上 下
27 / 116

公文書の取り交わし

しおりを挟む
 とりあえず自分が置かれた状況は理解した。まだ消化が追い付いていないけれど概ね理解したし、納得もした。ただ…だったら普通にそう説明してくれればよかったじゃないかと思ったのだけど、さすがに殿下の前でそれを問い詰めるのは憚られた。この件は後でじっくり問い詰めてやる、と心に誓った。

「ああ、そう言えば公文書を交わすんだったんだよね?」
「ええ、そうしないと協力しないと言い張るもので…」

 そう言えば今日はその為にここに来たのだった…と思い出したけど…

(ちょっと、その言い方だと私が我儘を言っているみたいじゃない!)

 こうなった原因は天敵の方にある、と私は思っているだけに心外だ。でも…

「エリーのその現実的でしっかりしたところ、いいよね」
「そ、そうでしょうか…」

 意外にも殿下に褒められてしまった。これは褒め殺しとか社交辞令ではないと思いたい。有難い事に公文書は殿下の承認の上で恙なく交わせた。よかった、殿下が間に入って下さったのなら反故にされる心配はないだろう。それに、殿下の御ために働けるならそれは臣下として非常に光栄な事だ。

「ほかに何か気になる事はないかな?」

 公文書を交わした後、何と殿下自らそうお尋ね下さった。下々の者にまで気を使って下さるなんて、何て立派な方なのだろう。高位貴族には威張り散らすのがあるべき姿だなんて思いこんでいる馬鹿が多いけど、殿下は腰が低くて気遣い上手で、まさに上司の鏡だと思う。奴のためではなく殿下のために働けるのも尊い…

「ありがとうございます。気になると言っても…」

 そう言いかけて、私はとある事に気が付いた。でも…それをここで言ってしまっていいのだろうか…

「どうした?気になるなら言ってくれ。その方がお互いに気持ちよく過ごせるだろう?」
「あ、ありがとうございます。では、一つだけ…」

 そう言って私は、王女殿下が奴との婚約を望んでいるという噂について尋ねた。もし本当なら殿下はどう思っていらっしゃるのかも聞いておきたい。自分の今後の立ち位置にも大きく影響するのだから。

「アリソンか…そう、だな」

 何だろう、言い難い事なのだろうか…殿下も何だか言い難そうだし、奴も口を開こうとしないから、嫌な予感が増していった。

「…アリソンとアレクの婚約はあり得ないんだ。アリソンがいくら望んでもね」
「それは、一体…」
「…その理由は、アリソンも知っているんだけどね…」

 そう言って殿下は力なく笑った。殿下の表情から何となくだけど、その理由は聞かれたくないように見えた。

「答えになっていないかもしれないけど、アリソンの事は気にしなくていい。いくらアリソンが望んでも陛下もお許しにならないし、アレクもその気はないから」
「そうですか」

 とりあえず問題はないらしい。まだ王女殿下が諦めていないのが不安の種ではあるけれど、陛下がお許しにならない上、天敵も望んでいないのであればどうしようもないだろう。
 侍従がそろそろお時間です、と殿下に声をかけられたので、私は見送ろうとして立ち上がった。

「アレクとの婚約は仮のものなんだろう?」
「もちろんです」
「この件が片付いたら白紙にする予定ですよ」

 私が答え、奴もそれに同意した。これは期間限定の仮初のもので実はない。

「だったら、白紙になったらエリーに婚約を申し込もうかな」
「………は?」

殿下にそう言われたけど、またしてもその言葉の意味を直ぐに処理出来なかった。

「はぁ?こいつを王太子妃に、ですか?」
「ああ、婚約者とは実家の不正の発覚で白紙になったからね」
「いや、だからってこいつは…」
「エリーなら優秀だし立派に務められるだろう。母上もお喜びになるだろうし」
「あ、あの…殿下、何を…」
「ああエリー、返事は急がないから。考えておいてくれると嬉しいな」

 そう言って殿下は笑顔を向けると、侍従に促されて部屋を出て行ってしまった。

(…え…え…ええええっ?!)

 天敵と二人部屋に残された私だったけれど…私は暫く呆然と殿下が消えていったドアを眺めるしか出来なかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

死にたがり令嬢が笑う日まで。

ふまさ
恋愛
「これだけは、覚えておいてほしい。わたしが心から信用するのも、愛しているのも、カイラだけだ。この先、それだけは、変わることはない」  真剣な表情で言い放つアラスターの隣で、肩を抱かれたカイラは、突然のことに驚いてはいたが、同時に、嬉しそうに頬を緩めていた。二人の目の前に立つニアが、はい、と無表情で呟く。  正直、どうでもよかった。  ニアの望みは、物心ついたころから、たった一つだけだったから。もとより、なにも期待などしてない。  ──ああ。眠るように、穏やかに死ねたらなあ。  吹き抜けの天井を仰ぐ。お腹が、ぐうっとなった。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。

メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい? 「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」 冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。 そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。 自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...