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第一章 勇者誕生

第一話 クエストより甘味

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 俺は朝ごはんを作りながら、この一ヶ月の事を思い返していた。
 勇者見習いノエルのパーティーメンバーになったおかげでこの世界の社会情勢がいくつかわかった。
 まず俺たち異世界人を召喚した国以外にも国は数多く存在する。
 魔王も自称を含めれば数多く存在し、さながら戦国時代に入っているそうだ。
 人間は魔王たちを倒すため王国連合を組織して対処している。
 ノエルは王国連合に所属する中小国の勇者見習い。
 一つの国につき一人の勇者がいるらしいが、俺たちを召喚した国はなぜか勇者が存在しない。
 その他、色々な知識を冒険者ギルドやエドモントのおかげで手に入れることができた。
 今現在俺たちが受けているクエストは騎馬盗賊集団の殲滅。
 騎馬盗賊とは、馬に跨り貴族の格好をした盗賊だが、話術が巧みである為どちらかと言えば、ペテン師に近い。
 ただ最近その騎馬盗賊の様子がおかしく、騎馬盗賊と会った人は悪魔に取りつかれているとの話しである。
 そんなことを考えながら、俺は全員分のパンケーキを焼き終えて、みんなに配ったがそのパンケーキを誰も食べようとしなかった。
 理由はパンケーキにかける蜂蜜の瓶に全員の目がいっているからだ。
 この世界では甘味は貴重品で、蜂蜜は俺が他のクエストの時に偶然で手に入れた物だが、量があまりないので、限られた量しかかけられない。
 蜂蜜を手に入れてから、だましだまし使っていたが、それも限界でこのパンケーキにかける蜂蜜が最後になってしまったのだ。
 はっきり言って、この緊張感は胃にも心臓にも悪いため、俺は仕方なく話を切り出した。
「蜂蜜を使うの順番はモフちゃん、ノエル、エドモント、俺の順にしないか?」
 しかし俺の提案は速攻で却下された。
「シンタローさんなんで、私がノエルの後なのですか?」
「年が下の順から、蜂蜜をかけるのがいいかと思ったから」
「いいえ、この場合は年が上の順からかけるべきですよ!」
「それだと、エドモントが一番になるんだけど?それに今思ったんだが、アンデッドなのに蜂蜜がいるの?」
「な、何を言っているんですかシンタローさん。あの蜂蜜ですよ。生前は食べることはおろか見ることもできなかった蜂蜜が目の前にあって使えるんですよ。ああ死んでよかった」
「普通生きててよかったと言うものだが?」
 俺はエドモントにツッコミを入れながら、やっぱり駄目かと、思った。
なぜならこれまで蜂蜜の使い方はモフちゃんは次に使う人の分まで考えて蜂蜜かけるが、ノエルとエドモントは少しでも蜂蜜を多くかけようとするから、俺の提案に乗ってこない。
 仮に俺が蜂蜜をかける権利を放棄したらノエルとエドモントの二人に間で争いが起こるのは目に見えている。
 そんな中騎馬盗賊の集団がやってきた。
 情報屋の情報通りだった。
 俺とモフちゃんはすぐさま準備したが、ノエルとエドモントはいつまでもにらみあっていた。

 情報通りに、騎馬盗賊の集団はやって来たが、その集団ははっきり言って異形の姿をしていた。
 馬に跨ってはいる者たちは、服装は上半身がほぼ裸で頭はモヒカン、スキンヘッドやリーゼントなど様々な髪型。
 目撃者が悪魔に取りつかれていると言うのも頷ける。
 完全に別の世界の生き物である。
 俺は、いまだ蜂蜜冷戦状態の勇者とアンデッドをモフちゃんにまかせて、騎馬盗賊迎撃地点に向かった。
 俺は囮の馬車をストレージから出し、商人に変装した。
 本当ならエドモントが囮役だったのだが、それを俺が代わりに行い、見た目は金目の物を運んでいるような形をした張りぼての馬車を引いて、騎馬盗賊達が襲い掛かってくるのを待った。
 騎馬盗賊達はカモだと思ったのか馬を飛ばしたが、俺のいる場所までには辿り着くことはできなかった。
 なぜなら囮の馬車の手前には昨晩俺が一人で掘った大落とし穴があったからだ。
 しかもご丁寧に木の枝を斜めに切った木の槍付き。
 騎馬盗賊も馬も学習能力がないのか?次々と落ちていく。
 落とし穴の中は死屍累々と化していた。
 俺はこれでクエスト終了かと、思いきやそううまくいくはずもなく。
 一頭の馬が直立二足方向で大落とし穴から脱出してきた。
「貴様よくもやってくれたな」
 なんと馬が喋った。
「ふん、驚いて叫び声もでないか?まさかこのマヌケな盗賊達を操っていたのが、馬とは予想外だったのも無理はない。我の名はサンダーサイエンス。魔馬界でも由緒正しい一族の末裔だ」
 その馬の魔物サンダーサイエンスは名乗り、俺はすぐさま知的生命たちであること認識した。
 だが、俺の返事は魔物の予想の斜め下だった。
「おい変態馬。服を着ろ服を、裸で言われても説得力がない。せめて下半身は隠せ」
 サンダーサイエンスはひきつった顔をした。
 なぜこの状況でそんなことを言われなければならないと顔に出ていた。
 しかし紳士であると自認するサンダーサイエンスは死んだ盗賊からズボンを剥いで着た。
「さて、改めて名乗らせてもらおう我が名はサンダーサイエンス。由緒正しい一族の末裔にして、魔王さまの片腕だ」
「競馬馬の名前をパクったような名前の上に、なんで魔王の片腕が人を操って盗賊のまねごとをしているんだ?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれた。簡単な話だ資金稼ぎ。おい何だその目は先立つ物がないと何もできないのはどこの世界でも同じなんだなと、憐れみにも似た目でこちらを見つめるのはやめろ」
 俺はそんなことも思ってもいないし、そんな目もしていないと言ったかったが、被害妄想の激しい奴には何を言っても無駄なので反論するよりも、勇者(見習い)がここに居る事をアピールした。
「魔族の片腕なら、勇者(小声で見習い)ノエル出番だぞ!!」
「おい、今小声で何か言わなかったか?コラ、こちらを無視せずにこっちの質問に答えろ」
 サンダーサイエンスのツッコミを無視して話を進める俺。
 茂みから頭にモフちゃんを乗せたノエルとエドモントが同時に出てきた。
 二人の登場にサンダーサイエンスはおろか俺も驚いた。
 なぜならノエルとエドモントはこちらを見てない上に、骨を奪われまいとする犬の如く、お互いを牽制しながら、蜂蜜の入った瓶を引っ張り合っていた。モフちゃんはそんな二人を止めさせようと必死に鳴き声を上げたり、ノエルの頭を手で叩いたりしていたが、効果はなかった。
「おい、あれが勇者なのか?私にはいやしい人間にしか見えないぞ」
「一人は人間だが、もう一人は元人間だ!!」
 サンダーサイエンスのツッコミに、俺はそう答えるしかなかった。
「貴様ら!!!!!ふざけているのか!!!!!!」
 サンダーサイエンスの大声と共にうっかり蜂蜜の入った瓶を離すノエルとエドモント。
 ガッチャーン!!
 重力の法則に従い、蜂蜜の入った瓶は地面に落ち、割れた。
「我が名はサンダーサイエンス。貴様ら人間らに…」
 サンダーサイエンスの話が終わる前に、ノエルとエドモントはサンダーサイエンスにそれぞれ剣と魔法で攻撃した。
 ノエルの剣はサンダーサイエンスの頭に会心一撃を与え、エドモントは土魔法でサンダーサイエンスの股間に痛恨の一撃を与えた。
 去勢はまぬがれられないサンダーサイエンス。活躍の場も与えられずにリタイア。
 魔王の片腕を倒したのに、ノエルとエドモントはそんなこともおかまいなしに、地面に落ちた蜂蜜を見て騒いでいた。
 そんな状況を見てた俺とノエルの頭から放れたモフちゃんは心の中で「せちがらい事になった」と呟くことしかできなかった。

 シンタローとモフちゃんの教訓。
 甘い物を奪い合っている相手に下手に声をかけるな。大事な(男の)モノを失う。
 シンタローとモフちゃんはモフモフして慰めあった。
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