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【書籍化記念】番外編
雨夜の襲撃~ベルタ
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エリサ様の部屋は離宮の東側の二階で、ラウラの部屋は西側だ。襲撃者が狙っているエリサ様の部屋はバルコニーがあるので、そこから侵入するつもりだろう。幸いラウラの部屋とは反対側になるので気付かれる可能性は低い。それだけは幸いだった。
バルコニーの下の庭とその上の屋根の上、そしてエリサ様の部屋には既に騎士が控えていた。襲撃されるのを前提に作られた建物だから、対策をとるのは容易かった。
もっとも、その事を知っているのは陛下とその側近、そして軍の上層部のほんの一握りだ。襲撃犯はそんなことは知らないだろう。知っていたら襲撃しようとはしないだろうから。
暗闇の中、静かに雨が降り続いていた。雨のせいで襲撃の足音などは聞こえ辛いだろうが、こちらの動きも伝わりにくい。私はエリサ様の部屋に潜んだ。本来なら勝手に入るのは不敬だが、情況が状況だから仕方がない。トール様からは襲撃のことはエリサ様には知られないようにとの厳命が下りていた。エリサ様を不安にさせないためだが、このことがマルダーンに知られないためでもあった。同盟のための婚姻なだけに、些細な瑕疵にも神経質にならざるを得なかった。
動きがあったのは夜半、日付が変わる頃だった。雨は相変わらず静かに降り続き、離宮も侍女たちは既に休み、寝ずの番の護衛の騎士が残っていた。私はエリサ様の部屋で、もう一人の騎士と共に、窓際のカーテンに隠れて彼らが来るのを静かに待っていた。緊張感のせいか眠気が全く起きず、些細な物音も耳が拾った。
ガタガタ……ギィ……
バルコニーに続く大窓が静かに開く音に緊張が走った。バルコニーが広い分侵入しやすく思えるが、実際は屋根の上に騎士が顰めるようになっているので、逃げ出した相手は捕まえやすい。私たちの役目は彼らをバルコニーから逃がすことだった。
入り込んできた影は二つで、全身黒っぽい服で目元以外は隠されていた。一言も喋らず、目だけで合図しているように見える様から、相手は相当な手練れに見えた。図らずも剣を握る手に力が入る。自分の心臓の音が大きく聞こえて、彼らに勘付かれそうな気がした。
彼らは真っすぐにベッドに向かい、無言のまま剣を振り上げると一気にベッド目掛けて振り下ろした。
「……な!」
発した言葉はそれだけだったが、彼らが動揺しているのは伝わってきた。手ごたえのなさにそこにエリサ様がいないと気付いたのだろう。実際、枕とクッションでエリサ様が寝ている様に見せていたのだから。
「どうした?」
「王女がいない!」
「何だと?」
息をひそめて交わされる会話は、雨音でかき消されることはなかったが、その声に聞き覚えがある事に失望した。
「失敗だ! 引け!」
一人がそう叫ぶと、茫然としていたもう一人が我に返ってバルコニーに向かったが、彼らはバルコニーに出て踏みとどまった。
「手を挙げろ!」
バルコニーには既に、屋根から降りていた騎士が彼らが出てくるのを待ち構えていた。
「くそっ!」
行く手を阻まれれば引くしかない。咄嗟に身をひるがえした彼らだったが、二歩も進めなかった。
「そこまでだ」
二人の騎士と共にカーテンの陰から出て、彼らの正面に立った。
「な?!」
「まさか……?!」
「くそっ! 最初から仕組まれたか!」
仕組まれたと言われたが、仕組んだのは向こうで、こちらは迎え撃っただけだ。それも随分とわかりやすい短絡なものだったが。
「ベルタ……」
襲撃犯の一人が私の名を呼んだ。それは先ほどエリサ様の部屋で聞き覚えがあると感じた声だった。
「エリサ様襲撃の現行犯で逮捕する。捕縛しろ!」
「はっ!」
号令と共に騎士たちが彼らに襲い掛かった。彼らは慌てて応戦するも、ここにいるのは精鋭の騎士ばかりだ。いくら手練れで慣れている様に感じても、実力差は圧倒的にこちらが上だった。
「……エッダ……」
捕縛され、顔を覆っている布を取り払って出てきたのは、つい最近言葉を交わした相手だった。他の二人も騎士団のメンバーで顔も名前も知っていた。エッダと一緒にいた豹人と、先王陛下の実子と親しくしていると言われている虎人だった。
「くそっ! 人族の王妃を庇う売国奴め!」
「離せぇ!」
「黙れ! 陛下の御意に反する反逆者め!」
「うるさい! 我々は陛下の御ためにやったのだ!」
騎士に捕らえられた彼らは、それでも抵抗を止めなかったため、最後は獣人用の眠り薬を打たれてようやく静かになった。こうしないと上位種だった場合、大きな被害が出る可能性があるからだ。考えたくないが、竜人だったりしたら鍛えられた騎士でも敵わないので、甚大な被害が出る可能性もあるからだった。
「隊長! 外にも見張り役らしき者一人を捕らえました」
「ご苦労。直ぐに侍女を起こしてエリサ様の部屋の掃除を」
「はっ!」
幸いにもエリサ様の部屋は床が濡れたのとベッドが傷ついただけで済んだ。それでも朝になって戻ってこられる前に元通りにしておかねばならない。怪我人も部屋への被害も殆どなく済んだことに安堵したが、知り合いが犯人だったことに何とも言えない苦いものが胸に広がった。
バルコニーの下の庭とその上の屋根の上、そしてエリサ様の部屋には既に騎士が控えていた。襲撃されるのを前提に作られた建物だから、対策をとるのは容易かった。
もっとも、その事を知っているのは陛下とその側近、そして軍の上層部のほんの一握りだ。襲撃犯はそんなことは知らないだろう。知っていたら襲撃しようとはしないだろうから。
暗闇の中、静かに雨が降り続いていた。雨のせいで襲撃の足音などは聞こえ辛いだろうが、こちらの動きも伝わりにくい。私はエリサ様の部屋に潜んだ。本来なら勝手に入るのは不敬だが、情況が状況だから仕方がない。トール様からは襲撃のことはエリサ様には知られないようにとの厳命が下りていた。エリサ様を不安にさせないためだが、このことがマルダーンに知られないためでもあった。同盟のための婚姻なだけに、些細な瑕疵にも神経質にならざるを得なかった。
動きがあったのは夜半、日付が変わる頃だった。雨は相変わらず静かに降り続き、離宮も侍女たちは既に休み、寝ずの番の護衛の騎士が残っていた。私はエリサ様の部屋で、もう一人の騎士と共に、窓際のカーテンに隠れて彼らが来るのを静かに待っていた。緊張感のせいか眠気が全く起きず、些細な物音も耳が拾った。
ガタガタ……ギィ……
バルコニーに続く大窓が静かに開く音に緊張が走った。バルコニーが広い分侵入しやすく思えるが、実際は屋根の上に騎士が顰めるようになっているので、逃げ出した相手は捕まえやすい。私たちの役目は彼らをバルコニーから逃がすことだった。
入り込んできた影は二つで、全身黒っぽい服で目元以外は隠されていた。一言も喋らず、目だけで合図しているように見える様から、相手は相当な手練れに見えた。図らずも剣を握る手に力が入る。自分の心臓の音が大きく聞こえて、彼らに勘付かれそうな気がした。
彼らは真っすぐにベッドに向かい、無言のまま剣を振り上げると一気にベッド目掛けて振り下ろした。
「……な!」
発した言葉はそれだけだったが、彼らが動揺しているのは伝わってきた。手ごたえのなさにそこにエリサ様がいないと気付いたのだろう。実際、枕とクッションでエリサ様が寝ている様に見せていたのだから。
「どうした?」
「王女がいない!」
「何だと?」
息をひそめて交わされる会話は、雨音でかき消されることはなかったが、その声に聞き覚えがある事に失望した。
「失敗だ! 引け!」
一人がそう叫ぶと、茫然としていたもう一人が我に返ってバルコニーに向かったが、彼らはバルコニーに出て踏みとどまった。
「手を挙げろ!」
バルコニーには既に、屋根から降りていた騎士が彼らが出てくるのを待ち構えていた。
「くそっ!」
行く手を阻まれれば引くしかない。咄嗟に身をひるがえした彼らだったが、二歩も進めなかった。
「そこまでだ」
二人の騎士と共にカーテンの陰から出て、彼らの正面に立った。
「な?!」
「まさか……?!」
「くそっ! 最初から仕組まれたか!」
仕組まれたと言われたが、仕組んだのは向こうで、こちらは迎え撃っただけだ。それも随分とわかりやすい短絡なものだったが。
「ベルタ……」
襲撃犯の一人が私の名を呼んだ。それは先ほどエリサ様の部屋で聞き覚えがあると感じた声だった。
「エリサ様襲撃の現行犯で逮捕する。捕縛しろ!」
「はっ!」
号令と共に騎士たちが彼らに襲い掛かった。彼らは慌てて応戦するも、ここにいるのは精鋭の騎士ばかりだ。いくら手練れで慣れている様に感じても、実力差は圧倒的にこちらが上だった。
「……エッダ……」
捕縛され、顔を覆っている布を取り払って出てきたのは、つい最近言葉を交わした相手だった。他の二人も騎士団のメンバーで顔も名前も知っていた。エッダと一緒にいた豹人と、先王陛下の実子と親しくしていると言われている虎人だった。
「くそっ! 人族の王妃を庇う売国奴め!」
「離せぇ!」
「黙れ! 陛下の御意に反する反逆者め!」
「うるさい! 我々は陛下の御ためにやったのだ!」
騎士に捕らえられた彼らは、それでも抵抗を止めなかったため、最後は獣人用の眠り薬を打たれてようやく静かになった。こうしないと上位種だった場合、大きな被害が出る可能性があるからだ。考えたくないが、竜人だったりしたら鍛えられた騎士でも敵わないので、甚大な被害が出る可能性もあるからだった。
「隊長! 外にも見張り役らしき者一人を捕らえました」
「ご苦労。直ぐに侍女を起こしてエリサ様の部屋の掃除を」
「はっ!」
幸いにもエリサ様の部屋は床が濡れたのとベッドが傷ついただけで済んだ。それでも朝になって戻ってこられる前に元通りにしておかねばならない。怪我人も部屋への被害も殆どなく済んだことに安堵したが、知り合いが犯人だったことに何とも言えない苦いものが胸に広がった。
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