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【書籍化記念】番外編
襲撃計画と侍女の発熱~ベルタ
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それから五日ほど経ったある日、私はルーベルト兄さんに呼ばれた。
「どうしたんだ、兄さん?」
「職務中だぞ、ベルタ」
「……っ! 失礼しました、ルーベルト隊長」
ルーベルト兄さんはレイフ兄さんと違って真面目で固い。お陰で仕事中に兄さんと呼ぶとあの怖い顔で一瞥されるのだ。兄さんがその外見に反して凄く優しいのは知っているけれど、こんな時の兄さんはちょっとだけ怖い、と感じる。
「影からの報告だ。どうやらエリサ様を襲撃しようと目論んでいる者たちがいる」
「エリサ様を?」
「ああ。既に密偵が監視しているが、どこまで協力者がいるかわからん。念のためにベルタも注意してくれ」
「はっ」
「離宮の警備の数も倍にした。だが、王女殿下には知られぬように気を付けてくれ」
「畏まりました」
陛下ですら時折暗殺者が現れるのだ。仇敵マルダーンの王女ともなれば、一層その手の輩の数は増えるだろう。国内だけでなく国外の間者がエリサ様を狙っているのだから。
「陛下は未だに番探しの旅に出られている。我らだけで何としても王女殿下をお守りせねばならない」
「陛下が……」
そう言えば、十日ほど前に王宮を発たれたばかりだ。大抵一月くらい留守にされるから、今回もお戻りになるのはもう少し先だろう。そうなれば私たちの責任は一層重大だ。陛下の御ためにもエリサ様をお守りせねば。
「それと、エリサ様の侍女が熱を出して寝込んだそうだ」
「侍女って、ラウラが?」
透き通った水色の侍女の姿が目に浮かんだ。いつもエリサ様の側でまめまめしく世話を焼いている彼女は、とても頑張り屋だった。
「ああ。今日はユリア嬢の授業は中止にしたいと連絡があった」
「そうですか」
だったらお見舞いがてら様子を見に行った方がいいだろう。まだこの国に慣れていないし、何か困っているかもしれない。そう思った私はルーベルト兄さんと別れた後、王宮の中にある店に寄って、ネネリという果物を幾つか買った。これは我が国では熱が出た時に食べる定番の果物だ。甘くて酸味がなく、とても瑞々しいので、熱がある時でも食べやすい。私はよくジュースにして飲ませて貰っていた。これなら食欲がなくても喉を通るだろう。
店を出て離宮に向かう途中で、今度はケヴィン様に呼び止められた。相変わらず冷たい印象が強いけれど、ユリアの縁者だと思うと今までにない親しみを感じた。それくらいユリアとも打ち解けてきたのだろう。エリサ様とはまだそこまでではないが、いずれは信用を得たいと思う。そう思わせるくらいエリサ様は正直で心根の優しい方だった。
「ベルタ、すみませんがこれをエリサ様にお渡しください」
「エリサ様に? これは?」
「熱さましの薬です。エリサ様が侍女のためにと望まれたのですが、獣人の薬は人族には効き過ぎますからね。トール様が私に手配を命じられたのです」
「そうでしたか」
確かに獣人の薬は人族には強すぎるだろう。獣人は上位種になればなるほど薬への耐性が強く、効きにくくなる。だから人族が獣人の薬を飲むと効き過ぎて体調を崩してしまうのだ。
「量はこの紙に書いてありますので、くれぐれも間違えないようにとお伝えください」
「わかりました」
ネネリの実と受け取った薬を大事に抱えて、私は離宮に向かった。
離宮に付くとエリサ様はラウラの部屋で、自らラウラの世話をしていた。こういうことは侍女に任せるものだろうと驚いたが、それは言わなかった。二人がとても強い絆で結ばれていることは、初めて会った時から感じていたからだ。
「エリサ様、これをケヴィン様から預かってきました」
「ありがとうございます。これは……」
「人族用の熱さましの薬です。量を間違えないようにお気を付けくださいと、ケヴィン様が」
「そうなのね。ありがとうございます。ラウラの熱が中々下がらなくって……」
薬を手にエリサ様が不安げな表情でラウラを見つめていた。聞けば私だって熱が出れば不安になるのだから、異国で病にかかるのは確かに不安だろう。
「あと、これはネネリの実といって、ラルセンでは熱が出た時などによく食べる果物です。すり下ろしたり、ジュースにしたりしても美味しいんです」
「まぁ、そうなんですね。ありがとうございます」
嬉しそうにネネリの実を受け取ったエリサ様が、満面の笑顔を浮かべた。きっとご自身が貰ってもここまでの笑顔にはならないだろうな、と思った。きっとラウラのための物だったからこんなに喜ばれたのだろう。ご自身よりもラウラを大事に思われるエリサ様は、とてもあのマルダーンの王女とは思えなかった。
「どうしたんだ、兄さん?」
「職務中だぞ、ベルタ」
「……っ! 失礼しました、ルーベルト隊長」
ルーベルト兄さんはレイフ兄さんと違って真面目で固い。お陰で仕事中に兄さんと呼ぶとあの怖い顔で一瞥されるのだ。兄さんがその外見に反して凄く優しいのは知っているけれど、こんな時の兄さんはちょっとだけ怖い、と感じる。
「影からの報告だ。どうやらエリサ様を襲撃しようと目論んでいる者たちがいる」
「エリサ様を?」
「ああ。既に密偵が監視しているが、どこまで協力者がいるかわからん。念のためにベルタも注意してくれ」
「はっ」
「離宮の警備の数も倍にした。だが、王女殿下には知られぬように気を付けてくれ」
「畏まりました」
陛下ですら時折暗殺者が現れるのだ。仇敵マルダーンの王女ともなれば、一層その手の輩の数は増えるだろう。国内だけでなく国外の間者がエリサ様を狙っているのだから。
「陛下は未だに番探しの旅に出られている。我らだけで何としても王女殿下をお守りせねばならない」
「陛下が……」
そう言えば、十日ほど前に王宮を発たれたばかりだ。大抵一月くらい留守にされるから、今回もお戻りになるのはもう少し先だろう。そうなれば私たちの責任は一層重大だ。陛下の御ためにもエリサ様をお守りせねば。
「それと、エリサ様の侍女が熱を出して寝込んだそうだ」
「侍女って、ラウラが?」
透き通った水色の侍女の姿が目に浮かんだ。いつもエリサ様の側でまめまめしく世話を焼いている彼女は、とても頑張り屋だった。
「ああ。今日はユリア嬢の授業は中止にしたいと連絡があった」
「そうですか」
だったらお見舞いがてら様子を見に行った方がいいだろう。まだこの国に慣れていないし、何か困っているかもしれない。そう思った私はルーベルト兄さんと別れた後、王宮の中にある店に寄って、ネネリという果物を幾つか買った。これは我が国では熱が出た時に食べる定番の果物だ。甘くて酸味がなく、とても瑞々しいので、熱がある時でも食べやすい。私はよくジュースにして飲ませて貰っていた。これなら食欲がなくても喉を通るだろう。
店を出て離宮に向かう途中で、今度はケヴィン様に呼び止められた。相変わらず冷たい印象が強いけれど、ユリアの縁者だと思うと今までにない親しみを感じた。それくらいユリアとも打ち解けてきたのだろう。エリサ様とはまだそこまでではないが、いずれは信用を得たいと思う。そう思わせるくらいエリサ様は正直で心根の優しい方だった。
「ベルタ、すみませんがこれをエリサ様にお渡しください」
「エリサ様に? これは?」
「熱さましの薬です。エリサ様が侍女のためにと望まれたのですが、獣人の薬は人族には効き過ぎますからね。トール様が私に手配を命じられたのです」
「そうでしたか」
確かに獣人の薬は人族には強すぎるだろう。獣人は上位種になればなるほど薬への耐性が強く、効きにくくなる。だから人族が獣人の薬を飲むと効き過ぎて体調を崩してしまうのだ。
「量はこの紙に書いてありますので、くれぐれも間違えないようにとお伝えください」
「わかりました」
ネネリの実と受け取った薬を大事に抱えて、私は離宮に向かった。
離宮に付くとエリサ様はラウラの部屋で、自らラウラの世話をしていた。こういうことは侍女に任せるものだろうと驚いたが、それは言わなかった。二人がとても強い絆で結ばれていることは、初めて会った時から感じていたからだ。
「エリサ様、これをケヴィン様から預かってきました」
「ありがとうございます。これは……」
「人族用の熱さましの薬です。量を間違えないようにお気を付けくださいと、ケヴィン様が」
「そうなのね。ありがとうございます。ラウラの熱が中々下がらなくって……」
薬を手にエリサ様が不安げな表情でラウラを見つめていた。聞けば私だって熱が出れば不安になるのだから、異国で病にかかるのは確かに不安だろう。
「あと、これはネネリの実といって、ラルセンでは熱が出た時などによく食べる果物です。すり下ろしたり、ジュースにしたりしても美味しいんです」
「まぁ、そうなんですね。ありがとうございます」
嬉しそうにネネリの実を受け取ったエリサ様が、満面の笑顔を浮かべた。きっとご自身が貰ってもここまでの笑顔にはならないだろうな、と思った。きっとラウラのための物だったからこんなに喜ばれたのだろう。ご自身よりもラウラを大事に思われるエリサ様は、とてもあのマルダーンの王女とは思えなかった。
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