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朝チュン後の顔合わせ
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あの後、私は何とか奴を振り切って寮に帰った。幸いにもその日は休みだったので、私は街に出て避妊薬を買って飲み、何とか最悪の事態を回避する手を打てた、と思う。避妊薬も完璧じゃないから何とも言えないが、昨日の行為が実を結んでいない事を祈るしかなかった。
とにかく、酔っ払いの戯言を真に受けている奴を正気に正さなきゃいけないんだけど…その方法が思いつかなかった。私としてはあの夜の事はなかった事にしたいし、結婚も謹んでお断りしたかった。伯爵夫人なんて柄じゃないし、そんな大層な役目は御免被りたい。それにあんなイケメンの婚約者なんかになったら、彼のファンから刺されそうで怖かった…弟が成人して実家を継ぐまでは死にたくないのだ。
(あ~もう、考えたってどうしようもないわ。それよりも今は仕事よ!)
翌朝、私は考えすぎて寝不足だった。でも、問題が起きようと朝になれば太陽は昇り、仕事の時間はやって来る。プライベートで仕事に支障をきたすのでは社会人失格だ。私は気合を入れるために両手で頬をパンと叩いて職場に向かった。
「…おはようございます」
「やぁ、エリアーヌ嬢、おはよう」
「ミュッセ嬢、おはようございます」
爽やかな朝の空気に負けず爽やかな笑顔で挨拶を返してきたのは、予想通り天敵だった。朝から機嫌がよくて何よりだ。毎日笑顔だけど何がそんなに楽しいのか、不思議でしょうがない…それに、名前呼びとはどういう事だ…
彼の後ろには、彼の副官のジェラール=オブランもいた。黒髪に暗い青色の瞳をした彼は伯爵家の次男で、彼の幼馴染でもあり従者でもあると言う。主席争いの一人だったという意味では、彼も天敵と変わりない。天敵が首席で私が次席、そして彼が三番手が定番だった。そんな彼とは仕事以外の事で話す事は殆どなかった。
私は何事もなかった顔をして、自分の荷物を棚に置いてから席に着いた。昨日は休みだったからか、机の上には書類が何枚か積まれていた。前の職場だったらこれの十倍はあっただろう。そういう意味ではここでの仕事量は前の職場の半分以下だし、残業もほぼなく、それでいて給料は上がっていたので悪くなかった。
奴が何か言い出すんじゃないかとの緊張感の中で書類を片付け始めたけれど、幸いにも奴はオブラン殿と何やら話し込んでいた。ここは職場で私はただの事務要員、言われた仕事をこなすだけ。そう思いながらペンを動かしていると、誰かが入室してきた。視線を向けると騎士団長だった。今日も渋い魅力を放っていて、目の保養になる。
「ああ、ミュッセ嬢、一昨日はすまなかった」
「おはようございます。いえ、お役に立ててよかったです」
「ああ、本当に助かったよ。お陰で申請も通りそうな気がするよ」
「そうですか」
申請内容からしても、書類の出来栄えからしても、あれが通らない理由はないと私は思っていた。
「急な事でお礼が手元にあるワインになってしまってすまなかった」
何と、団長はそんな事を気にされていたとは思わなかった。わざわざそのために来て下さったのだろうか。
「いえ、普段は飲めない高級なワインをありがとうございました」
「あの程度で申し訳なかった」
「いえ、仕事ですので本来ならそのようなお気遣いは不要です。出来れば今後はなしでお願いします」
「しかし…」
「前の職場ではあれくらいの残業は日常茶飯事でしたから。ちゃんと残業代が頂ければそれで十分です」
そう、残業するたびにあんな高そうなワインを出しては割に合わないだろう。第一、仕事なのだから残業代さえ貰えれば文句はない。監査局はどうなっているんだ…と団長が呟いたが、あそこはそういう部署だから、としか言いようがなかった。
その日は奴が何かを言ってくる事もなく、私はホッと胸をなでおろした。一日経ってさすがにあれで結婚するのはどうかと思い止まったのだろう。そう思いたい。いつもよりも疲れを感じたけれど、何も言われなかった事で私の心は朝よりも軽くなっていたのは間違いなかった。
とにかく、酔っ払いの戯言を真に受けている奴を正気に正さなきゃいけないんだけど…その方法が思いつかなかった。私としてはあの夜の事はなかった事にしたいし、結婚も謹んでお断りしたかった。伯爵夫人なんて柄じゃないし、そんな大層な役目は御免被りたい。それにあんなイケメンの婚約者なんかになったら、彼のファンから刺されそうで怖かった…弟が成人して実家を継ぐまでは死にたくないのだ。
(あ~もう、考えたってどうしようもないわ。それよりも今は仕事よ!)
翌朝、私は考えすぎて寝不足だった。でも、問題が起きようと朝になれば太陽は昇り、仕事の時間はやって来る。プライベートで仕事に支障をきたすのでは社会人失格だ。私は気合を入れるために両手で頬をパンと叩いて職場に向かった。
「…おはようございます」
「やぁ、エリアーヌ嬢、おはよう」
「ミュッセ嬢、おはようございます」
爽やかな朝の空気に負けず爽やかな笑顔で挨拶を返してきたのは、予想通り天敵だった。朝から機嫌がよくて何よりだ。毎日笑顔だけど何がそんなに楽しいのか、不思議でしょうがない…それに、名前呼びとはどういう事だ…
彼の後ろには、彼の副官のジェラール=オブランもいた。黒髪に暗い青色の瞳をした彼は伯爵家の次男で、彼の幼馴染でもあり従者でもあると言う。主席争いの一人だったという意味では、彼も天敵と変わりない。天敵が首席で私が次席、そして彼が三番手が定番だった。そんな彼とは仕事以外の事で話す事は殆どなかった。
私は何事もなかった顔をして、自分の荷物を棚に置いてから席に着いた。昨日は休みだったからか、机の上には書類が何枚か積まれていた。前の職場だったらこれの十倍はあっただろう。そういう意味ではここでの仕事量は前の職場の半分以下だし、残業もほぼなく、それでいて給料は上がっていたので悪くなかった。
奴が何か言い出すんじゃないかとの緊張感の中で書類を片付け始めたけれど、幸いにも奴はオブラン殿と何やら話し込んでいた。ここは職場で私はただの事務要員、言われた仕事をこなすだけ。そう思いながらペンを動かしていると、誰かが入室してきた。視線を向けると騎士団長だった。今日も渋い魅力を放っていて、目の保養になる。
「ああ、ミュッセ嬢、一昨日はすまなかった」
「おはようございます。いえ、お役に立ててよかったです」
「ああ、本当に助かったよ。お陰で申請も通りそうな気がするよ」
「そうですか」
申請内容からしても、書類の出来栄えからしても、あれが通らない理由はないと私は思っていた。
「急な事でお礼が手元にあるワインになってしまってすまなかった」
何と、団長はそんな事を気にされていたとは思わなかった。わざわざそのために来て下さったのだろうか。
「いえ、普段は飲めない高級なワインをありがとうございました」
「あの程度で申し訳なかった」
「いえ、仕事ですので本来ならそのようなお気遣いは不要です。出来れば今後はなしでお願いします」
「しかし…」
「前の職場ではあれくらいの残業は日常茶飯事でしたから。ちゃんと残業代が頂ければそれで十分です」
そう、残業するたびにあんな高そうなワインを出しては割に合わないだろう。第一、仕事なのだから残業代さえ貰えれば文句はない。監査局はどうなっているんだ…と団長が呟いたが、あそこはそういう部署だから、としか言いようがなかった。
その日は奴が何かを言ってくる事もなく、私はホッと胸をなでおろした。一日経ってさすがにあれで結婚するのはどうかと思い止まったのだろう。そう思いたい。いつもよりも疲れを感じたけれど、何も言われなかった事で私の心は朝よりも軽くなっていたのは間違いなかった。
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