番が見つかったら即離婚! 王女は自由な平民に憧れる

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
70 / 85
番外編

番外編⑤ レイフ様の溺愛

しおりを挟む
 ラウラの結婚式まであと三月です。私はまだ怠くて起き上がれない日もありますが、それでも体調がいい日には短時間ですが女子会が出来る日も出てきました。今日は久しぶりに気分がよかったので、ベルタさんやユリア先生とお茶をしていました。

「ったく、腹立つ――!!!」

部屋に入ってくるなり叫んだのは、私の家族であり姉であり侍女でもあるラウラでした。今日はレイフ様に差し入れを持って行った筈でしたが…どうしたのでしょうか?普段はあまり感情のまま大声を出す事はないのですが…何かあったようです。

「ど、どうしたの、ラウラ?」
「何かあった?もしかしてあのバカ兄貴が…」
「嫌な事はハッキリ言わないとダメよ」

 ベルタさん達もラウラの性格をよくわかってくれているので、ラウラが珍しく乱暴な言葉使いをしても諫める事はありません。それどころか、よほどの事が起きたのかと心配しています。

「とりあえずお茶でも飲んで落ち着いて?」
「あ、ありがとうございます」

 ベルタさんが差し出したお茶を一気に飲み干したラウラは、はぁと大きく息を吐きました。どうやら少し落ち着いたようです。

「それで、何があったのかしら?」

 頃合いを見てユリア先生が尋ねると、ラウラは腹を立てている理由を教えてくれました。

 事の発端は…レイフ様のファンからの嫌がらせでした。レイフ様はああ見えて男女関係なく人気があります。見た目は爽やかなイケメンですし、気さくで偉ぶらないので、女性からは当然異性としてですが、男性からは頼りがいのある兄貴分として、憧れの騎士として大人気なのです。
 ラウラの前では甘過ぎるほど甘く、溶けた砂糖菓子のようになってしまいますが…実情を知らない方達からは硬派でかっこいい騎士という評価です。

 そんな人気者のレイフ様に番が見つかったというニュースは、ヴァルに番が見つかったのと同じレベルで騒ぎになりました。噂ではそのニュースが広がった直後、騎士団ではショックを受けて欠勤する人が続出したのだとか…
 しかし、その番が種族的には最下位の人族というのが気に入らない、という人が多いのもまた確かで。意外な事に、下位種や人族ほどその傾向が強いそうです。多分上位種は番を理解しているからでしょう。
 それを言ったら国王の番の私も人族では?と思うのですが…何と言いますか、竜人は近寄りがたいオーラが出ているとかで雲の上の存在過ぎるらしく、ファンの対象にはならないらしいです。

 まぁ、そういう理由で、非常に稀ではありますが、レイフ様の番になったラウラへ嫌がらせする人がいるのです。ラウラがマルダーン出身で平民なのもあるでしょう。元よりラルセンでは、獣人差別の強いマルダーンへの風当たりは他のどの国よりも強いのですから。

「今度は何だったの?」
「それが…」

 ラウラへの嫌がらせは、陰口やすれ違いざまの嫌味や舌打ちなど、割としょうもない事が殆どです。いくら反感を持っても狼人のレイフ様最愛の番となれば、手を出すなどレイフ様の逆鱗に触れると理解しているからです。特に獣人は上位種を本能で恐れますが、それは番相手でも同じです。レイフ様は毎朝ラウラの元を訪れて、マーキングと言う匂い付けをしているので尚更です。

 しかし今回は違いました。なんと、直接ラウラに嫌味を言いに行った強者がいた様です。どうやらそれは人族のようで、複数人だったとか。彼女たちは獣人の匂いやオーラを感じないので、感情をそのままラウラにぶつけたのでしょう。

「それはまた…命知らずな事を…」
「兄貴が問題起こさなきゃいいんだけど…」

 ユリア先生が呆れたように呟き、ベルタさんが頭を抱えました。兄を脳筋と呼ぶベルタさんですが、その傾向はラウラが絡むと一層強くなるからです。

「ラウラ!」

 困ったと言いながらも、ラウラよりも嫌がらせをした人族の行く末を案じていた私達の元に飛び込んできたのは、今まさに話題の主でもあるレイフ様でした。息を切らしているところから、走ってきたようです。

「レイフ様?」
「兄さん!いきなり押しかけてくるなんてエリサ様に失礼だよ!陛下の逆鱗に触れたいの?」

 飛び込んできたレイフ様を鋭く制したのはベルタさんでした。そうなのです、ヴァルの正式な番になってからは怠くてベッドの上で過ごす事が増え、起きていても楽な服装でいる事が多い私の部屋は、最近は一層厳重な警備が敷かれています。以前は側近の方も時々訪れていましたが…最近はヴァルに気を使ってか、男性が近づく事は滅多に…いえ、皆無です。

「あ…す、すみません。でも、ラウラが嫌がらせされたって聞いて…」
「それなら大した事なかったから大丈夫ですよ」

 ラウラも彼女たちのそれが負け犬の遠吠えだとわかっているので、怒りを発散させた後はケロッとしています。そんなラウラの切り替えの早さは彼女の強さでもありますわね。
 でも、レイフ様は心配で、かえって放っておけないのだとか。そうしている間にも出迎えたラウラをそっと抱きしめ、ラウラの匂いを吸い込んでうっとりした表情を浮かべているレイフ様。ベルタさんはうんざりした表情を隠しもしません。
 でも、気持ちはわかりますわ…そう言う事は二人きりの時にお願いしたいです。

「いいや、そう言うわけにはいかない。ラウラの今後の安全のためにも、あいつらは首にしてきたから」
「はぁ?く、首って…」

 いきなり退職だなんて…それは職権乱用ではないでしょうか…いくらレイフ様が騎士団の重職とは言え、少々やり過ぎな気がしますが…

「仕事もろくにしないくせに、ラウラに嫌がらせしたんだ。当然だろう?」
「で、でも…」

 戸惑うラウラに対して、レイフ様は欠片も動じません。色々振り切っているのは確かです。ラウラに関してだけですが。

「あ~もしかして第一騎士団の事務補佐の女性達?」
「ああ」
「それじゃ、気にしなくていいよ、ラウラ」
「ええっ?でも…」
「彼女ら、他でも色々やらかしているから。だから問題ないよ」

 ベルタさんがお茶を飲みながら、助け船と言わんばかりにそう言いました。ベルタさんの話では、ラウラに文句を言いに行ったと思われる人族の女性達は、仕事そっちのけで色んな女性に嫌がらせをしていたようです。それならまぁ、仕方ないのでしょうね。仕事そっちのけでそんな事をされても困りますし。

「ああそれと、今からドレスを見に行かないか?」

 嫌がらせの事はレイフ様の中ではもう解決済みなのでしょう。レイフ様は今度は目元を和らげてラウラにそう告げました。ええもう、レイフ様の周りの空間がピンク色に見えそうなほどに、ラウラに向ける笑みが甘いです。ヴァルも甘いですが…レイフ様も負けてはいませんわね。

「え?ドレスって…」
「デザイン画が出来たから見に来て欲しいって、さっき連絡がきた」
「ええ?出来たんですか?」

 二人の結婚式の準備は、殆どレイフ様が手配し終えて、今は人気の店で劇混みなために制作に時間がかかっているウエディングドレスを残すのみです。時間がかかると聞いていましたが…やっとデザイン画が出来たみたいですね。まぁ、まだ三月もあるので焦る必要はないと思いますが。

「いってらっしゃい、ラウラ」
「でも…」
「今日はベルタさん達がいて下さるから大丈夫よ」
「そ、そうですか…」
「ありがとうございます、エリサ様」

 まだ勤務中だからと遠慮するラウラですが、こんな時は直ぐに見に行きたいでしょう。幸い今日は何も用事はありませんし、私の体調も安定しています。それに…こんな時に引き留めるなんて野暮な事は出来ませんわ。
 レイフ様は頭を下げて嬉しそうにお礼を言いました。彼もラウラのドレスを早く見たいのでしょうね。

「では…エリサ様、いってきます」
「ええ、いってらっしゃい」

 甘い空気を纏った二人の後姿が見えなくなると、ベルタさんが大きくため息を付きました。

「全く…兄貴の頭ん中がずっと花畑だ…」
「そりゃあ狼人ですもの。番の事となれば仕方ないわ」
「はぁ…ラウラまで毒されて…バカップルになっちゃったよ…」
「いいじゃない、仲睦まじくて。ラウラもまんざらでもないみたいだし」

 嘆くベルタさんをユリア先生が慰めていましたが…確かにあの二人はバカップルと周りには言われています。レイフ様の行動が大きい要因ではありますが、ラウラもなんていうか…最初は恥ずかしがっていたのに、最近はあまり気にしなくなっています。
 まぁ、上位種の獣人相手だと自ずとそうなってくるらしいのですが…彼らは甘い空気が特に強いのですよね。時と場所を構わずレイフ様がいちゃつこうとするので、周りにしてみれば目のやり場に困るでしょうし、独り者にとっては目の毒でしょう。
 レイフ様にしてみれば、これだけ人前で溺愛していればラウラに手を出す者は出てこないとお考えのようですが…一方でそれで反感を買っている事もあるのです。今回の人族の方たちも、そんな彼らのバカップルぶりに毒されたのかもしれませんね。

「でもまぁ、仲がいいのはいい事よね」
「触らぬバカップルに祟りなし、ですわね…」

 ラウラの結婚式まであと三月。今日も王宮は平和です。
しおりを挟む
感想 822

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。