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顰蹙王子の疑惑

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 翌日、異母兄がマルダーンに向けて出発しました。みんな一緒に帰国する予定でしたが、異母兄が少人数で先行して帰国し、その後を父王が王妃とカミラを伴って追う形になったそうです。
 異母兄の話では、先に戻って王妃やカミラの問題行動を先に知らせ、いずれ来るであろうセーデンやラルセンからの抗議に対応するのだと言います。今の宰相は王妃の実家、王妃には父親に当たる人物なのでもみ消そうとする可能性もありますが、そうならないようにするためなのだとか。
 ちなみに王妃とカミラですが…今のところ反省の色はなく、貴族牢に入れられた事に文句を言っていたそうです。それでも、他国の王族を侮辱し、危害をくわえようとした事はなかった事にはなりません。他国からの正式な抗議は、相手国だけの問題に留まらず周辺国との関係にも影響するので、さすがに王妃は不味かったと感じているようです。
 父王と王妃、そしてカミラは、まだ暫くここに滞在するそうです。詳しくは教えて貰えませんでしたが、カミラが勝手に披露パーティーに出た経緯などを調べているのだとか。出来ればこれ以上何も出てこない事を願いたいですが…あのカミラなだけに不安しかありません。

 そしてもう一つ、ユリウス王子ですが…あの後、数か国の王族や大使が参加する会議に連れて行かれて、そこで許可なく押しかけてきた事、断っているのに私室に入り込んだ事、許しもなく名を呼んだ事などが明らかにされ、かなり顰蹙を買ったそうです。
 どうやら同じ人族のマルダーンを頼りにしていたようですが…父王から娘を軽んじているのかと問い詰められ、最終的にどこの国からも非常識だと糾弾されたのだそうです。
 ユリウス王子としては、番でないのだから問題ないと思っていたようですが…番以前に、他国の王妃の元に押しかける行為自体、非常識だと言われたのだとか。
 でも、当然ですよね。他人の妻の私室に押し入るなんて、国や種族関係なくあり得ませんから…ジーク様はルーズベールに厳重に抗議をした上で、ユリウス王子を貴族牢に放り込んだそうです。




「ユリウス王子には、実は…別の容疑が上がっているんだ」
「別の容疑…ですか?」

 異母兄を見送った後、ベルタさんとラウラと三人でお茶をしている中、ベルタさんがユリウス王子に付いて話し始めました。別の容疑って…あの方、他でも何かやらかしていたのですか…

「それが…式当日に火矢が放たれた件なんだ」
「ええっ?あの事で?」

 驚きの声はラウラに先を越されてしまいましたが…あの件にユリウス王子が絡んでいたと言うのでしょうか…

「まだはっきりはしないけど、火矢を放った者達の遺留品から、ルーズベール製のものがいくつか出て来たんだ。それも、あの国でしか作られていないようなものがね」
「でも、それだけじゃ…」
「そう、だからかなり慎重に調べを進めているんだ。まだ確証がないんだよね」

 あの火矢を放った者は、失敗したら自死するように命じられていたらしいと聞きます。かなり用意周到に計画していたようで、中々容疑者を絞るのが難しいと聞いていましたが…それでも調査は進んでいたのですね。

「でも、それならどうして…」
「理由はいくらでもあるよ。まずはラルセンとマルダーンの同盟を壊したい、が一番かな。マルダーンを属国にしたいルーズベールからすれば、この同盟は嬉しい話じゃないからね」
「やっぱりルーズベールはマルダーンを…」
「そう。でも、それを言うならセーデンもだけどね」
「セーデンって…でも、ユリウス王子はマリーア様の…」
「そう、婚約者だけど…実はあの国はこの婚約でセーデンの王位継承権を得たかったみたいなんだ」
「継承権を?」
「そう。その為のマリーア様との婚約だったんだけど…どうやらルーズベールは、虎人でなければ王位継承権が認められないと知らなかったみたいで…」

 そう言えば、セーデンは虎人しか王位継承権を認めていません。そのため、兎人のマリーア様は女王の実子でありながら継承権がないのです。
 人族の国であるルーズベールにしたら、女王の実子であれば問題ないと思っていたのでしょう。女王を認めている国なので、マリーア様が女王になる未来を描いていたのでしょうか。それともマリーア様との間に生まれた子であれば、男女問わず継承権を手に出来ると考えていたのでしょうか…

「マルダーンは女性に継承権がないから、セーデンの方が王家を乗っ取りやすいと踏んだんだろうね」

 確かに、ベルタさんの言う通りですわね。人族の国は王の実子で男性である事が優先されますが、獣人では王位に就くには種族を優先する国は多く、セーデンはその国の一つです。これは強さを重視する獣人の考え方の影響が大きいのですが、人族には馴染みがありません。

「じゃ、マリーア様が手を打っていると言うのは…」
「多分だけど、継承権のない王女を娶っても利はないと、ルーズベールが考えている事じゃないかなぁ。実際、両国は国力に差があるからね。ルーズベールにしてみれば、継承権なしで考えれば、カミラ王女を迎えた方がよっぽどメリットは大きいだろうし」
「カミラですか…」

 う~ん、マリーア様がユリウス王子と婚約解消になって欲しいと思いますが、その後にカミラと…となると複雑な気分です。何と言いますか、混ぜるな危険と張り紙したい気分になりますわね。厄介事同士でくっ付いてくれれば誰も不幸にならないような気がしますが、そのかわり周りが大変な目に遭いそうですし…ルーズベールの中だけならいいでしょうが、野心家のユリウス王子だと国内で収まってはくれなさそうな気がします。

「まだ調査中だけど…陛下のお怒りは相当なものだったからね。このまま何もなしで帰国させる事はないと思うよ」
「ああ、確かに昨日の陛下は凄かったですね。大魔王降臨!って思いましたもん」

 ラウラ…それ、ジーク様に聞かれたら不敬罪ものですわ…でも、確かにそんな感じではありましたけど…ベルタさんも苦笑していますが、咎めないところを見ると同感なのでしょうね。

「でも、ユリウス王子だけでは無理だろうから…他にも協力者がいるだろうって話だよ」
「協力者、ですか」
「うん。むしろそっちが問題でね。他国が手を貸していたとなるとそれこそ大問題だから…だからトール様もエリック様もかなり慎重に動いているよ」

 そんな大事になっていたのですね。ベルタさんが話してくれるという事は、かなり調査が進んでいるという事なのでしょうか…でも…

「じゃ…私たちの周りにスパイがいるとか?」

 ラウラも不安を感じたのか、急に声のトーンが下がりました。確かに移動先の部屋に火矢が放たれたのを思えば、身近に協力者がいてもおかしくないでしょう。

「それはないと思うよ。エリサ様の周りにいる者はみんな、信用出来る者だけで固めているし。侍女も護衛もエリサ様が番だと知っているし、エリサ様からは陛下のオーラが出ているから元より手を出すなんて無理だよ。獣人の本能で、自分より強い者とその番に手を出すなんて出来ないからね」
「そういうものなのですか…」
「うん。エリサ様の周りにいるのは上位種ばかりだから、余計にその傾向は強いよ。逆に人族が一番危ないかな。彼らは獣人のオーラや匂いが分からないから」

 どうやらここにいる侍女さんや護衛は安全なのですね。それを聞いてちょっと安心しました。だって、私が危険になればラウラやベルタさん達も巻き込まれてしまいますから。特にラウラは今は結婚前で一番幸せな時期なので、これ以上のトラブルは勘弁したいのです。

 ふと、今日帰国する予定だったカミラ達の帰国が遅れた事が気になりました。そう言えば、カミラはどうやって披露パーティーの席にやって来たのでしょうか。カミラの部屋は父王と異母兄の意を受けたマルダーンの騎士が見張っていましたし、その周辺だってラルセンの騎士が護衛に就いていたのです。あの中では一人で部屋を出る事など不可能なはずです。
 そうは言っても、カミラはあの性格なので他国の王族との交流はなかった筈ですし、プライドが高いので誰かに指示されるのも大嫌いです。そんなカミラに協力者がいるとは考えにくいのですが…
 でも、それも今頃は宰相様たちが調べていらっしゃるのでしょうね。私が考える程度の事を、あの宰相様が気付かない筈もないでしょう。今回の件がすっきり解決する事を願わずにはいられませんでした。

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