはそうだな。私は黒鴉、人間だった頃の名前は美桜(みお)だ」
「美桜ちゃん、で良いのか?」
美桜ちゃんは苦笑いしながら頷いた。
「まあ、見た目的には問題あるまい。実際のところ、悪魔化した時の外見をとっているだけだからな」
てことは見た目は幼女、中身は年上ってところか。
「で、お前さんは?」
「俺は佐倉恭一だ。佐倉でも恭一でも好きなように呼んでくれ」
「では……恭一、何から聞きたい?」
外見に似合わない蠱惑的な笑みを浮かべ俺に問う。
「何からというか全部一から教えてくれ。悪魔とか魔法のこととか」
俺がそう言うと美桜ちゃんは驚いたように目を見開く。
「まさか何も知らずにこの世界に足を踏み入れたのか?」
「入りたくて入ったわけじゃねぇよ。あの白猫は胡散臭いし、な」
「ふむ、では悪魔の生まれるきっかけから始めた方が良さそうだな」
美桜ちゃんはアイスココアを一口飲み、説明を始めた。
「これは私が聞かされた話だが、悪魔というのは元々存在しなかった。分類的に言えば新人類といったところか」
「人が進化した形の一種だというのか?」
「うん。理解としてはそんなところだ。悪魔というのは人間の殻を破った、いわゆる悪に墜ちた魔法使いの略称だ」
「悪に墜ちた魔法使い?」
「そう、禁忌を犯した魔法使いのことだ。色々あるが一番多いのは人間を触媒に使った魔法石『愚者の宝石』を精製することだな」
「じゃ、じゃあ美桜ちゃんは……?」
まさか。
「違う。私は別の理由で悪魔になっていた。が、とりあえず続きだ。悪魔になった人間は当時十人。原初の悪魔と呼ばれる化け物だ」
「そいつらは世界各国に一人ずつ同じ時期に悪魔として覚醒した。驚くことに姿形は人間のままだったそうだ」
「原初の悪魔は一纏まりではない。武力を唱えるもの、知を極めるもの、様々な化け物が世界を裏から支配し始めた。そんな時、同じ悪魔でありながら平和主義を掲げる者が現れた」
「それが魔法少女。魔力を持ちながら、魔に逆らう者。ああ、別に魔法少女でなくても良いんだが、そっちの方が魔法抵抗が高いんだ」
「魔法少女から悪魔になることもあるのか?」
「あるよ。あくまでも魔に対する抵抗値が高いだけだからな。それを上回る絶望やら負の思念が重なれば墜ちる。現に今の悪魔王は元魔法少女だと言う話だ」
そこで美桜ちゃんはアイスココアを一気飲みし、一息つく。
「ここまでで質問があれば聞くぞ」
「今、悪魔と言われる奴らはどの位いるんだ?」
「私が最期に聞いたのは一万程度だったな」
「一万!?」
あんな化け物が一万もいるのか?
「悪魔の数というのはあまり当てにならない。人間の悪意というのは思っているより多いからな。魔法少女達が数が増えるのを食い止めているというのが現状だ」
「何故なら悪魔は群れを作らない。その全てが単体なんだ。だから一気に倒すことが出来ない」
なるほど。
いくら強い魔法少女がいても一人ずつ倒している間に、悪魔は日に日に増えていく。
イタチごっこみたいだ。
「他には?」
「そうだな。美桜ちゃんは何者なんだ?」
「私か? 元悪魔だと説明はしたと思うが?」
「今は?」
「恭一の使い魔、と考えるのが妥当だろうな。悪魔から解放されるとは思ってもいなくてな。悪いが勝手に憑かせて貰った」
「解放? 自分の意思で悪魔になったんじゃないのか?」
「……なろうとした。が、正しいだろうな」
「元悪魔ならなれたんじゃないのか?」
「自分で制御できないんだ。操り人形みたいなものだ」
美桜ちゃんは唐突に喫茶店の入り口を指さす。
「恭一、変態がいるぞ。仲間か?」
「あ? 何言ってんだ、変態の仲間なんて……」
振り返った先、喫茶店の入り口でジッとこっちを見てハンカチを噛んでいる松根がいた。
「何のことだ?」
無事? 午前の授業が終わり、クラスの連中と食堂に向かう途中。
松根はゲームの中のことを少し憶えているようだった。
と言っても、ゲームの中で美少女二人と狩りをしたなんて話を真に受けるはずがない。
「本当にあの美少女は夢だったのか?」
「松根、いい加減現実を見ろよ」
食堂で食券を買いながら若田が松根の背中をどつく。
「でもよ……」
その後ろから茂野が松根の肩をポンポンと叩く。
「まあまあ、何か奢るから元気出しなよ」
「シゲさん、流石に1キロカレー二杯は無理だと思うぞ」
二人とも松根を心配しているらしい。
若田は短髪に黒縁眼鏡をかけた男で、毎日電車で二時間かけて家から学校に通っているつわものだ。
俺らはわっちと呼んでいる。
茂野はソフトモヒカンに無精ひげを生やしていて、学生寮に住んでいる。
なんでも一ヶ月の食費が三十万という驚異の男でブラックカードを持っているという噂もある。
バキュームシゲという異名を持っていて、俺らはシゲさんと呼んでいる。
二人とも同じクラスでよく一緒に遊ぶ気の合う奴らだ。
「恭一は今日も弁当?」
「ん、ああ……まあな」
レイラが持ってきた俺の弁当。
中身は分からんが折角作ってくれた弁当だ。
「毎日作るのって面倒じゃない?」
「趣味だし、面倒ではないな。それに既製品は舌が合わなくてな」
塩気の強い料理が多かった地域で育ったからか、スーパーの惣菜は甘すぎるのだ。
「それ分かるかも」
いつの間にか俺の後ろに伊井縞さんが弁当片手に立っていた。
その横には同じクラスの三好さんもいる。
「隣良い?」
「良いぞ。珍しいな、伊井縞さん達が食堂で食べるなんて」
俺の横に座った伊井縞さんが小さめの弁当を取り出す。
その更に横に座った三好さんは学食の食券を持っていた。
「たまにはね。昨日の晩ご飯が余っちゃったから今日はお弁当なの」
「いや、マジで料理が出来る女子って良いわー。チラッ」
復活した松根が三好さんの手に持っている食券をチラチラと見る。
「松根、何か言いたそうね」
「いやー、誰かさんみたいに味見と称して毒殺しようとする女子もいるなぁって思ってただけぶりゃ!?」
「あぁん、なんだって? もう一回言ってみろやあぁん?」
「おまっ、脛っ、脛が!?」
「はん、いい気味だわ」
テーブル下で脛を蹴られたらしい松根が悶絶する。
三好さんは背が低く、明るい茶髪をポニーテールにしているのが特徴で、口より先に手が出る性格だ。
俺は食べたことはないが料理が壊滅的らしい。
「三好さん、ちょっと」
「あ、ななな何かしら佐倉君」
「松根に攻撃するときは踵を上手く使うと効果的だぞ」
「わわ分かったわ、今度からそうするわね」
三好さんはわたわたしながら頷く。
どういうわけか三好さんは俺とは上手く話せないらしい。
謎だ。
「若田君とシゲさんは今日も学食?」
「俺は弁当作ってたら遅刻するしなぁ」
「僕はそもそも作れないからね」
わっち達も松根と三好さんのやり取りには慣れたもので、完全にスルーしている。
「おい、恭一……とどめの刺し方教えてどうすんだよ」
「どうするって、対松根戦では常識だろ?」
「俺はモンスターか!?」
似たようなもんだろ。
「それはそうと佐倉君も弁当派なのね」
松根の扱いも慣れたもので伊井縞さんが俺の弁当に目を向ける。
「ああ、晩ご飯の残りとか簡単に作れるやつを詰めてきてるんだ」
「恭一の料理は滅茶苦茶美味いぞ。正直学食の比じゃない」
「いや、単に俺好みの味付けにしてるだけで学食の方が大変だと思うぞ」
俺のはあくまでも趣味。
毎回同じ味を作るプロと比べるのが間違いだ。
「へぇー、佐倉君そんなに料理上手なんだ。じゃあ、今度一緒にホームパーティーみたいなのやらない?」
「良いね、場所は恭一の部屋かな」
「距離的にも丁度良いし、防音完備だから多少騒いでも大丈夫だしな」
「別に良いけど松根はカラオケ禁止な」
前に飲み会をした時、ほろ酔い状態の松根がシャウトボイスでポ○ョを歌い、管理人に怒られた事がある。
まあ、怒られた主な理由が『私も混ぜろ』だったのだが。
「まあ、どっちにしろテスト明けだな」
その後は松根を弄ったり、シゲさんの食欲に圧倒されたりと特に変わった出来事はなかった。
ちなみにレイラが持ってきた弁当の中身は俺が作り置きしていた惣菜だった。
「じゃあまた明日」
「ああ、気をつけて帰れよ」
授業も終わり、バス・電車組を見送った後、自転車通学の俺と三好さんが残る。
「さささ佐倉君、き今日も良い天気ですね」
「ん? だな。雲一つない……あ?」
空を見上げると歪な黒い鳥がいた。
大きさはカラスの倍くらい。
何だか体がチクチクと反応する。
多分、あれは悪魔の一種だ。
三好さんも同じ方を見ているはずなのに気づかないのか?
もしかして魔法少女になったから見えるようになった?
「三好さん、確か家近かったよね」
「え? うん。ささ佐倉君のアパートとは反対方向だけど」
「送っていくよ」
黒い悪魔の狙いは何だ?
悪魔が活動しているならレイラと白猫が気づくはずだが。
「送っていく……えぇ!?」
「最近物騒だしな。俺は自転車だし……そうだ、後ろ乗っていくか?」
「後ろに……佐倉君の後ろに……」
三好さん、目が完全にイッちゃってるんだが大丈夫か?
「三好さん?」
「あ、あああ……だだだ大丈夫よ!! でも今日はだダッシュの日だから!! まままた明日!!」
三好さんは一目散に走り去っていった。
何だったんだ?
まあ、寄り道しないで帰るなら大丈夫か。
それに俺より足速いんじゃないか?
挙動不審な三好さんを見送り、わざと人気の少ない裏通りに足を進める。
『私がよく分かったな』
やはり接触してきたか。
その声は嗄れた威圧感のある低音の声だった。
「ずっとこっちを見てたろ。お前、悪魔か?」
『そうだ。正確には悪魔だった、だがな』
黒い鳥は近くの立て看板に下り立つ。
『私はお前に倒された憑依悪魔だ』
憑依?
「というとゲームの中にいた悪魔か?」
『そうだ。お前、悪魔の心臓を触っただろう?』
……黒い宝玉のことか?
白猫から説教されたアレだろうな。
「触ったとしたら……どうなるんだ?」
『別に身体に異常が出ることはない。変わるのはただ一つ』
黒い鳥から禍々しい炎が湧き上がり大きさを変えていく。
「な!?」
『強い魔力に当てられたことで、お前の支配下に入るだけだ』
黒い鳥は全身に黒い布を巻き付けた、長い黒髪の幼女に変化していた。
「人間に、なった?」
『別におかしいことではない。悪魔は元々人間だったのだから』
衝撃的な事実。
悪魔は元々人間だった。
「ちょ、ちょっといいか。色々と頭がこんがらがりそうなんだが」
『ふむ、良いだろう。私の知る限りの事を話そう』
黒髪の幼女はそう言うと一番近くの喫茶店に入っていった。
俺は慌てて後を追う。
すでに窓際の席に陣取っていたため俺も同じテーブルに着き、とりあえずアイスココアを二つ頼む。
『ほう、気が利くな』
「何も頼まないで席に居座るって言うのも悪いだろ」
『そういうものか。では……』
黒髪の幼女はいったん言葉を区切ると喉の調子を確かめる。
「これでどうだろう。人間の言葉は久しぶりだからな。聞き取りにくかったらすまない」
さっきとは違い年相応の可愛らしいソプラノボイスだった。
「何で声を変えたんだ?」
「さっきまでは念話だったからな。端から見ると幼女に話しかける不審者に見えるだろう」
ね、念話?
てことは頭の中に直接話しかけてたって事か。
そこで控えめに店内を見回す。
た、確かに店員がこっちをチラチラと見ている!?
「な?」
「う、配慮してくれて助かるよ」
そんなやり取りをしていると注文したアイスココアが運ばれてくる。
「ありがとうお姉ちゃん」
「あら、可愛くて礼儀正しい良い子ね。ゆっくりしていってね」
女の店員さんはにこやかにカウンター奥に戻っていく。
「さて、では何から話そうか」
「何からというか、名前くらいは教えてくれ」
「おっと、それはそうだな。私は黒鴉、人間だった頃の名前は美桜(みお)だ」
「美桜ちゃん、で良いのか?」
美桜ちゃんは苦笑いしながら頷いた。
「まあ、見た目的には問題あるまい。実際のところ、悪魔化した時の外見をとっているだけだからな」
てことは見た目は幼女、中身は年上ってところか。
「で、お前さんは?」
「俺は佐倉恭一だ。佐倉でも恭一でも好きなように呼んでくれ」
「では……恭一、何から聞きたい?」
外見に似合わない蠱惑的な笑みを浮かべ俺に問う。
「何からというか全部一から教えてくれ。悪魔とか魔法のこととか」
俺がそう言うと美桜ちゃんは驚いたように目を見開く。
「まさか何も知らずにこの世界に足を踏み入れたのか?」
「入りたくて入ったわけじゃねぇよ。あの白猫は胡散臭いし、な」
「ふむ、では悪魔の生まれるきっかけから始めた方が良さそうだな」
美桜ちゃんはアイスココアを一口飲み、説明を始めた。
「これは私が聞かされた話だが、悪魔というのは元々存在しなかった。分類的に言えば新人類といったところか」
「人が進化した形の一種だというのか?」
「うん。理解としてはそんなところだ。悪魔というのは人間の殻を破った、いわゆる悪に墜ちた魔法使いの略称だ」
「悪に墜ちた魔法使い?」
「そう、禁忌を犯した魔法使いのことだ。色々あるが一番多いのは人間を触媒に使った魔法石『愚者の宝石』を精製することだな」
「じゃ、じゃあ美桜ちゃんは……?」
まさか。
「違う。私は別の理由で悪魔になっていた。が、とりあえず続きだ。悪魔になった人間は当時十人。原初の悪魔と呼ばれる化け物だ」
「そいつらは世界各国に一人ずつ同じ時期に悪魔として覚醒した。驚くことに姿形は人間のままだったそうだ」
「原初の悪魔は一纏まりではない。武力を唱えるもの、知を極めるもの、様々な化け物が世界を裏から支配し始めた。そんな時、同じ悪魔でありながら平和主義を掲げる者が現れた」
「それが魔法少女。魔力を持ちながら、魔に逆らう者。ああ、別に魔法少女でなくても良いんだが、そっちの方が魔法抵抗が高いんだ」
「魔法少女から悪魔になることもあるのか?」
「あるよ。あくまでも魔に対する抵抗値が高いだけだからな。それを上回る絶望やら負の思念が重なれば墜ちる。現に今の悪魔王は元魔法少女だと言う話だ」
そこで美桜ちゃんはアイスココアを一気飲みし、一息つく。
「ここまでで質問があれば聞くぞ」
「今、悪魔と言われる奴らはどの位いるんだ?」
「私が最期に聞いたのは一万程度だったな」
「一万!?」
あんな化け物が一万もいるのか?
「悪魔の数というのはあまり当てにならない。人間の悪意というのは思っているより多いからな。魔法少女達が数が増えるのを食い止めているというのが現状だ」
「何故なら悪魔は群れを作らない。その全てが単体なんだ。だから一気に倒すことが出来ない」
なるほど。
いくら強い魔法少女がいても一人ずつ倒している間に、悪魔は日に日に増えていく。
イタチごっこみたいだ。
「他には?」
「そうだな。美桜ちゃんは何者なんだ?」
「私か? 元悪魔だと説明はしたと思うが?」
「今は?」
「恭一の使い魔、と考えるのが妥当だろうな。悪魔から解放されるとは思ってもいなくてな。悪いが勝手に憑かせて貰った」
「解放? 自分の意思で悪魔になったんじゃないのか?」
「……なろうとした。が、正しいだろうな」
「元悪魔ならなれたんじゃないのか?」
「自分で制御できないんだ。操り人形みたいなものだ」
美桜ちゃんは唐突に喫茶店の入り口を指さす。
「恭一、変態がいるぞ。仲間か?」
「あ? 何言ってんだ、変態の仲間なんて……」
振り返った先、喫茶店の入り口でジッとこっちを見てハンカチを噛んでいる松根がいた。
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