『完結』番に捧げる愛の詩

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
9 / 12

唯一の方法

しおりを挟む
 ルジェクとの二人きりの生活は、ラヴィにとっては至福の時間でしかなかった。ラヴィにとって番のルジェクは何よりも優先すべき存在で、いつでもどんな時でも側にいて彼の役に立てる事は喜びでしかない。生活の全てをルジェク優先にする事など、造作もない事だった。

 全身でルジェクへの想いを表すラヴィに対して、ルジェクは最初、戸惑いしかなかった。若い娘が喜ぶような事は何も出来ず、年も離れ体中に醜い傷が残る男を、こうも一途に思い続けられるのかと不思議でしかなかったのだ。
 ルジェクは人族だから、獣人の感覚が分からない。番だと言われてもピンとこないし、番を失えば緩やかに死に向かうなどと言われても理解出来なかった。だからこそ、一年余りの求婚に頷く事は出来なかったのだ。それにはもちろん、自分の身体への懸念が大いに影響していたのだが。

 そのルジェクがラヴィを受け容れたのは、上司となる団長と、ラヴィの兄のルボルの存在が大きかった。団長は姉が獣人の番だった為に獣人や番への理解があったし、ルボルは獣人だから番への思いがどんなものかを知っていた。

「ラヴィを救えるのは…あなたしかいないのです」

 ルボルにそう言われたルジェクは、最初は大げさな…と思った。だが、番を失ったラヴィがどんな末路を向かえるかを聞いたルジェクは…ラヴィをこれ以上遠ざける事が出来なかったのだ。
 ルジェクが死ねば、程なくラヴィも後を追うだろう。番を認識してしまった獣人はもう、番なしでは生きていけないのだから。番を失った事で正気を失うか、食事も摂れなくなって衰弱死するか…どちらにしても心を壊して衰弱していく様は、憐れとしか言い様がなかった。

 それでも…ラヴィを救うたった一つの方法があった。

 それは…番の子を身籠る事だ。

 愛情深い獣人は、番を失えば死ぬ運命にあるが、唯一、子を得た場合はその限りではない。愛する番との子どもがいれば、生きようとするのだ。それは番の分身でもあるから。

 だからルボルはルジェクに頼んだのだ。どうかラヴィに子を授けてやって欲しいと。そうすれば死ぬ運命から逃れられるかもしれないからと。

「だが、俺はもうじき…」
「勿論、それはわかっています。ですが、今ならまだ間に合うかもしれません」
「しかし…子が出来たとして、ラヴィ一人で育てるのは…」
「そこもご心配なく。私や家族が全力で守ります。うちはまだ祖父母も元気ですし、子を育てるのに手が足りないと言う事はありませんから」
「……」
「どうか、あの子のために、お願いします」

 そう言ってルボルは深々と頭を下げた。彼にも、それ以外に愛する妹を救う方法がなかったのだ。



「ラヴィ…」
「何ですか、ルジェク様」

 ただ名を呼ばれただけなのに、嬉しそうに笑顔を浮かべて駆け寄ってくるラヴィを、ルジェクはまるで眩しいものを見るかのように目を細めた。何の他意もない、純粋で真っすぐな想い。それはステラやその後の女性達の態度で傷ついたルジェクの心に、一際染み渡る様だった。

「ラヴィは…俺のどこが気に入ったんだ?」

 その問いは、戸惑いや自信のなさによって、酷く弱々しいものだったが、獣人のラヴィにはしっかりと届いていた。ラヴィはベッドに腰かけているルジェクの足元にそっとしゃがみ込むと、その手を取った。

「理由など…ありません。ルジェク様は私の番だから」
「番だから、好きになるのか?」
「そうとも言えますし…そうでないとも言えます」

 それは答えにならない答えで、ルジェクの心が少しだけ揺らいだ。それは自分自身を見
た上で好意を向けられたわけではない、そう感じたせいかもしれない。

「最初はそうだったかもしれません。でも…」
「でも?」
「ずっとルジェク様を見ている間に、ルジェク様が相手にわからないように手助けをしているところや、後輩たちが自分で問題を解決できるようにヒントを出しているところなんかを見て、もっと好きになりました」

 その答えにルジェクは目を瞠った。そこまで細かいことに気が付いていたとは思わなかったからだ。
 言葉にするのが苦手なルジェクは、後輩にアドバイスをするのが苦手だった。かと言って自分で考えるべきだと思う方なので、必要以上に手を貸す事はしなかった。だから、小さなヒントを与えて、自分で考えて解決出来るようにしていたのだ。

「そんな事で…」
「そんな事じゃありません。それに、何でも手を貸す事が優しさとは限らないですよ。ちゃんと成長出来るように自分で考えさせるのも優しさだと思います」

 敵わないな…とルジェクは思った。こうも年下の少女からそのような些細な事まで見られていたなんて…何だか悔しい気もしたが、それ以上にここまで自分を見てくれる存在に、冷え切っていた心が温まるのを感じた。

「俺に残された時間はもう…殆どない…」
「ルジェク様…」
「それでも、最期の時まで、側に居てくれるだろうか…」

 ルジェクが足元にいたラヴィを見下ろすと、美しいオレンジ色の瞳が大きく揺らいでいるのが見えた。次の瞬間、何かが身体にぶつかってくるのを感じ、ルジェクはそれを全身で受け止めた。

「勿論です、ルジェク様!死ぬまで…お許しいただけるのなら…死んでもお側におります」

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

『番』という存在

恋愛
義母とその娘に虐げられているリアリーと狼獣人のカインが番として結ばれる物語。 *基本的に1日1話ずつの投稿です。  (カイン視点だけ2話投稿となります。)  書き終えているお話なのでブクマやしおりなどつけていただければ幸いです。 ***2022.7.9 HOTランキング11位!!はじめての投稿でこんなにたくさんの方に読んでいただけてとても嬉しいです!ありがとうございます!

[完結]間違えた国王〜のお陰で幸せライフ送れます。

キャロル
恋愛
国の駒として隣国の王と婚姻する事にになったマリアンヌ王女、王族に生まれたからにはいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたが、その相手は獣人……番至上主義の…あの獣人……待てよ、これは逆にラッキーかもしれない。 離宮でスローライフ送れるのでは?うまく行けば…離縁、 窮屈な身分から解放され自由な生活目指して突き進む、美貌と能力だけチートなトンデモ王女の物語

運命の番様。嫉妬と独占欲で醜い私ですが、それでも愛してくれますか?

照山 もみじ
恋愛
私には、妖精族の彼氏で、運命の番がいる。 彼は私に愛を囁いてくれる。それがとってもうれしい。 でも……妖精族って、他の種族より綺麗なものを好むのよね。 運命の番様。嫉妬して独占欲が芽生えた醜い私でも、嫌わずにいてくれますか? そんな、初めて嫉妬や独占欲を覚えた人族の少女と、番大好きな妖精族の男――と、少女の友人の話。 ※番の概念とかにオリジナル要素をぶっ込んでねるねるねるねしています。

【完結】番が見ているのでさようなら

堀 和三盆
恋愛
 その視線に気が付いたのはいつ頃のことだっただろう。  焦がれるような。縋るような。睨みつけるような。  どこかから注がれる――番からのその視線。  俺は猫の獣人だ。  そして、その見た目の良さから獣人だけでなく人間からだってしょっちゅう告白をされる。いわゆるモテモテってやつだ。  だから女に困ったことはないし、生涯をたった一人に縛られるなんてバカみてえ。そんな風に思っていた。  なのに。  ある日、彼女の一人とのデート中にどこからかその視線を向けられた。正直、信じられなかった。急に体中が熱くなり、自分が興奮しているのが分かった。  しかし、感じるのは常に視線のみ。  コチラを見るだけで一向に姿を見せない番を無視し、俺は彼女達との逢瀬を楽しんだ――というよりは見せつけた。  ……そうすることで番からの視線に変化が起きるから。

番認定された王女は愛さない

青葉めいこ
恋愛
世界最強の帝国の統治者、竜帝は、よりによって爬虫類が生理的に駄目な弱小国の王女リーヴァを番認定し求婚してきた。 人間であるリーヴァには番という概念がなく相愛の婚約者シグルズもいる。何より、本性が爬虫類もどきの竜帝を絶対に愛せない。 けれど、リーヴァの本心を無視して竜帝との結婚を決められてしまう。 竜帝と結婚するくらいなら死を選ぼうとするリーヴァにシグルスはある提案をしてきた。 番を否定する意図はありません。 小説家になろうにも投稿しています。

【完結】私の番には飼い主がいる

堀 和三盆
恋愛
 獣人には番と呼ばれる、生まれながらに決められた伴侶がどこかにいる。番が番に持つ愛情は深く、出会ったが最後その相手しか愛せない。  私――猫獣人のフルールも幼馴染で同じ猫獣人であるヴァイスが番であることになんとなく気が付いていた。精神と体の成長と共に、少しずつお互いの番としての自覚が芽生え、信頼関係と愛情を同時に育てていくことが出来る幼馴染の番は理想的だと言われている。お互いがお互いだけを愛しながら、選択を間違えることなく人生の多くを共に過ごせるのだから。  だから、わたしもツイていると、幸せになれると思っていた。しかし――全てにおいて『番』が優先される獣人社会。その中で唯一その序列を崩す例外がある。 『飼い主』の存在だ。  獣の本性か、人間としての理性か。獣人は受けた恩を忘れない。特に命を助けられたりすると、恩を返そうと相手に忠誠を尽くす。まるで、騎士が主に剣を捧げるように。命を助けられた獣人は飼い主に忠誠を尽くすのだ。  この世界においての飼い主は番の存在を脅かすことはない。ただし――。ごく稀に前世の記憶を持って産まれてくる獣人がいる。そして、アチラでは飼い主が庇護下にある獣の『番』を選ぶ権限があるのだそうだ。  例え生まれ変わっても。飼い主に忠誠を誓った獣人は飼い主に許可をされないと番えない。  そう。私の番は前世持ち。  そして。 ―――『私の番には飼い主がいる』

処理中です...