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番外編

番外編⑤ レイフ様の溺愛

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 ラウラの結婚式まであと三月です。私はまだ怠くて起き上がれない日もありますが、それでも体調がいい日には短時間ですが女子会が出来る日も出てきました。今日は久しぶりに気分がよかったので、ベルタさんやユリア先生とお茶をしていました。

「ったく、腹立つ――!!!」

部屋に入ってくるなり叫んだのは、私の家族であり姉であり侍女でもあるラウラでした。今日はレイフ様に差し入れを持って行った筈でしたが…どうしたのでしょうか?普段はあまり感情のまま大声を出す事はないのですが…何かあったようです。

「ど、どうしたの、ラウラ?」
「何かあった?もしかしてあのバカ兄貴が…」
「嫌な事はハッキリ言わないとダメよ」

 ベルタさん達もラウラの性格をよくわかってくれているので、ラウラが珍しく乱暴な言葉使いをしても諫める事はありません。それどころか、よほどの事が起きたのかと心配しています。

「とりあえずお茶でも飲んで落ち着いて?」
「あ、ありがとうございます」

 ベルタさんが差し出したお茶を一気に飲み干したラウラは、はぁと大きく息を吐きました。どうやら少し落ち着いたようです。

「それで、何があったのかしら?」

 頃合いを見てユリア先生が尋ねると、ラウラは腹を立てている理由を教えてくれました。

 事の発端は…レイフ様のファンからの嫌がらせでした。レイフ様はああ見えて男女関係なく人気があります。見た目は爽やかなイケメンですし、気さくで偉ぶらないので、女性からは当然異性としてですが、男性からは頼りがいのある兄貴分として、憧れの騎士として大人気なのです。
 ラウラの前では甘過ぎるほど甘く、溶けた砂糖菓子のようになってしまいますが…実情を知らない方達からは硬派でかっこいい騎士という評価です。

 そんな人気者のレイフ様に番が見つかったというニュースは、ヴァルに番が見つかったのと同じレベルで騒ぎになりました。噂ではそのニュースが広がった直後、騎士団ではショックを受けて欠勤する人が続出したのだとか…
 しかし、その番が種族的には最下位の人族というのが気に入らない、という人が多いのもまた確かで。意外な事に、下位種や人族ほどその傾向が強いそうです。多分上位種は番を理解しているからでしょう。
 それを言ったら国王の番の私も人族では?と思うのですが…何と言いますか、竜人は近寄りがたいオーラが出ているとかで雲の上の存在過ぎるらしく、ファンの対象にはならないらしいです。

 まぁ、そういう理由で、非常に稀ではありますが、レイフ様の番になったラウラへ嫌がらせする人がいるのです。ラウラがマルダーン出身で平民なのもあるでしょう。元よりラルセンでは、獣人差別の強いマルダーンへの風当たりは他のどの国よりも強いのですから。

「今度は何だったの?」
「それが…」

 ラウラへの嫌がらせは、陰口やすれ違いざまの嫌味や舌打ちなど、割としょうもない事が殆どです。いくら反感を持っても狼人のレイフ様最愛の番となれば、手を出すなどレイフ様の逆鱗に触れると理解しているからです。特に獣人は上位種を本能で恐れますが、それは番相手でも同じです。レイフ様は毎朝ラウラの元を訪れて、マーキングと言う匂い付けをしているので尚更です。

 しかし今回は違いました。なんと、直接ラウラに嫌味を言いに行った強者がいた様です。どうやらそれは人族のようで、複数人だったとか。彼女たちは獣人の匂いやオーラを感じないので、感情をそのままラウラにぶつけたのでしょう。

「それはまた…命知らずな事を…」
「兄貴が問題起こさなきゃいいんだけど…」

 ユリア先生が呆れたように呟き、ベルタさんが頭を抱えました。兄を脳筋と呼ぶベルタさんですが、その傾向はラウラが絡むと一層強くなるからです。

「ラウラ!」

 困ったと言いながらも、ラウラよりも嫌がらせをした人族の行く末を案じていた私達の元に飛び込んできたのは、今まさに話題の主でもあるレイフ様でした。息を切らしているところから、走ってきたようです。

「レイフ様?」
「兄さん!いきなり押しかけてくるなんてエリサ様に失礼だよ!陛下の逆鱗に触れたいの?」

 飛び込んできたレイフ様を鋭く制したのはベルタさんでした。そうなのです、ヴァルの正式な番になってからは怠くてベッドの上で過ごす事が増え、起きていても楽な服装でいる事が多い私の部屋は、最近は一層厳重な警備が敷かれています。以前は側近の方も時々訪れていましたが…最近はヴァルに気を使ってか、男性が近づく事は滅多に…いえ、皆無です。

「あ…す、すみません。でも、ラウラが嫌がらせされたって聞いて…」
「それなら大した事なかったから大丈夫ですよ」

 ラウラも彼女たちのそれが負け犬の遠吠えだとわかっているので、怒りを発散させた後はケロッとしています。そんなラウラの切り替えの早さは彼女の強さでもありますわね。
 でも、レイフ様は心配で、かえって放っておけないのだとか。そうしている間にも出迎えたラウラをそっと抱きしめ、ラウラの匂いを吸い込んでうっとりした表情を浮かべているレイフ様。ベルタさんはうんざりした表情を隠しもしません。
 でも、気持ちはわかりますわ…そう言う事は二人きりの時にお願いしたいです。

「いいや、そう言うわけにはいかない。ラウラの今後の安全のためにも、あいつらは首にしてきたから」
「はぁ?く、首って…」

 いきなり退職だなんて…それは職権乱用ではないでしょうか…いくらレイフ様が騎士団の重職とは言え、少々やり過ぎな気がしますが…

「仕事もろくにしないくせに、ラウラに嫌がらせしたんだ。当然だろう?」
「で、でも…」

 戸惑うラウラに対して、レイフ様は欠片も動じません。色々振り切っているのは確かです。ラウラに関してだけですが。

「あ~もしかして第一騎士団の事務補佐の女性達?」
「ああ」
「それじゃ、気にしなくていいよ、ラウラ」
「ええっ?でも…」
「彼女ら、他でも色々やらかしているから。だから問題ないよ」

 ベルタさんがお茶を飲みながら、助け船と言わんばかりにそう言いました。ベルタさんの話では、ラウラに文句を言いに行ったと思われる人族の女性達は、仕事そっちのけで色んな女性に嫌がらせをしていたようです。それならまぁ、仕方ないのでしょうね。仕事そっちのけでそんな事をされても困りますし。

「ああそれと、今からドレスを見に行かないか?」

 嫌がらせの事はレイフ様の中ではもう解決済みなのでしょう。レイフ様は今度は目元を和らげてラウラにそう告げました。ええもう、レイフ様の周りの空間がピンク色に見えそうなほどに、ラウラに向ける笑みが甘いです。ヴァルも甘いですが…レイフ様も負けてはいませんわね。

「え?ドレスって…」
「デザイン画が出来たから見に来て欲しいって、さっき連絡がきた」
「ええ?出来たんですか?」

 二人の結婚式の準備は、殆どレイフ様が手配し終えて、今は人気の店で劇混みなために制作に時間がかかっているウエディングドレスを残すのみです。時間がかかると聞いていましたが…やっとデザイン画が出来たみたいですね。まぁ、まだ三月もあるので焦る必要はないと思いますが。

「いってらっしゃい、ラウラ」
「でも…」
「今日はベルタさん達がいて下さるから大丈夫よ」
「そ、そうですか…」
「ありがとうございます、エリサ様」

 まだ勤務中だからと遠慮するラウラですが、こんな時は直ぐに見に行きたいでしょう。幸い今日は何も用事はありませんし、私の体調も安定しています。それに…こんな時に引き留めるなんて野暮な事は出来ませんわ。
 レイフ様は頭を下げて嬉しそうにお礼を言いました。彼もラウラのドレスを早く見たいのでしょうね。

「では…エリサ様、いってきます」
「ええ、いってらっしゃい」

 甘い空気を纏った二人の後姿が見えなくなると、ベルタさんが大きくため息を付きました。

「全く…兄貴の頭ん中がずっと花畑だ…」
「そりゃあ狼人ですもの。番の事となれば仕方ないわ」
「はぁ…ラウラまで毒されて…バカップルになっちゃったよ…」
「いいじゃない、仲睦まじくて。ラウラもまんざらでもないみたいだし」

 嘆くベルタさんをユリア先生が慰めていましたが…確かにあの二人はバカップルと周りには言われています。レイフ様の行動が大きい要因ではありますが、ラウラもなんていうか…最初は恥ずかしがっていたのに、最近はあまり気にしなくなっています。
 まぁ、上位種の獣人相手だと自ずとそうなってくるらしいのですが…彼らは甘い空気が特に強いのですよね。時と場所を構わずレイフ様がいちゃつこうとするので、周りにしてみれば目のやり場に困るでしょうし、独り者にとっては目の毒でしょう。
 レイフ様にしてみれば、これだけ人前で溺愛していればラウラに手を出す者は出てこないとお考えのようですが…一方でそれで反感を買っている事もあるのです。今回の人族の方たちも、そんな彼らのバカップルぶりに毒されたのかもしれませんね。

「でもまぁ、仲がいいのはいい事よね」
「触らぬバカップルに祟りなし、ですわね…」

 ラウラの結婚式まであと三月。今日も王宮は平和です。
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