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終焉
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ルボルは、小さな花束を持って丘の小道を歩いていた。ここはルジェクが最期を過ごした小さな家からも近く、この小道の先にあるのは、街の共同墓地だった。爽やかに吹き抜ける風がルボルの髪を揺らした。
この日は、ルジェクが亡くなって二年目、そして…ラヴィが亡くなって一年目にあたる日だった。
ルジェクとラヴィは、墓地の端の方で彼らの願い通り二人並んで眠っていた。ありふれた墓石だったが、せめて彼らの想いを汲んだものをと、ルボルは長年連れ添った夫婦がよく選ぶ一対の物を選んでいた。妹が喜ぶように…あの花のような笑顔を浮かべてくれるように…
墓石の前に手にした花束を置くと、風がまた吹き抜けて、妹が笑顔で出迎えてくれたような気がした。彼女が好きなリマレの花は、あの子が死んだ時と同じくまだ見頃だった。
あの日からルボルは、ずっと考え続けていた。これでよかったのだろうか…他に何か出来る事があったのではないだろうか、と…
ラヴィは結局、ルジェクの子を宿す事はなかった。ルジェク亡き後、ラヴィが生き延びるには他に方法がないとルジェクは知っていたから、彼が妹を見放すような事はしなかっただろう。きっと…病に蝕まれたルジェクには、子を成す力は残っていなかったのだろう。彼に残されていた時間は、あまりにも短すぎた。もう少し早くわかっていたら…
いや、ラヴィがルジェクに出会わなければ…そんな思いがどうしても過った。
「ルボル様…」
どれくらいその場に佇んでいたのだろうか…名を呼ばれて振り返ると、そこにはリマレの花を手にしたサティがいた。彼女も妹を悼んでここに来てくれたのだろう。親友で、最期までラヴィを励ましてくれた得難い存在だった。
「…感謝する、サティ」
咄嗟に言葉が出てこなかったルボルに、サティは笑みを浮かべた。数歩下がって場を譲ると、サティが墓前のルボルの花束の横にそれを置いた。その時に気が付いたが、その花束はまるで花嫁のブーケのようだった。
「約束していたんですよ。ラヴィが結婚する時には、私がブーケをプレゼントするって」
かなり遅れちゃいましたけど、絶対リマレの花にしてって言ってたから…そう言ってサティは寂しそうに笑った。彼女の友情に、ルボルは目の奥が熱くなるのを感じた。
「…ラヴィは…幸せだったんだろうか…」
ずっと心の中で繰り返していた疑問が不意に言葉として出てしまい、ルボルは驚いたが、それはサティもだったかもしれない。こんな風に自分の心情を話した事などなかったからだ。少し気まずく感じたルボルだったが、サティは気にした風には見えなかった。
「ラヴィは、幸せでしたよ」
返ってきた答えは意外なほどに断定的で、そう告げるサティの瞳には揺るぎない光があった。
「ルジェク様が亡くなる少し前、私、お見舞いに行ったんです」
そう言ってサティは、その時の事を話し始めた。もう目を空ける事もなく眠っているばかりのルジェクの側で、小さな椅子に腰かけたラヴィは、ルジェクを見つめていたという。静かに、愛おしそうに、口元には笑みを浮かべて…
「悲嘆に暮れているかと思って、心配だったんです。でも、ラヴィは…とても静かな表情で、愛おしそうにルジェク様を見ていました」
「そうか…」
「その時、思ったんです。ああ、ラヴィはとても幸せなんだな、って…ルジェク様の側にいられて、想いを受け止めて貰えて」
「ああ…」
「ルジェク様が亡くなってからも、ラヴィはいつも笑顔を浮かべていました」
「そう、だったな…」
ルボルはルジェクが亡くなった後のラヴィを思い返した。確かにラヴィは静かな笑みを浮かべていた。狂死すると言われていたから、暴れたり意味不明な言動をしたりするのかと案じていたが…ラヴィは静かに、ただ静かに、ルジェクが贈ってくれたぬいぐるみを撫でていた。それがルジェクとの子だと信じ切って。
「ラヴィはいつも、ルジェク様は自分の全てだって言っていました。だから、ルジェク様の最期を看取れてよかったと思うんです。逆だったら…きっと片思いだと思い込んだまま、心を残してしまったでしょうから」
サティのそれは自分にはない発想で、ルボルはその考えに自分の心が酷く慰められたのを感じた。他に方法があったのではないかとずっと悩んでいたが、これでよかったのだと、ラヴィは幸せだったのだと、サティはそう言い切ったのだ。
「そう、か…ラヴィは…幸せだったか…」
「幸せだったんですよ。だって最期も、とっても穏やかで幸せそうな顔してたじゃないですか。あれ、ひょっとしてルジェク様が迎えに来てたんじゃないですか?」
後半のサティの声はお道化た調子になっていたが、そんな仮定にルボルの心は二年ぶりに凪いだ。
「そう、だな…その通りだ」
ああ、妹は不幸なわけではなかったのだ。番を愛し、番にその思いを受け入れて貰って、そしてちゃんと愛されたのだ。
ルボルは空を見上げた。僅かに揺らいで見えた空は、あの日のようにどこまでも青く澄んでいた。
【完】
- - - - - -
最期まで読んでくださってありがとうございます。
この日は、ルジェクが亡くなって二年目、そして…ラヴィが亡くなって一年目にあたる日だった。
ルジェクとラヴィは、墓地の端の方で彼らの願い通り二人並んで眠っていた。ありふれた墓石だったが、せめて彼らの想いを汲んだものをと、ルボルは長年連れ添った夫婦がよく選ぶ一対の物を選んでいた。妹が喜ぶように…あの花のような笑顔を浮かべてくれるように…
墓石の前に手にした花束を置くと、風がまた吹き抜けて、妹が笑顔で出迎えてくれたような気がした。彼女が好きなリマレの花は、あの子が死んだ時と同じくまだ見頃だった。
あの日からルボルは、ずっと考え続けていた。これでよかったのだろうか…他に何か出来る事があったのではないだろうか、と…
ラヴィは結局、ルジェクの子を宿す事はなかった。ルジェク亡き後、ラヴィが生き延びるには他に方法がないとルジェクは知っていたから、彼が妹を見放すような事はしなかっただろう。きっと…病に蝕まれたルジェクには、子を成す力は残っていなかったのだろう。彼に残されていた時間は、あまりにも短すぎた。もう少し早くわかっていたら…
いや、ラヴィがルジェクに出会わなければ…そんな思いがどうしても過った。
「ルボル様…」
どれくらいその場に佇んでいたのだろうか…名を呼ばれて振り返ると、そこにはリマレの花を手にしたサティがいた。彼女も妹を悼んでここに来てくれたのだろう。親友で、最期までラヴィを励ましてくれた得難い存在だった。
「…感謝する、サティ」
咄嗟に言葉が出てこなかったルボルに、サティは笑みを浮かべた。数歩下がって場を譲ると、サティが墓前のルボルの花束の横にそれを置いた。その時に気が付いたが、その花束はまるで花嫁のブーケのようだった。
「約束していたんですよ。ラヴィが結婚する時には、私がブーケをプレゼントするって」
かなり遅れちゃいましたけど、絶対リマレの花にしてって言ってたから…そう言ってサティは寂しそうに笑った。彼女の友情に、ルボルは目の奥が熱くなるのを感じた。
「…ラヴィは…幸せだったんだろうか…」
ずっと心の中で繰り返していた疑問が不意に言葉として出てしまい、ルボルは驚いたが、それはサティもだったかもしれない。こんな風に自分の心情を話した事などなかったからだ。少し気まずく感じたルボルだったが、サティは気にした風には見えなかった。
「ラヴィは、幸せでしたよ」
返ってきた答えは意外なほどに断定的で、そう告げるサティの瞳には揺るぎない光があった。
「ルジェク様が亡くなる少し前、私、お見舞いに行ったんです」
そう言ってサティは、その時の事を話し始めた。もう目を空ける事もなく眠っているばかりのルジェクの側で、小さな椅子に腰かけたラヴィは、ルジェクを見つめていたという。静かに、愛おしそうに、口元には笑みを浮かべて…
「悲嘆に暮れているかと思って、心配だったんです。でも、ラヴィは…とても静かな表情で、愛おしそうにルジェク様を見ていました」
「そうか…」
「その時、思ったんです。ああ、ラヴィはとても幸せなんだな、って…ルジェク様の側にいられて、想いを受け止めて貰えて」
「ああ…」
「ルジェク様が亡くなってからも、ラヴィはいつも笑顔を浮かべていました」
「そう、だったな…」
ルボルはルジェクが亡くなった後のラヴィを思い返した。確かにラヴィは静かな笑みを浮かべていた。狂死すると言われていたから、暴れたり意味不明な言動をしたりするのかと案じていたが…ラヴィは静かに、ただ静かに、ルジェクが贈ってくれたぬいぐるみを撫でていた。それがルジェクとの子だと信じ切って。
「ラヴィはいつも、ルジェク様は自分の全てだって言っていました。だから、ルジェク様の最期を看取れてよかったと思うんです。逆だったら…きっと片思いだと思い込んだまま、心を残してしまったでしょうから」
サティのそれは自分にはない発想で、ルボルはその考えに自分の心が酷く慰められたのを感じた。他に方法があったのではないかとずっと悩んでいたが、これでよかったのだと、ラヴィは幸せだったのだと、サティはそう言い切ったのだ。
「そう、か…ラヴィは…幸せだったか…」
「幸せだったんですよ。だって最期も、とっても穏やかで幸せそうな顔してたじゃないですか。あれ、ひょっとしてルジェク様が迎えに来てたんじゃないですか?」
後半のサティの声はお道化た調子になっていたが、そんな仮定にルボルの心は二年ぶりに凪いだ。
「そう、だな…その通りだ」
ああ、妹は不幸なわけではなかったのだ。番を愛し、番にその思いを受け入れて貰って、そしてちゃんと愛されたのだ。
ルボルは空を見上げた。僅かに揺らいで見えた空は、あの日のようにどこまでも青く澄んでいた。
【完】
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最期まで読んでくださってありがとうございます。
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