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目が覚めたら…

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「エリサの髪は真っすぐで綺麗ね。とっても手触りがいいわ」
「ほんとう?」
「ええ、いくらでもこうしていたいわ」
「私もおかあさまに撫でられるの、大好き!」

 頭を撫でてくれるお母様の優しい手つきに、私はうっとりと目を閉じました。その手の温かさが私の心の中まで温め、満たしてくれます。お母様はよくこうやって私の髪を撫でてくれました。お母様とお揃いの赤みのある金の髪は、私のお気に入りだったのです。

(ああ、夢を…見ているのね…)

 お母様はもういません。記憶にあるその手の大きさと温かさは何だか違う気もしますが…きっとこの夢が私の幼い頃のものだからなのでしょう。こうして夢に現れてくれたことが嬉しくて、私はその手の優しさに自ずと笑みが浮かぶのを感じました。




 ふ…と瞼に光を感じた私は、朝なのだと感じて目を開けました。目の前に広がったのは、明るい室内に照らされた、いつもの私の部屋でした。かなりぐっすりと眠っていたのでしょうか…直ぐには意識がはっきりせず、ぼんやりと目の前の景色を眺めました。まだ侍女さんもいませんが、日差しの入り具合からして、大分時間が過ぎている様な気がします。

(…寝過し、た…?)

 いつもなら時間になるとラウラが起こしに来るのに、今日はどうしたのでしょうか…何かあったかしらと思いながら記憶を辿って…私は思わず飛び起きました。そうです、昨日は結婚式と披露パーティーがあって、私はあの後自室に戻って湯浴みをして…
 でも、ソファに腰かけた後の記憶がありません。どうやってベッドまで移動したのかしら…と思って、体の向きを変えた私は、身体を強張らせました。

 ベッドの脇にはイスがあって、そこに腰かけたまま眠るジーク様がいらっしゃったのです。

(ええぇっ?!)

 叫ばなかった私を誰か褒めて欲しいところですが…いつもならその役のラウラも側に居ません。ジーク様は…動かないところを見ると、まだ寝ていらっしゃる、のでしょうか…一国の王がイスに座ったまま眠るなんて…私は冷汗が流れるのを感じました。

 そう言えば昨夜は…湯浴みをした後、髪を乾かしながら足のマッサージをして貰いました。珍しく高いヒールの靴で一日を過ごしたので、私の足が限界を超えていたからです。そのマッサージの心地よさに、昨日一日の緊張が解されたのを感じました。
 その後ソファに掛けてジーク様を待っていて…その後の記憶が全くない…という事は、私はジーク様を待っている間に寝てしまったのでしょうか…そして、ベッドまで運んで下さったのも、ジーク様?…お、重かったでしょうに…は、恥ずかし過ぎます…

「ん…?エリサ、目が覚めたか?」
「ひゃいっ?」

 私はベッドの上で呆然としながら昨夜の事を思い返していると、ジーク様も目を覚まされたのでしょう、私に声を掛けられましたが…まだ心の準備が整っていなかった私は、思いっきり変な声を上げてしまいました。ああもう、どれだけ恥ずかしい事を重ねているのでしょうか、私…しかも夜着のままです…って、あれ?昨夜は初夜だったんですよね…完全に寝落ちして流してしまった…ようです。

「ジーク、様…」

 目の前のジーク様は、夜着の上にガウンを羽織っていました。もしかして…私が話を聞きたいと言ってきてくださって、そのまま待っていてくださったのでしょうか…だとしたら、とても申し訳ないです。ジーク様の方こそ昨日はお疲れだったでしょうに…

「よく眠れたようだな」
「え?ええ、すみません、ぐっすり、寝ていました…」

 うう、初夜に寝落ちするなんて失礼極まりないですよね。いえ、初夜をするような状況ではなかったですし、ジーク様も待ってくださるとは言っていましたが。でも、ラウラは流されるのもありだと言っていましたし…いえ、今はそうではなくて…

「あ、あの、もしかしてジーク様が運んで下さったのですか?」
「ああ、部屋を訪ねたらソファで眠っていたから。何度か名を呼んだが起きる気配がなかったので…その、ベッドまで運んだのだ。あのままでは風邪をひいてしまうから」
「そ、そうでしたか…あの、ありがとうございます。その…申し訳ございませんでした。話が聞きたいと言ったのは私の方でしたのに…」
「いや、昨日は慌ただしかったから疲れても仕方ないだろう。式以外でも色々とあったから」

 それはそうですが…だからと言って先に寝てしまうなんて…ジーク様はきっと呆れてしまったでしょうね…どこでも眠れてしまう自分の神経の太さが悲しくなります。でも、どうしてジーク様は椅子に腰かけたまま眠っていたのでしょうか…

「目が覚めたなら、まずは朝食にしないか?昨日の話も一緒にしよう」

 浮かんだ疑問をお聞きしようかと思いましたが、何となく聞き辛い気がして躊躇している間に、ジーク様にそう提案されてしまいました。そして、私は否やとは言えませんでした。何故なら、お腹が鳴りそうな予感がしたからです。睡眠欲の次は食欲と、本能に忠実な自分が恥ずかしくなったのは言うまでもありません。




 身なりを整えて着替えをした後、侍女さん達が運んできた朝食をジーク様と一緒に頂きながら、私は父王が訪問した理由を教えて貰いました。
 発端はラルセンに届いた二つの書簡について、ラルセンがマルダーンに問い合わせた事から始まりました。それは『同盟の維持は婚姻継続を条件とする』と「エリサ王女は既に死亡し、今いるのは刺客が成り済ました別人だ』という二つの書簡についてでした。あの書簡について、宰相様はマルダーンに問い合わせをしていたのですが、ずっと返事がありませんでした。
 でも…どうやらそれは父王の元には届いていなかったらしく、異母兄やカミラが出国した後にその事が判明したそうです。父王はその様な書簡を送ってはおらず、でも同盟を結ぶと決めた国にその様な書簡が送られている事を問題視した父王は、事情の説明も兼ねてラルセンを訪問する事を決意。王妃に関しては…国に残しておくのは危険だと判断して帯同したのだとか。そして一昨日の夜、強行軍で到着した父王はジーク様に面会を求め、そこで状況の確認をようやくしたのだそうです。

「それじゃ…やはりあの書簡は偽物だったのですね」
「ああ、マルダーン王は身に覚えがないと言っていた。実物を見て貰ったが…やはり記憶にないと」
「では、誰かが…」
「その可能性が高い。カミラ王女がここに来てから出してきた書簡も、身に覚えがないと言っていた。あれに関してはカミラ王女の可能性が高いだろうな」
「カミラが…どうしてそのように?」
「あの後、王太子に事情を聴いたが、彼も知らないと言っていたんだ。もし本物の王の書簡なら、まずは王の代理でもある王太子に先に届くのが筋だ。だがそれがなかったとなれば…王女があの用紙を持っていて、独断で書いた可能性が高いだろう。あの書簡には国璽もなかったから」

 なるほど、父王がとうとう呆けたかと思っていましたが…ここまでの流れをみるとまだ大丈夫の様に思えて少し安心しました。でも…

「カミラがあの書簡を勝手に出したとなると…」
「反逆罪に問われても仕方ないだろう。こちらとしても、我が国を混乱させたとしてその責を問う事も可能だ」
「そう、ですよね」

 ジーク様もそうお考えなのは当然でしょう。国王の言葉はそれほどに重いのです。軽い気持ちで騙っていいものではありません。でも…カミラの性格からすると、そこまで深刻に考えていないような気がします。そして、あの二つの書簡も、もしかするとカミラがやった事なのでしょうか…そうなれば、カミラは国家反逆罪に問われるレベルの重罪人になってしまうのですが…
 一方で、そんな大きな事を、あのカミラが一人でするとも思えませんでした。最初の二つの書簡にはちゃんと国璽があったので、そうなればあの書簡を作ったのはカミラ以外の者…という事でしょうか…そうなると、マルダーンの同盟反対派の可能性も…出てきますわね。

「さすがに今すぐ犯人はわからないだろうが…こちらとしては王が直々に事情を説明し、今後の方針を話してくれたのは大きい。犯人も国に戻ったら調査してくれると約束してくれた。相手の考えが分からぬのでは、こちらも手の打ちようがないから」

 ジーク様にとっても、父王の訪問はメリットがあったようです。急に押しかけて迷惑をおかけして申し訳ないと思っていましたが、そういう事なら大丈夫そうですわね。なんにしてもあの宰相様が巧く立ちまわっていそうですが。

「午後から、王との話し合いの場を設けてある。エリサはどうする?気が進まぬなら無理にとは言わないが…」
「いえ、是非ご一緒させてください。私、父の事も国の事もほとんど知らなかったのです。ちゃんと知らないといけないと思いますし、私も父や母国の事ももっと知りたいです」
「そうか。だったらそのように手配しよう」

 王妃やカミラと顔を合わせるのはまだ気が重いですが、それでも私もラルセンの王妃です。離婚しないと決めた以上は、王妃としての責任も果たさなくてはいけませんよね。まだまだ力がない私ですが、まずは母国から逃げずに向き合う事から始めたいと思いました。
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