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反逆者の望み

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 ブロム様との決着を付けた後、ヴァルはブロム様の事をルーベルト様達に委ねると、私を横抱きにして部屋へと戻りました。王宮の隠し通路は意外にも長く、狭く、ブロム様はよく眠っている私を連れ出したな…と思わずにはいられませんでした。私がそんな事を考えていたのは…ヴァルがあれから殆ど口を開かず、沈黙が苦しかったからです。
 でも、今ヴァルはきっと、ブロム様の事を考えているのでしょう…ブロム様はヴァルを親友だと言っていましたが、ヴァルにとってもそうだったのだと、私は二人の様子からそう感じました。だから今、ヴァルの邪魔をするのは…何となく憚れたのです

 部屋に着いた後、ヴァルは私に怪我がないか、気分はどうだとしつこいくらいに確認をしました。すぐにお医者様も呼ばれて診察を受け、特に問題ないでしょうと言われたのを確認したヴァルは、私をラウラ達に託すと直ぐに出ていきました。着替えと…多分後処理のためでしょう…
 私はというと、ラウラ達に多大な心配をかけていたようで、ラウラは泣きながら無事でよかったと抱き付いてきました。不在だった丸一日の間、ラウラにはどれほど心配をかけてしまったでしょうか…
 私も無事に戻って来られた事にホッとしたせいか、急に疲れと眠気に襲われて、身体が酷く重く感じました。簡単な湯浴みと食事を済ませると気を失うように眠りにつき、また熱を出してしまいました。変化しきらない身体に今回の事はかなり負担だった様で、再び呼ばれたお医者様から熱が下がり切るまで絶対安静を厳命されてしまいました。

 今回の熱は三日続き、その間私はブロム様の最期の場面を何度も夢に見ました。何も出来ず、ただ彼らを見ているしか出来なかった自分が悔しくて悲しくて、何度もうなされて…目覚める度に私は、何も出来なかった無力感に襲われました。
 今回の熱は以前ほど高くはなく、意識もありましたが、その後は怠さや眠気が以前よりも強くなったように感じました。お医者様は、人が死ぬ場面を見たのなら仕方がない、時間が経てば落ち着くだろうから、今は心安らかに過ごすようにと言われました。
 ヴァルもラウラ達も、ヴァルがブロム様を殺す場面を見たせいでショックを受けたのだろうと心配してくれました。確かに人が殺される場面を見たのはあれが初めてだったので、そうなってもおかしくなかったでしょう。
 でも…不思議な事にヴァルに対して恐怖感や嫌悪感が湧く事はありませんでした。それに関しては…何と言うか、自分でも不思議なほどで、自分の感覚がマヒしてしまったのだろうかと不安になったほどでした。



 熱が下がると、私は何があったのかが知りたくて、直ぐにヴァルに真相を尋ねました。
 あの日、ヴァルによって生を終えたブロム様は、ヴァル宛に一通の封書を残していました。ヴァルはその封書を私に手渡しましたが…私は読むのを躊躇しました。ヴァルに宛てた物であるなら、私が見るのはどうかと思ったからです。彼らの間には私には入り込めない絆が確かにあったように感じ、そこに踏み込むのは彼の意に反するような気がしたからです。
 でもヴァルは、ブロム様は私が見るのも想定していただろう、中には私宛の謝罪もあったから構わないと言って私にその封書を渡してきました。そう言う事なら、いいのでしょうか…知りたい気持ちの方が勝ってしまい、私は申し訳なく思いながらもその文に目を通しました。

 そこにはここまでに至った経緯と、ヴァルと私への謝罪が記されていました。
 ブロム様は、自身の両親のような悲劇を回避するために、番を忘れる薬の開発を目指していたのだそうです。それは、子どもの頃から人族の番への不安を表していたヴァルのためでもありました。ヴァルのトラウマが自分の両親だった事を、ブロム様はずっと気にしていたそうです。

 ただその薬はまだ研究段階で、実用化にはかなりの時間を有すると思われたため、ブロム様はもう一つの番を誤認させる薬に目を付けたそうです。こちらの薬は番を失った者同士を結びつけて自死を防ぐためのもので、その作用によって本来の番を忘れる事が出来るものでした。一方で新たな番に対しての執着心は、本来のそれよりもずっと薄くなるのだそうです。

「どうして、その薬を…」
「あいつは…私が番に出会う前にわざと誤った番を認識させるつもりだったんだろうな。そうすれば…本当の番への執着心を弱める事が出来ると思ったんだろう」
「そのような事が出来るのですか?」
「まだ完全ではないが…トール国では効果があると使われ始めているらしい」
「トール国で…」

 ブロム様の計画では、ヴァルが番を見つける前にロヴィーサ様を番と認識させ、本当の番への執着心を薄めるつもりだったそうです。ヴァルがロヴィーサ様と番えば、その計画は成功する筈でした。それが可能なのかと、正直言って物凄く信じ難い話ですが…そうしておけば後で人族の番が現れても、ヴァルの執着心を軽くすることが出来たそうです。
 夜会で私に竜玉が取り込まれた時、ブロム様は計画が既に宰相様によって阻止されているとは知りませんでした。まだヴァルに薬が効いているからロヴィーサ様への想いの方が強く、今なら私がいなくなっても問題ないと思ったそうです。私とヴァルが別居して不仲だという話が広がっていたため、このままではヴァルが両親の二の舞になるとの焦りもあったのだと、その封書には記されていました。

「そんな…それなら事前に話して下されば…」
「…そうしないのが、あいつなんだ。それに…」

 言いかけたヴァルは、苦しそうに顔を歪ませました。

「あいつは…反国王派の筆頭だったから、私との接触は避けたかったんだろう…」
「え?」

 ヴァルの話では、王位に就く際、最後まで対抗馬として残ったのはブロム様だったそうです。先王様の遺児で実力も十分にあり、先王様に忠誠を誓っていた者にとっては、次代の王はブロム様の方が望ましかったのでしょう。尊大な態度も、王であれば却って威厳があると見られてむしろ好ましく思われていたそうです。
 ヴァルも、自分よりはブロム様の方が王に相応しいと思っていたそうです。それはヴァルが彼の本当の姿を知っていたからで、彼は父王の政には異を唱え、国内の改革を急ぐべきだと語っていたそうです。
 でも最終的にはヴァルを支持する人が優勢で王位に就きました。王位に就いたヴァルに反感を持った者達が集まったのが、ブロム様の元だったのです。もしかしてブロム様は、ヴァルのために反国王派をまとめて、彼らが暴走し過ぎないように手綱を握っていたのでしょうか…

「それじゃ、ブロム様は…」
「ああ、国が乱れない程度に、彼らを抑えていたんだろうな…」
「では…ブロム様は誓いを…」
「誓い?」
「ええ、囚われていた時に、お聞きしたのです。ブロム様は…ヴァルと一緒に国を守ると誓ったと。敵になっても、心の底では繋がっていようと…」
「…あいつが…」

 ヴァルは口元を手で覆うと、きつく目を閉じました。それは…痛みと悲しみに耐えているようにも見えました。そんなヴァルの様子に、私はもう一つ思い出した事がありました。それは…

「それに、ブロム様は…私に逃がしてやると…そう言われたのです」
「…逃げる?」
「はい。竜人の執着を甘く見るな。もし私がそう望むならと…」
「……」
「お断りしましたが、考えが甘いと言われて…終いには勝手にしろと言われたんです」
「そう、か…」
「…ブロム様は…ヴァルのために私を逃がそうとしたんですね。私達が不仲だと思って、だったら先代様のようになる前に…と」
「…そう、だろうな」

 ヴァルは唸る様にそう告げると、口元に当てていた手を目元に動かし、そのまま項垂れてしまいました。こんなにも苦しそうな感情を表に出しているヴァルを見たのは初めてです。

「…ヴァル…」
「…すまない…」

 それだけを絞り出すように告げたまま、ヴァルは暫く顔を上げませんでした。私は…ヴァルをそっと抱きしめる事しか出来ませんでした。彼らが過ごした時間の長さも、思い出の量も、私は到底及びません。しかもその彼を、ヴァルは自ら手にかけたのです。

 それでも…ブロム様にとっては罪人として処刑されるよりはずっとマシだったのでしょうか…彼が逃げずに王宮に留まっていたのも、最後にヴァルと話がしたかっただけではなく、親友だったヴァルの手にかかる方を望んだからなのかもしれない…そんな考えがふと頭に浮かびました。
 いえ、彼がどう思っていたかなど、私には想像も出来ません…それだったらヴァルの手を汚すような事はしなかったように思います。
 でも、プライドが高く素直ではなさそうに見えた彼の様子から、処刑されるなどプライドが許さないように思うので、そう考えてもおかしくないように思われたのです。

 そして、私がブロム様を殺したヴァルに嫌悪感を持たなかった理由も、彼がそんな風に考えていると感じたからではないか…と思う自分がいました。これは完全に私の勘違いかもしれません。でも、彼と話していた時に感じていた違和感も、そうだったとすると納得だったのです。



 翌日、国王殺害未遂の罪で処刑目前だったブロム様は、脱獄と番誘拐の罪を追加され、国王自らの手によって処刑されたと公表されました。程なくして共犯だったロヴィーサ様もまた、ブロム様の後をひっそりと追う事になり、この事件に連なった者達の処分も行われました。
 こうして国王の番偽装事件から始まった反逆事件は、少なからぬ傷を残して幕を閉じました。

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