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番だと受け入れて…

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「…っ…エリサ…それは…」

 いつもの習慣でもあるジーク様との朝食の時間。いつも通りジーク様を出迎えた私を一目見るなり、ジーク様の動きが止まりました。ピアスを身に着けた事、気付いて下さったのですね。
 は、恥ずかしいし、心臓がドキドキしています…何と言われるえでしょうか。ジーク様がその後、何も言わないので急に不安になってきました。ピアスの傷が、急に熱く熱を持ってきたように感じられました。

「…あの…に、似合い、ませんか?」

 無表情、無言のままのジーク様の様子に不安を感じた私がそう尋ねると、ジーク様はようやく我に返ったようで、じっと私を見つめた後、ゆっくりと私に近づいてこられました。ずっとピアスに視線を向けたまま手の届く距離まで来られると、ゆっくりとピアスに手を伸ばしました。ジーク様がピアスに触れた事で少しだけ傷が痛みましたが…今はそれどころじゃありません。何と言われるかと、心臓が破裂しそうです。

「…凄く、いや、思った以上に似合っている」
「よかったです」

 耳に手を添えたままジーク様が呟いた言葉に、ほっと安堵が広がるのを感じました。ジーク様から、ピアスを付けるのは落ち着いてからにしようと言われていたから、勝手に着けたのはマズかったかも…と後になって気になっていたのです。番だと公表するタイミングもあるでしょうから、事前に相談すべきだったかも、と。でも、それは杞憂だったみたいです。

「…だが、いいのか?」

 何が、とはジーク様は仰いませんでした。それはジーク様なりの気遣いでしょうか、私に逃げ道をまだ残して下さっているように感じました。でも…

「ずっと…考えていたんです」
「何を、と聞いても?」
「ええ。その、番って何だろうって。匂いだけでこうも変わるのかとか、その気持ちはどこからくるんだろうかとか…」
「……」

 そう、人族の私には番というものがわかりません。匂い一つでこんなにも態度が変わってしまうのかと、鼻の利かない私はそう思ってしまうのです。匂いだけで、相手の性格などが考慮されないのも、番の事を色々教えて貰った今でも不思議でしかありません。

「…私には番がどういうものかがわかりません。ジーク様の番だと言われてもピンとこないのです」
「そうか」
「でも…側妃の話が出ていると聞いて…凄く、嫌だと思ったんです」
「その話は…」
「ジーク様が他の女性に優しくすると想像したら眠れなくて…こうしている間にも決まってしまうんじゃないかと…他の女性がジーク様を愛称で呼んだり、笑みを向けたりすると想像すると…そのような場面は見たくないって事ばかり考えてしまって…」

 話ながら私は、言おうと思っていた事がすっかり頭から抜けている事に動揺していました。ジーク様が来るまでの間、いえ、昨夜からずっと話す内容を決めていたのに、それらが真っ白になってしまったのです。

「きっと私の気持ちは、ジーク様と同じじゃないと思います。ただの子供みたいな独占欲かもしれないし…好きの度合いが違うと言うか…その…」

 これまでジーク様の気持ちをはっきり聞いた事もありませんでしたが、ジーク様のそれには…到底及ばない気がします。そして、ジーク様の優しさや番である事に胡坐をかいている自分がいるのも確かで、自分がずるいとも感じています。でも…

「それでも私、ジーク様の番に、なりたいんです」

 緊張しているせいでしょうか…口の中がカラカラで思うように動いてくれませんでした。この一言を言う事が出来た事に安堵する一方で、とうとう言ってしまった…と、物凄い勢いで焦りと言うか、早まったと言う思いがせり上がってきましたが…私はぐっとそれを飲み込みました。
 そんな私をジーク様はじっと見下ろしていました。表情から気持ちを読み取るのはまだ難しいのですが…嫌がられてはいない、と思いたいです。それにしても、沈黙が重すぎて苦しいです。な、何か一言でも、反応が欲しいのですが…

「エリサ、気持ちは嬉しいのだが…無理をしなくても…」
「無理はしていません。本当です」

 嘘です。無理しています。嘘ついてごめんなさい。
 でも…ジーク様に側妃が出来る方がずっと嫌なのです。番は私で、番しか愛さないと言われても、政治が絡んでくるとどうなるかわかりません。身勝手かもしれませんが、ジーク様を誰かと共有なんて絶対に無理です。私は自分が思っている以上に嫉妬深いみたいです。
 そんな風に考えている私を、ジーク様は探る様にじっと見つめていました。その金の瞳の強さに、何だか心の中まで見透かされてしまいそうで、段々と気持ちが冷えていくような気がしてきました。

「嬉しいよ」
「え?」

 ジーク様にとってはきっと、あまり好ましくないでしょう。そう思っていたので、帰ってきた言葉に驚いて視線を上げると、その先にいたのは柔らかく笑みを浮かべているジーク様でした。えっと、今のは聞き間違い、でしょうか…

「私を意識してくれただけでも、十分嬉しい」
「…でも、ジーク様と同じように好きかと言われると自信がない…んですけど…」

  聞き間違いじゃないと分かったのはよかったのですが…えっと、本当にいいのでしょうか?凄く身勝手な事を言っていると改めて自覚して、思わず言葉尻が弱くなってしまいました。ここで好きですと言い切れる私ならよかったのですが…

「同じ様に好きになる必要はないし、心など測れるものでもないだろう?私は、貴女が歩み寄ってくれたことが嬉しいよ。最初に傷つけて不安な思いをさせていたから…」
「あ、あの事はもうお忘れください。私もどうかしていたのです…」

 それに関しては…過ぎた事なのに蒸し返した私もどうかと思いますし、もう何度も謝って頂いたので忘れて欲しいのですが…そもそも、あんな事を言うなんて、私の方がどうかしていました。だってジーク様は私の希望を汲んで好きにさせて下さっていたのですから…

「私は、忘れるつもりはないよ」
「え…?」
「これは私自身の問題だから気にしないで欲しい。私は言葉が足りないから、自分への戒めだと思っている」

 そう言われてしまうと、これ以上どうこう言う事も出来ません。ジーク様だけが悪いわけでもないので、そう思われるのは何か違うと思うのですが…そう思っている間に、ジーク様が私の手を取りました。その手はいつもと比べると冷たくて、意外に感じられました。

「貴女を番だと、正式に公表してもいいだろうか」
「ええ。だ、大丈夫です」

 今までも獣人の皆さんにはわかっていた事でしたが…公表すると改めて言われると何だか恥ずかしいです。でも、これで他の女性がジーク様に近づかないのであれば…むしろ嬉しく感じている自分がいました。

「ありがとう。だが、無理強いする気はないから安心して欲しい。本当に、貴女がこうして前向きに考えてくれただけで嬉しいんだ」

 そう言って優しく、まるで包み込むような笑みを浮かべるジーク様に、私は先ほどとは違う意味で心臓が飛び跳ねそうになりました。その表情は…反則です…
 番とわかってから二月余り、ジーク様は私と歩み寄ろうとして下さいました。レイフ様からは、ジーク様はケヴィン様など人族の方から話を聞いたりもして、色々考えたり悩んでいるのだと教えて貰いました。きっかけは『番』でも、向けられた想いは『私』にだと思ってもいいのでしょうか…

「ずるいのは…私も同じだ。あなたが同盟を無視出来ない事も、私を見捨てる事が出来ない事も知って、それを利用していたのだから」
「そのような事は…」

 ジーク様が気まずそうに目を伏せながらそう仰いました。そんな風に思っていらしたのかと驚きましたが…きっと、半分は本当で、半分は私に負担をかけないためのもの、のような気がします。いえ、ジーク様の本心がわかるほど、私はジーク様を理解していません。でも…

「私、もっとジーク様の事を知りです」
「ああ。私もだ…エリサの事を、もっと知りたい」

 色々悩みましたが…こうしてよかったと思ってもいいのでしょうか。勿論、想いの深さや質は違うのかもしれませんが…でも、向いている方向が同じなら、これから一緒に近づいていけばいい、のですよね。

 その後、ジーク様は一旦部屋に戻られると、ご自身の分のピアスを手に戻ってこられました。それは私が今付けている物と全く同じ物です。

「どうか、貴女の手で付けてくれないか?」

 そう言って差し出されたピアスを、拒否など出来る筈もありません。番のピアスは男性が右側に、女性が左側につけるのが慣例で、私は左側に付けています。私はソファに座られたジーク様の右側に腰を下ろすと、対になっているピアスをジーク様に付けました。ピアスを持つ手が震えて思うように動かなくて凄く焦りました。そのせいで余計に痛かったのではないでしょうか…

「あの、すみません…痛かったのでは…」
「ああ、気にしないで。大した痛みではないから。それよりも喜びの方がずっと勝っているよ。感無量だ」

 そう言ってジーク様が私を抱き寄せましたが…私はどうしていいのかわからず、身を固くしているしか出来ませんでした。こんなに近づくのに慣れませんし、凄く戸惑いましたが…不思議と嫌な気持ちにはなりませんでした。それどころか、どこかでほっとしている自分がいました。

 この日の午後、ラルセン国内と各国に向けて、ジーク様の名で私が番だと公式に発表されました。同時にこれまで来ていた側妃の話は正式に断りを入れ、番が見つかったために今後は側妃の話は一切無用である旨も同時に伝えられました。
 私がジーク様の番だと分かったあの夜会からは、二月余りが過ぎていました。
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