83 / 85
【書籍化記念】番外編
雨夜の襲撃~ベルタ
しおりを挟む
エリサ様の部屋は離宮の東側の二階で、ラウラの部屋は西側だ。襲撃者が狙っているエリサ様の部屋はバルコニーがあるので、そこから侵入するつもりだろう。幸いラウラの部屋とは反対側になるので気付かれる可能性は低い。それだけは幸いだった。
バルコニーの下の庭とその上の屋根の上、そしてエリサ様の部屋には既に騎士が控えていた。襲撃されるのを前提に作られた建物だから、対策をとるのは容易かった。
もっとも、その事を知っているのは陛下とその側近、そして軍の上層部のほんの一握りだ。襲撃犯はそんなことは知らないだろう。知っていたら襲撃しようとはしないだろうから。
暗闇の中、静かに雨が降り続いていた。雨のせいで襲撃の足音などは聞こえ辛いだろうが、こちらの動きも伝わりにくい。私はエリサ様の部屋に潜んだ。本来なら勝手に入るのは不敬だが、情況が状況だから仕方がない。トール様からは襲撃のことはエリサ様には知られないようにとの厳命が下りていた。エリサ様を不安にさせないためだが、このことがマルダーンに知られないためでもあった。同盟のための婚姻なだけに、些細な瑕疵にも神経質にならざるを得なかった。
動きがあったのは夜半、日付が変わる頃だった。雨は相変わらず静かに降り続き、離宮も侍女たちは既に休み、寝ずの番の護衛の騎士が残っていた。私はエリサ様の部屋で、もう一人の騎士と共に、窓際のカーテンに隠れて彼らが来るのを静かに待っていた。緊張感のせいか眠気が全く起きず、些細な物音も耳が拾った。
ガタガタ……ギィ……
バルコニーに続く大窓が静かに開く音に緊張が走った。バルコニーが広い分侵入しやすく思えるが、実際は屋根の上に騎士が顰めるようになっているので、逃げ出した相手は捕まえやすい。私たちの役目は彼らをバルコニーから逃がすことだった。
入り込んできた影は二つで、全身黒っぽい服で目元以外は隠されていた。一言も喋らず、目だけで合図しているように見える様から、相手は相当な手練れに見えた。図らずも剣を握る手に力が入る。自分の心臓の音が大きく聞こえて、彼らに勘付かれそうな気がした。
彼らは真っすぐにベッドに向かい、無言のまま剣を振り上げると一気にベッド目掛けて振り下ろした。
「……な!」
発した言葉はそれだけだったが、彼らが動揺しているのは伝わってきた。手ごたえのなさにそこにエリサ様がいないと気付いたのだろう。実際、枕とクッションでエリサ様が寝ている様に見せていたのだから。
「どうした?」
「王女がいない!」
「何だと?」
息をひそめて交わされる会話は、雨音でかき消されることはなかったが、その声に聞き覚えがある事に失望した。
「失敗だ! 引け!」
一人がそう叫ぶと、茫然としていたもう一人が我に返ってバルコニーに向かったが、彼らはバルコニーに出て踏みとどまった。
「手を挙げろ!」
バルコニーには既に、屋根から降りていた騎士が彼らが出てくるのを待ち構えていた。
「くそっ!」
行く手を阻まれれば引くしかない。咄嗟に身をひるがえした彼らだったが、二歩も進めなかった。
「そこまでだ」
二人の騎士と共にカーテンの陰から出て、彼らの正面に立った。
「な?!」
「まさか……?!」
「くそっ! 最初から仕組まれたか!」
仕組まれたと言われたが、仕組んだのは向こうで、こちらは迎え撃っただけだ。それも随分とわかりやすい短絡なものだったが。
「ベルタ……」
襲撃犯の一人が私の名を呼んだ。それは先ほどエリサ様の部屋で聞き覚えがあると感じた声だった。
「エリサ様襲撃の現行犯で逮捕する。捕縛しろ!」
「はっ!」
号令と共に騎士たちが彼らに襲い掛かった。彼らは慌てて応戦するも、ここにいるのは精鋭の騎士ばかりだ。いくら手練れで慣れている様に感じても、実力差は圧倒的にこちらが上だった。
「……エッダ……」
捕縛され、顔を覆っている布を取り払って出てきたのは、つい最近言葉を交わした相手だった。他の二人も騎士団のメンバーで顔も名前も知っていた。エッダと一緒にいた豹人と、先王陛下の実子と親しくしていると言われている虎人だった。
「くそっ! 人族の王妃を庇う売国奴め!」
「離せぇ!」
「黙れ! 陛下の御意に反する反逆者め!」
「うるさい! 我々は陛下の御ためにやったのだ!」
騎士に捕らえられた彼らは、それでも抵抗を止めなかったため、最後は獣人用の眠り薬を打たれてようやく静かになった。こうしないと上位種だった場合、大きな被害が出る可能性があるからだ。考えたくないが、竜人だったりしたら鍛えられた騎士でも敵わないので、甚大な被害が出る可能性もあるからだった。
「隊長! 外にも見張り役らしき者一人を捕らえました」
「ご苦労。直ぐに侍女を起こしてエリサ様の部屋の掃除を」
「はっ!」
幸いにもエリサ様の部屋は床が濡れたのとベッドが傷ついただけで済んだ。それでも朝になって戻ってこられる前に元通りにしておかねばならない。怪我人も部屋への被害も殆どなく済んだことに安堵したが、知り合いが犯人だったことに何とも言えない苦いものが胸に広がった。
バルコニーの下の庭とその上の屋根の上、そしてエリサ様の部屋には既に騎士が控えていた。襲撃されるのを前提に作られた建物だから、対策をとるのは容易かった。
もっとも、その事を知っているのは陛下とその側近、そして軍の上層部のほんの一握りだ。襲撃犯はそんなことは知らないだろう。知っていたら襲撃しようとはしないだろうから。
暗闇の中、静かに雨が降り続いていた。雨のせいで襲撃の足音などは聞こえ辛いだろうが、こちらの動きも伝わりにくい。私はエリサ様の部屋に潜んだ。本来なら勝手に入るのは不敬だが、情況が状況だから仕方がない。トール様からは襲撃のことはエリサ様には知られないようにとの厳命が下りていた。エリサ様を不安にさせないためだが、このことがマルダーンに知られないためでもあった。同盟のための婚姻なだけに、些細な瑕疵にも神経質にならざるを得なかった。
動きがあったのは夜半、日付が変わる頃だった。雨は相変わらず静かに降り続き、離宮も侍女たちは既に休み、寝ずの番の護衛の騎士が残っていた。私はエリサ様の部屋で、もう一人の騎士と共に、窓際のカーテンに隠れて彼らが来るのを静かに待っていた。緊張感のせいか眠気が全く起きず、些細な物音も耳が拾った。
ガタガタ……ギィ……
バルコニーに続く大窓が静かに開く音に緊張が走った。バルコニーが広い分侵入しやすく思えるが、実際は屋根の上に騎士が顰めるようになっているので、逃げ出した相手は捕まえやすい。私たちの役目は彼らをバルコニーから逃がすことだった。
入り込んできた影は二つで、全身黒っぽい服で目元以外は隠されていた。一言も喋らず、目だけで合図しているように見える様から、相手は相当な手練れに見えた。図らずも剣を握る手に力が入る。自分の心臓の音が大きく聞こえて、彼らに勘付かれそうな気がした。
彼らは真っすぐにベッドに向かい、無言のまま剣を振り上げると一気にベッド目掛けて振り下ろした。
「……な!」
発した言葉はそれだけだったが、彼らが動揺しているのは伝わってきた。手ごたえのなさにそこにエリサ様がいないと気付いたのだろう。実際、枕とクッションでエリサ様が寝ている様に見せていたのだから。
「どうした?」
「王女がいない!」
「何だと?」
息をひそめて交わされる会話は、雨音でかき消されることはなかったが、その声に聞き覚えがある事に失望した。
「失敗だ! 引け!」
一人がそう叫ぶと、茫然としていたもう一人が我に返ってバルコニーに向かったが、彼らはバルコニーに出て踏みとどまった。
「手を挙げろ!」
バルコニーには既に、屋根から降りていた騎士が彼らが出てくるのを待ち構えていた。
「くそっ!」
行く手を阻まれれば引くしかない。咄嗟に身をひるがえした彼らだったが、二歩も進めなかった。
「そこまでだ」
二人の騎士と共にカーテンの陰から出て、彼らの正面に立った。
「な?!」
「まさか……?!」
「くそっ! 最初から仕組まれたか!」
仕組まれたと言われたが、仕組んだのは向こうで、こちらは迎え撃っただけだ。それも随分とわかりやすい短絡なものだったが。
「ベルタ……」
襲撃犯の一人が私の名を呼んだ。それは先ほどエリサ様の部屋で聞き覚えがあると感じた声だった。
「エリサ様襲撃の現行犯で逮捕する。捕縛しろ!」
「はっ!」
号令と共に騎士たちが彼らに襲い掛かった。彼らは慌てて応戦するも、ここにいるのは精鋭の騎士ばかりだ。いくら手練れで慣れている様に感じても、実力差は圧倒的にこちらが上だった。
「……エッダ……」
捕縛され、顔を覆っている布を取り払って出てきたのは、つい最近言葉を交わした相手だった。他の二人も騎士団のメンバーで顔も名前も知っていた。エッダと一緒にいた豹人と、先王陛下の実子と親しくしていると言われている虎人だった。
「くそっ! 人族の王妃を庇う売国奴め!」
「離せぇ!」
「黙れ! 陛下の御意に反する反逆者め!」
「うるさい! 我々は陛下の御ためにやったのだ!」
騎士に捕らえられた彼らは、それでも抵抗を止めなかったため、最後は獣人用の眠り薬を打たれてようやく静かになった。こうしないと上位種だった場合、大きな被害が出る可能性があるからだ。考えたくないが、竜人だったりしたら鍛えられた騎士でも敵わないので、甚大な被害が出る可能性もあるからだった。
「隊長! 外にも見張り役らしき者一人を捕らえました」
「ご苦労。直ぐに侍女を起こしてエリサ様の部屋の掃除を」
「はっ!」
幸いにもエリサ様の部屋は床が濡れたのとベッドが傷ついただけで済んだ。それでも朝になって戻ってこられる前に元通りにしておかねばならない。怪我人も部屋への被害も殆どなく済んだことに安堵したが、知り合いが犯人だったことに何とも言えない苦いものが胸に広がった。
55
お気に入りに追加
9,188
あなたにおすすめの小説
獣人国王の婚約者様
棚から現ナマ
恋愛
伯爵令嬢のアイラは国主催のレセプションパーティーに強制的に参加させられる。そこで主賓である獣人の国王ウエンツと目が合った瞬間に拉致されてしまう。それからは国王の婚約者として扱われるのだが、アイラは自分の立場は国王がこの国に滞在している間だけの接待係(夜伽を含む)なのだということを知っている。この国から国王が出て行く時に捨てられるのだと……。一方国王は、番(つがい)が見つかり浮かれていた。ちゃんと周りの者達にはアイラのことを婚約者だと公言している。それなのに誰も信じてはいなかった。アイラ本人ですら自分は捨てられるのだと思い込んでいた。なぜだ!? すれ違ってしまった二人が両想いになるまでのパッビーエンドなお話。
『完結』番に捧げる愛の詩
灰銀猫
恋愛
番至上主義の獣人ラヴィと、無残に終わった初恋を引きずる人族のルジェク。
ルジェクを番と認識し、日々愛を乞うラヴィに、ルジェクの答えは常に「否」だった。
そんなルジェクはある日、血を吐き倒れてしまう。
番を失えば狂死か衰弱死する運命の獣人の少女と、余命僅かな人族の、短い恋のお話。
以前書いた物で完結済み、3万文字未満の短編です。
ハッピーエンドではありませんので、苦手な方はお控えください。
これまでの作風とは違います。
他サイトでも掲載しています。
異世界で狼に捕まりました。〜シングルマザーになったけど、子供たちが可愛いので幸せです〜
雪成
恋愛
そういえば、昔から男運が悪かった。
モラハラ彼氏から精神的に痛めつけられて、ちょっとだけ現実逃避したかっただけなんだ。現実逃避……のはずなのに、気付けばそこは獣人ありのファンタジーな異世界。
よくわからないけどモラハラ男からの解放万歳!むしろ戻るもんかと新たな世界で生き直すことを決めた私は、美形の狼獣人と恋に落ちた。
ーーなのに、信じていた相手の男が消えた‼︎ 身元も仕事も全部嘘⁉︎ しかもちょっと待って、私、彼の子を妊娠したかもしれない……。
まさか異世界転移した先で、また男で痛い目を見るとは思わなかった。
※不快に思う描写があるかもしれませんので、閲覧は自己責任でお願いします。
※『小説家になろう』にも掲載しています。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
くたばれ番
あいうえお
恋愛
17歳の少女「あかり」は突然異世界に召喚された上に、竜帝陛下の番認定されてしまう。
「元の世界に返して……!」あかりの悲痛な叫びは周りには届かない。
これはあかりが元の世界に帰ろうと精一杯頑張るお話。
────────────────────────
主人公は精神的に少し幼いところがございますが成長を楽しんでいただきたいです
不定期更新
【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る
紺
恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。
父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。
5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。
基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
王命で泣く泣く番と決められ、婚姻後すぐに捨てられました。
ゆうぎり
恋愛
獣人の女の子は夢に見るのです。
自分を見つけ探し出してくれる番が現れるのを。
獣人王国の27歳の王太子が番探しを諦めました。
15歳の私は、まだ番に見つけてもらえる段階ではありませんでした。
しかし、王命で輿入れが決まりました。
泣く泣く運命の番を諦めたのです。
それなのに、それなのに……あんまりです。
※ゆるゆる設定です。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。