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父王からの言葉

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 ジーク様との結婚披露パーティー。他国の王族の挨拶で最初に現れたのは、同盟の相手でもあり、私の母国の代表でもある父王と義母に当たる王妃、異母兄と…このパーティーへの出席を禁止されていた異母姉のカミラでした。
 父王と王妃に関しては、つい先ほどジーク様に知らされたところです。実は昨夜、父王と王妃が急遽この国の王宮を訪れたのだそうです。一応事前連絡はあったものの、今まで何度も偽の書簡を送ってきているマルダーンなだけに、ジーク様も宰相様も半信半疑だったと聞きます。
 なんせマルダーンからこの王城までは二週間かかるのです。王太子でもある異母兄も既に来ているのに、この上国王と王妃まで国を空けるなど、通常ではあり得ません。これを機によからぬ事を考える者達も現れるかもしれないのですから…
 でも、予定通り現れた父王と王妃に、マルダーン驚きを感じながらも丁重に迎えたと言います。そもそも国王がこの様な形で訪問するなど、非常識の類に入るのは間違いありません。それだけ必要に駆られた…という事でしょうか…一体何が…
 そして私は、王妃とカミラを前に、言い知れぬ息苦しさを感じました。

「エリサ、私がいる」

 私がこの状況を何とか理解しようと、他国の前で非常識な行動に出るのではと不安に襲われていると、ジーク様がそっと私を励ます様に囁かれました。ベールのせいで私の表情は見えないでしょうに…ジーク様の存在に、私は胸がつかえるような息苦しさが薄れるのを感じました。母国でされた数々の事に、私はすっかり委縮する癖がついていたようです。

「ジークヴァルト陛下、我が娘との婚姻を心から歓迎し祝福する。そして、二人の婚姻が両国の絆と今後の発展に繋がることを切に望む。そして…どうか我が娘を頼む」

 陛下の前に歩み出た父王は、いつものやる気のない濁った目をしていた記憶とは別人のように、明瞭な口調でそう告げました。最後の言葉は…ジーク様に向けたものなのでしょうか。側に居た者にしか届かないほどのものでしたが、私はその言葉に、父王がこの結婚を良しとしているのを感じました。全く想像していなかった言葉に、私は一瞬何を言っているのかと父王を凝視してしまいました。

「あ、あなた?」
「な…!お、お父様、何を…」

 父王の言葉にはっきり動揺を示したのは、王妃とカミラでした。いえ、この点に関しては同感です。どうやら二人とも父王の言葉とは別のものを期待していたようです。
 でも、他国の王族たちもいるこの場で、それ以外の言葉を期待するなど正気の沙汰ではありません。それこそマルダーンの信用など一瞬で失わせてしまうでしょう。

「マルダーン王に感謝する。エリサは心優しくよき王妃となろう。私も彼女を慈しみ守ると誓おう。両国の民のためにも、これからはよき関係を望む」

 動揺する王妃やカミラなど眼中にないかのように、ジーク様は父王の言葉に力強く応えました。ジーク様がそう言い切った事で、王妃はさすがにこれ以上の発言はマズイと感じた様です。顔を歪めながらも、下唇を噛む事で自身を律しているようにも見えました。

「お父様っ!」
「やめぬか。他国の王族の前で恥をさらす気か?」
「…っ!」

 カミラが声をあげましたが、父王が珍しくカミラに対して諫めるような口調でそう告げました。いつもはカミラがする事に口を出さなかったので意外です。カミラも驚きの表情を浮かべていますが…さすがに他国の王族の存在を口にされ、更に父王が踵を返したため、それ以上言葉をつづける事は出来なかったようです。
 王妃とカミラは戸惑いながらも私に鋭い視線を向けた後、父王に続きましたが…毎度の事ながら、それ、ジーク様や宰相様に見られているの、理解出来ないのでしょうか…あまりにも進歩のない二人に、私は頭が痛くなるのを感じました。それでも、この場であれ以上騒がなかった事にホッとしました。最後に異母兄が申し訳なさそうに一礼して去っていきましたが、苦労しているのでしょうね…

 それからは、私は延々と参加者の皆さんからの挨拶を受けました。マルダーンの次はラルセンの一番の同盟国でもあるセーデンで、その後はフェセンなどの王族が続きました。既にお顔を知っている方からそうでない方など様々でしたが…人数が多くてとても覚えられそうもありませんでした。

 挨拶が一通り終わると、後はダンスや会話、立食での食事の時間です。ラルセンでは結婚披露パーティーといっても、王妃は直ぐに退席するので、あまりお披露目といった感じはありません。そのため、参加者の社交の場であり、各国がそれぞれの人脈を広げる意味合いの方が強いそうですが、獣人の国では概ね似たような感じなのだと聞きました。



 挨拶が一通り終わったため、私はそろそろ退席の時間です。重いドレスに普段運動しない私の足はとっくに限界です。式の前から高いヒールに慣らしていましたが、さすがにこれだけ長いと辛いですわね。靴擦れになっている足を今すぐ解放したい気分ですが、それもあと少しの我慢です。

「エリサ、そろそろ」
「はい、ジーク様」

 ようやくジーク様から退席を促されて、私はようやくこの重責から解放されると安堵しました。今のところこれといった失敗もしていないので、出来ればこのまま綺麗に終わりたいところです。
 ただ、心配な事もあります…それは…言うまでもなくカミラの存在です。私が退席した後、何かやらかさないかと心配なのです。カミラの狙いがジーク様なのは明白なので、私がいなくなったらこれ幸いと、よからぬ事をしそうな気がします。いえ、確実にするでしょう。

「…ジーク様、あの…」
「エリサ、あの王女が何を企んでも問題にはならない。そこは話が付いているから何も心配いらない」
「話が?」
「詳しくは後で話そう。ここではさすがに、な」

 ジーク様が困ったような表情でそう言いましたが…確かにここで話す内容ではありませんわね。父のあの言葉と言い、何か私が思いもしない何かがあったのかもしれませんし…それでも、父王がこの婚姻に異を唱えなかった事は、私の心に思った以上に安堵をもたらしました。政略結婚の場合、当事者の王同士の意見が第一になりますから。マルダーンからの書簡について、もしかしたら説明があったのかもしれませんね。

 ジーク様にエスコートされた私は、再び盛大な拍手と共に退場となりました。今はやっと解放されるとの安堵感でいっぱいです。足もすでに限界を超えていますし、素敵なドレスではありますが今は早く脱ぎたい思いでいっぱいです。

「エリサ、最後までよく頑張ってくれた。ありがとう」

 私をエスコートしながらジーク様がそう囁きました。自分の結婚式ではありますが、まだ気持ちも追いついていませんし、今はそれよりも国事の色合いが強かったのもジーク様は気にされているのでしょうか。でも、それは私も理解していましたし、謝って頂く事ではないのですが…それに、こんなに素敵なウエディングドレスを着られるなんて、以前の私では想像でも出来ませんでしたから。

「いえ、私の方こそ…ありがとうございました」

 まだ色んな事に決着は付いていませんが…それでも今は、無事に結婚式と披露宴を終えられた事への安堵と、満足感でいっぱいです。百点満点ではなかったかもしれませんが、王妃としての役目は出来たと思います。
 そして何よりも…カミラ達に絡まれる事なく退場出来た事に物凄くホッとしている自分がいます。カミラの姿を見た時から、突撃してきた彼女にワインを掛けられるんじゃないか…と冷や冷やしていたのです。せっかくジーク様が用意して下さった素敵なドレスを最後まで汚さずに済んだ事は、私にとって大きな収穫にすら思えました。




「エリサ様、お疲れさまでした!」
「無事に終わってよかったわ」

 部屋に戻ると、ラウラやベルタさん達がお祝いムードで出迎えてくれました。これは最後まで無事に役目を果たせたことへのお祝いですわね。私が転ばないか…というレベルから、ジーク様狙いの他国の王女の突撃やこの結婚を良しとしない者達の襲撃まで、色んな危険が想定されていた式でした。特に今日は朝から火矢を放たれて一騒動あっただけに、それを無事に終えられた事は、本当に幸運でした。

「エリサ、後はゆっくり休んでくれ」
「あ、はい…ジーク様は…戻られるのですね」
「そうだな、私はまだ招待客の接待が残っているから」
「そうですか」
「心配は無用だ。マルダーンの王女はそなたの父王が部屋に引っ込めた」
「え?そ、うなのですか?」
「ああ、また後で詳しく話そう。今はゆっくり休んでくれ」
「わかりましたわ」

 私がこたえると、ジーク様は会場に戻られました。会場にはカミラがいるので、私が下がった後でジーク様に突撃するのでは…と心配だったのですが、既に部屋に戻らされたのですね。という事は…父王の反対を押し切って出席したのですか…相変わらずやりたい放題ですわね。

 ジーク様が戻られた後、私はドレスを脱いで湯浴みをし、簡単なドレスに着替えました。さすがにまだ夕刻前ですし、初夜の予定がないのもあります。どうなるのかしら…時になっていましたが、侍女さん達からはそんな気配は感じられません。もしかしたら…ジーク様が何か言って下さったのでしょうか…

 その後、焼き菓子やフルーツを頂きながらお茶をして、今日の式の様子をみんなに教えて貰いました。私はベールを被っていて周りが殆ど見えなかったから、どうなっていたのか凄く気になったのです。

「エリサ様、お客様です」
「お客様…?」
「セーデンのマリーア様ですわ」

 何と、セーデンのマリーア様が来ていると言われて、私はラウラと顔を見合わせました。
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