番が見つかったら即離婚! 王女は自由な平民に憧れる

灰銀猫

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呆れた母娘

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 ラルセンの友好国でもあるセーデンのマリーア王女に扇を投げつけたのは、私の義理の母でもあるマルダーン王妃でした。王族が他国の王族に手をあげるなど、宣戦布告と取られても仕方のないとんでもない愚行です。それをあの王妃は理解しているのでしょうか…

「エリサ、お前ごときが生意気に何を言っているのよ」

 鼻で笑うようにそう言った王妃は、私が出てきた事で勝ったつもりにでもなっているのでしょうか。ここはラルセンで、私はここの王妃です。立場的には今は、私の方が上だというのに…
 そうは思っても、長年虐げられてきた私は、王妃とカミラを前にすると、身体が自然と委縮してしまい、これまでにない程に心臓が騒いています。侮られないようにと真っすぐに立つだけでも精一杯ですが…ここで引く訳にもいきません。そんな事をすれば、ラルセンとジーク様が侮られてしまいますし、マリーア様にも迷惑が掛かってしまいます。

「以前はそうだったかもしれませんが…今の私はラルセンの王妃です。マルダーンの王妃であるあなた様とは同等の立場。これ以上我が国の友好国であるセーデンの王女殿下を侮辱することは許しません」

 何とか声を震えわせず、噛む事もなく言い切れたことに私は安堵しました。さすがにこれ以上の愚行を許すわけにはいきません。下手をすればマルダーンが両国から宣戦布告される可能性もあるのです。

「何を偉そうに!所詮お飾りの王妃の分際で。そうよ、番でもないお前など、いずれ追い出される立場なの。王妃などと言っても所詮は紛い物なのよ」
「…それでも、今はジークヴァルト陛下がお認めになられた王妃は私で、それに異を唱えるのはジークヴァルト陛下に異を唱えるも同じ。同盟を切望したのはマルダーン側だという事をお忘れですか?」

 そう、先代の頃はいざ知らず、今やマルダーンの国力は落ち続け、ラルセンには遠く及びません。今ラルセンと戦争になれば、確実に負けるのはマルダーンでしょう。

「はぁ?何言ってんのよ。同盟はラルセンが希望したんでしょうが?馬鹿言って…」
「希望したのはマルダーン側ですわ。それに…国力から言っても、今はマルダーンよりラルセンの方が上です」
「なんですって?!何を馬鹿な事を…」
「確かに、今はマルダーンよりもラルセンの方がずっと上ですわね。我が国も、周辺国もそう見ておりますわ」

 王妃との話に割り込んできたのはカミラでしたが…カミラの認識はマリーア様によってあっさり否定されてしまいました。カミラは王女教育を受けていたのに、どうしてこんな事も知らないのでしょうか…

「しかも、我が国の友好国でもある王族に手をあげるなど…宣戦布告と取られてもしかたない所業だとご理解していますか?」
「宣戦布告だなんて大げさな…礼儀のなっていない者を諫めただけの事でしょう。そもそもエリサ、お前が言う事を聞かないからでしょう!」
「礼儀がなっていないのはカミラです。謹慎を言い渡されたのにここにいるのがその証拠です」
「な…!なんですってぇ!」

 ここまで言っても自分達がした事の意味が理解出来ないのでしょうか…王妃が眉を吊り上げて金切声を上げました。しかし…

「いい加減にせぬか!」

 尚も言い募ろうとした王妃の言葉を遮ったのは…マルダーンの国王でもある父王でした。しかもその隣には異母兄やジーク様、更にはエーギル様までいらっしゃいます。これは…かなりマズい状況ではないでしょうか。こうならないようにと早めに退室を願ったのに…

「あ、あなたっ!何を…」
「何度も言わせるな、痴れ者が。カミラ、お前は部屋で謹慎するよう命じられていたのに、何故ここにいる?」
「そ、っ、それは…」
「あなたっ!カミラは、カミラこそがラルセンの王妃に相応しいと思ったからですわ。こんな卑しい者の血を引く娘などよりもずっと…」
「いい加減にしろと言ったのが聞こえなかったか。他国でこの様な騒ぎを起こしよって。お前達は戦争を引き起こすつもりか?」
「せ、戦争なんて、そんな、大げさな…」

 父王の声は決して大きくはありませんでしたが、やはり一国の王なのですね。王妃やカミラは王としての父王の姿に驚いているのか、言い返せずにいます。こんな風に父王が二人を諫めたのも、もしかしたら初めてかもしれません。
 一方の王妃とカミラは、自分達がやった事が戦争のきっかけになるなどとは全く思っていなかったようです。どこまでおめでたい頭なのでしょうか…

「エリサ、大丈夫か?」

 父王たちが言い合っている間に王妃たちには目もくれず、ジーク様が私の側までくるとそっと寄り添い、手を取って下さいました。それだけでとても大きな安心感に包まれました。呼べば来てくださるとは思っていましたが…そうなる前にこうして来てくださったのは、騎士が直ぐに知らせて下さったからでしょう。

「ジーク様、ありがとうございます。マリーア様のお陰で大丈夫です」
「そうか、よかった…」

 そう言ってジーク様が表情を緩めると、マリーア様が扇で口元を隠されました。その目がやれやれと言いたそうに見えたのは、気のせいでしょうか…

「マリーア王女、王妃のためにすまなかった」
「いいえ、陛下のお役に立てたなら幸いですわ」
「ったく、いくらエリサが心配だからって、人の妹を猛獣除けに使うなよな」

 マリーア様は涼しい表情でジーク様に応えていたけれど、その上からエーギル様が非難めいた声をあげました。でも、猛獣って…もしかして王妃とカミラの事でしょうか…エーギル様の向こうでは異母兄が笑いをこらえているのが見えました。いえいえ、言われているのは貴方の実母と実妹ですよ?

「も、猛獣ですって…」

 エーギル様の声に最初に反応したのは、王妃でした。まぁ、プライドも人一倍高い人なので、他国の王太子と言えど許せないのでしょうが…既にマリーア様に扇を投げつけた事、お忘れなのでしょうか…

「そうだろう?謹慎を命じられているのに、のこのこ部屋から出て来きたり、他国の王妃の部屋に押しかけるなんぞ、常識のある者のすることじゃない」
「な…」
「それに、我が国の王女である妹に扇を投げつけたのはどういうつもりだ?返答次第では容赦する気はないが?」
「な…っ!」

 どうやら王妃は、マリーア様に扇を投げつけたところを見られたとは思っていなかったようです。でも、これだけ人目がある場所では、いずれ知られるでしょうに…

「あ、あれは…」
「あれは、なんだ?」

 全く容赦する気のなさそうなエーギル様に、エーギル様の迫力に負けて返事もままならない王妃。返答によっては戦争にもなり兼ねない状況に、私は気が気ではありませんでした。

「……」
「その件に関しては、私から謝罪しよう。マリーア王女殿下、我が妃の無礼、誠にすまなかった」

 そんなマリーア様とエーギル様に頭を下げたのは、意外にも父王でした。あの父が頭を下げるなんて…私もですが、エーギル様ですらも驚きの表情を浮かべています。
 でも、一番驚いているのは、王妃とカミラでした。あの二人は父王が謝罪するほどの事だとは思っていなかったのでしょう。

「マルダーン国王陛下自らの謝罪、受け容れぬほど我が国は狭量ではない。どうか頭をあげられよ」
「王太子殿下の寛大さに感謝する」

 エーギル様は普段は軽薄ともとれる雰囲気ですが、堂々とした立ち居振る舞いは王者の風格でした。ちょっと…いえ、かなり見直しました。何と言うか…父王にも全く引けを取りませし、放つ威圧感は父王より上かもしれません。

「ジークヴァルト陛下にも謝罪する。我が国の妃と王女が、貴国の王妃を不当に貶めようとした上、他国ともめ事をおこしてすまなかった。我が娘とは言えエリサは貴国の正当な王妃となった者。あのような態度が許される筈もない」

 エーギル様から許しを得た父王は、今度はジーク様に頭を下げました。何と言うか…父王はこんな方だったでしょうか…母国にいた頃は王妃やカミラの言いなりで、我儘を許していたとしか見えませんでしたし、人に頭を下げるような方でもなかったと思いますが。いえ、王としての父の姿を見たのは、これが初めてです。父も…王だったのですね…

「マルダーン国王よ、どうか頭を上げられよ。慶事に騒ぎ立てる事でもなかろう。それでいいだろうか、エーギル王太子殿下?」
「ああ、ジークヴァルト陛下がそう仰るのであれば、我らに否やはない」

 王同士の会話に、私はすっかり圧倒されてしまいました。きっとここで丸く収めても、裏では色んな取引がありそうな気がします。宰相様が笑顔でこの件を最大限に利用するのでしょうが、マルダーンは大丈夫なのでしょうか…
 一方で、ジーク様やエーギル様だけでなく、父王も王だったのだと改めて実感する事になるとは思いませんでした。

「ジークヴァルト陛下、もう一つ頼まれてくれまいか。謝罪を受けて頂いた上に頼み事をするのは気が引けるが…」
「岳父の頼みを聞きもしないで断る気はないが」
「であれば‥王妃とカミラを貴族牢に放り込んで欲しい」
「あなた?!」
「お父様っ!何故?!」

 まさか父王があの二人を貴族牢に入れる事を頼まれるなんて、思いもしませんでした。これにはさすがのジーク様やエーギル様も驚いています。貴族牢は平民のものよりはずっとマシですが、それでも牢は牢です。決して謹慎のために入れるような場所ではない筈ですが…

「カミラ、お前が大人しく謹慎しておればわしもこのような事を言い出す必要はなかった。だが、それを守れぬお前も、それを諫めぬ王妃もわしは信用ならぬ。他国からの評判をこれ以上下げぬためにも仕方あるまい」
「そんな…っ」
「ここで騒いで貴族牢に入れられたと他国に知られるか、黙って従い名誉を守るか、好きにしろ」
「…っ」

 さすがにここまで言われては、王妃もカミラも従うしかありませんでした。それもそうでしょう。まだ近くではパーティーが開かれているのです。ここで騒ぎを起こせば、二人とも名誉が地に落ちるだけでは済まないでしょう。取り付く島もない父王の姿に、すっかり戦意を失った二人は、見届けに指名された異母兄と騎士達に連れられて、大人しくこの部屋を去っていきました。
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