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火と煙と
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「火だ!」
「どうしてここに?!」
避難した部屋の奥の間で髪を整えて貰っていた私は、そう叫ぶ声の方に視線を向けました。ドアの向こうに見えたのは、割れたガラスと炎を纏うカーテンでした。こんな王宮の警備が厳重な場所で突然カーテンが燃え上がるなど、尋常ではありません。私は直ぐに部屋を出ようと、侍女に付き添われて廊下に続くドアに向かいましたが…
「え?か、鍵が…っ?!」
ドアを開けようとした侍女が必死にドアを開けようとしますが、鍵がかかっているのか開きません。鍵は内側からしか掛けられない筈ですし、解除されているのにどういう事でしょうか?
仕方なく、先ほどこの部屋に入った隣の部屋との間にあるドアに向かいましたが…先に隣の部屋に足を踏み入れようとした侍女の動きが止まりました。
「…っ!煙が…」
「そんな…」
隣の部屋に続くドアからは煙が充満して室内はほぼ真っ白に見え、騎士達が消火している様な姿が浮かび上がっています。窓のカーテンの火は大した事がなかったようで、広がっている様にはみえませんが、勢いの割には煙の量が多い様に思います。でもこの煙の臭い、妙な甘さというか甘酸っぱい感じがして…変な感じがします。
「煙を吸い込まないで下さい!」
私が煙の臭いを気にしていると、側にいた女性騎士が、口元を袖で覆いながら叫びました。
「この煙、何か薬が混じっているかもしれません。口元を布か何かで覆って、身体を低くして吸い込まないようにしてください!」
女性騎士の言葉に、私もラウラも侍女たちも互いに顔を見合わせました。でも、直ぐに状況を理解してハンカチなどで口元を覆うと、煙の薄そうな場所へと移動して座り込みました。私達が移動している間に、女性騎士は煙が流れ込んでくる隣の部屋との間のドアを閉めました。これで隣室からこれ以上煙が入り込んでくることはないでしょう。
幸いにも隣室の火は大した事なさそうですし、煙も部屋のこちら側には流れてきません。この部屋から出たいところですが、私達がここにいるのはジーク様や騎士達も知っています。助けが来るまでお待ちくださいと女性騎士にも言われたため、私はラウラと侍女二人と一緒に待つ事にしました。色々と気にはなりますが、闇雲に動き回って皆さんの足を引っ張るわけにもいきませんから。
「一体何が…」
それにしても王の結婚式でこの様な事態が起きるとは、どういう事でしょうか。今日は一際警備も厳しく、部外者の立ち入りも制限されています。式場のある建物周辺も、招待客や許可された者しか立ち入る事は出来ないと聞いています。
「さすがに火矢が放たれるとは思いませんでした」
「一体何のために…」
「この婚礼をよく思わない者の仕業、でしょうか…」
「それはまだ何とも…でも、マルダーンとラルセンが手を組むのを良しとしない国や者がいてもおかしくはないですからね」
「そうね」
侍女たちの言葉には私も同感でしたが、やっぱり気が重くなるのを感じました。ジーク様との結婚をよく思わない者がいると言われると、お前ではだめだと言われたような気がして、ざらりとした嫌な感覚に襲われました。
いえ、母国では母が生きていた十歳までしか教育を受けられなかったし、王女として色々足りないのは間違いなく、そう思われても仕方ないのですが…今更ですが、この国に来てからもっとしっかり学んでおけばよかったです。ユリア先生たちのお陰で前よりマシにはなっていますが…半年程度ではまだまだ不十分でしょう…
「エリサ!どこだ!」
「ラウラ!返事をしてくれ!どこにいるんだ?!」
ラウラ達と一緒に部屋の片隅で助けを待っていた私は、私を呼ぶジーク様の声に顔をあげました。声はドアの向こうの廊下からしているようです。
「…ジーク様!」
「レイフ様、ここにいます!」
「…っ!エリサ?ここか!」
どうやら廊下の向こう側にいらっしゃったようで、ジーク様は私の声に直ぐ気が付いて下さいました。ドアノブを回す音がしましたが、音がするだけで開かないところを見ると、やはり鍵がかかっているようです。
「エリサ、鍵を解除してくれ」
「鍵はかけていません。でも、こちら側からも開かないんです」
「なんだと?!」
どうやら向こう側からも鍵がかかっていないようです。という事は、このドアに何か細工がされているという事でしょうか…一体何のために…
「ドアから離れてくれ」
「は、はい」
私達はジーク様の言う通り、ドアから離れました。壁の側で身を屈めていると、ドアが悲鳴のような物凄い音を立てました。えっと…ドア…が…
「エリサっ!」
既にドアの役目を果たさなくなったそれの間から現れたのは、ジーク様でした。ジ、ジーク様、もしかしてドア、破壊しちゃった…のですか…竜人は物凄く強いと聞きましたが、まさかドアを素手で壊せるとは思わず、私は目の前の景色を呆然と眺めていました。そんな私の視界に、剣を手にしたレイフ様がラウラに駆け寄っているのが見えました。えっと、ドアを壊したのはレイフ様…でしょうか?
「無事でよかった!」
ラウラ達の様子に気を取られていた私は、次の瞬間にはがっつりと拘束されている自分を自覚しました。目の前に広がった色は私と同じものですが…ち、近いです、ジーク様…いえ、それよりも…
「い、痛いですっ」
「…っ!す、すまないっ!」
えっと、渾身の力で抱きしめられていたのでしょうか…力も凄いですが、ジーク様の衣装に付いている金属製の勲章などが顔に当たってそちらの方が痛いです。幸いすぐに力を緩めて下さいましたが、それでも解放はして貰えず、少しだけ身体を離したジーク様は私の全身を見下ろしてきました。うう、今はまだ髪を結っていた途中ですし、ドレスも簡易なものだし、お化粧もしていないので、こんな姿を見られるのは非常に不本意なのですが…
「どこも怪我は…」
「ないです。皆さんが守ってくださいましたから」
不安げに金色の瞳を揺らしたジーク様の様子から、かなり心配をかけてしまったようです。私は何とか笑みを浮かべてそう答えましたが…笑顔がぎこちなかった自覚があります。
というのも、ここまで近づいた事がなかったので、この距離に動揺してしまったのです。こうしていると、何と言うか…ジーク様の身体の大きさを凄く感じます。ドアを壊せるジーク様なら、私などギューッと力を籠めて抱きしめたら窒息死しそうな気が…いえ、そんな事ジーク様はしないでしょうけど。でも、人族とは違うのだと改めて感じました。
「あの…何が起きているんですか?」
未だに放してくれないジーク様との距離感が居た堪れなくて、私はジーク様から意識を逸らすためにそう問いかけました。
「ああ、何者かが隣の部屋に火矢を放ったらしい」
「火矢を?こんな時に?」
「ああ、今外で火矢を放った者を騎士が捕らえたようだ」
「え?もうですか?」
「今日は騎士が至る所に配置されているからな。詳しくはこれからだが…」
騎士さんの仕事の早さにも驚きですが、こんな状況で堂々と仕掛けてくるなんて、それはそれで強心臓ですね…警備が厳しいので、怪しい行動をとれば直ぐに捕まってしまうでしょうに。それとも、それも計算の上、なのでしょうか…
「ジーク、ここか」
今度はエリック様が現れました。やはりあの壊れたドアから入ってこられたようです。エリック様の後ろには、ドアを修復しようと騎士が三人程集まっているのが見えました。
「エリック、何かわかったか?」
「ああ、厨房だが、調理用の火にガッシの枝が紛れ込んだようだ」
「ガッシの枝が?」
「ああ。お陰で煙を吸い込んだ料理人と見習いが眠り込んでしまった。ボヤが起きたのはそのせいらしい」
ガッシの枝は、眠り薬の原料になる木の枝です。木の枝を乾燥させて粉末にすれば眠り薬になりますが、あの枝を燻しても同じ効果があると聞きます。それじゃ…
「陛下、恐れながら申し上げます。それでしたら隣の部屋の煙もそうかもしれません。独特の臭いがしましたから」
「何?」
女性騎士がそう言うと、ジーク様とエリック様は顔を見合わせると、エリック様は調べてくるといって出ていかれました。確かに、隣の部屋は火の勢いの割に煙が多かったように感じます。もしかすると、あの火矢はガッシの枝で作られたのでしょうか…
「…とにかくここは危険だ。移動しよう」
ジーク様がそう仰って、私達はまた移動になりました。
「どうしてここに?!」
避難した部屋の奥の間で髪を整えて貰っていた私は、そう叫ぶ声の方に視線を向けました。ドアの向こうに見えたのは、割れたガラスと炎を纏うカーテンでした。こんな王宮の警備が厳重な場所で突然カーテンが燃え上がるなど、尋常ではありません。私は直ぐに部屋を出ようと、侍女に付き添われて廊下に続くドアに向かいましたが…
「え?か、鍵が…っ?!」
ドアを開けようとした侍女が必死にドアを開けようとしますが、鍵がかかっているのか開きません。鍵は内側からしか掛けられない筈ですし、解除されているのにどういう事でしょうか?
仕方なく、先ほどこの部屋に入った隣の部屋との間にあるドアに向かいましたが…先に隣の部屋に足を踏み入れようとした侍女の動きが止まりました。
「…っ!煙が…」
「そんな…」
隣の部屋に続くドアからは煙が充満して室内はほぼ真っ白に見え、騎士達が消火している様な姿が浮かび上がっています。窓のカーテンの火は大した事がなかったようで、広がっている様にはみえませんが、勢いの割には煙の量が多い様に思います。でもこの煙の臭い、妙な甘さというか甘酸っぱい感じがして…変な感じがします。
「煙を吸い込まないで下さい!」
私が煙の臭いを気にしていると、側にいた女性騎士が、口元を袖で覆いながら叫びました。
「この煙、何か薬が混じっているかもしれません。口元を布か何かで覆って、身体を低くして吸い込まないようにしてください!」
女性騎士の言葉に、私もラウラも侍女たちも互いに顔を見合わせました。でも、直ぐに状況を理解してハンカチなどで口元を覆うと、煙の薄そうな場所へと移動して座り込みました。私達が移動している間に、女性騎士は煙が流れ込んでくる隣の部屋との間のドアを閉めました。これで隣室からこれ以上煙が入り込んでくることはないでしょう。
幸いにも隣室の火は大した事なさそうですし、煙も部屋のこちら側には流れてきません。この部屋から出たいところですが、私達がここにいるのはジーク様や騎士達も知っています。助けが来るまでお待ちくださいと女性騎士にも言われたため、私はラウラと侍女二人と一緒に待つ事にしました。色々と気にはなりますが、闇雲に動き回って皆さんの足を引っ張るわけにもいきませんから。
「一体何が…」
それにしても王の結婚式でこの様な事態が起きるとは、どういう事でしょうか。今日は一際警備も厳しく、部外者の立ち入りも制限されています。式場のある建物周辺も、招待客や許可された者しか立ち入る事は出来ないと聞いています。
「さすがに火矢が放たれるとは思いませんでした」
「一体何のために…」
「この婚礼をよく思わない者の仕業、でしょうか…」
「それはまだ何とも…でも、マルダーンとラルセンが手を組むのを良しとしない国や者がいてもおかしくはないですからね」
「そうね」
侍女たちの言葉には私も同感でしたが、やっぱり気が重くなるのを感じました。ジーク様との結婚をよく思わない者がいると言われると、お前ではだめだと言われたような気がして、ざらりとした嫌な感覚に襲われました。
いえ、母国では母が生きていた十歳までしか教育を受けられなかったし、王女として色々足りないのは間違いなく、そう思われても仕方ないのですが…今更ですが、この国に来てからもっとしっかり学んでおけばよかったです。ユリア先生たちのお陰で前よりマシにはなっていますが…半年程度ではまだまだ不十分でしょう…
「エリサ!どこだ!」
「ラウラ!返事をしてくれ!どこにいるんだ?!」
ラウラ達と一緒に部屋の片隅で助けを待っていた私は、私を呼ぶジーク様の声に顔をあげました。声はドアの向こうの廊下からしているようです。
「…ジーク様!」
「レイフ様、ここにいます!」
「…っ!エリサ?ここか!」
どうやら廊下の向こう側にいらっしゃったようで、ジーク様は私の声に直ぐ気が付いて下さいました。ドアノブを回す音がしましたが、音がするだけで開かないところを見ると、やはり鍵がかかっているようです。
「エリサ、鍵を解除してくれ」
「鍵はかけていません。でも、こちら側からも開かないんです」
「なんだと?!」
どうやら向こう側からも鍵がかかっていないようです。という事は、このドアに何か細工がされているという事でしょうか…一体何のために…
「ドアから離れてくれ」
「は、はい」
私達はジーク様の言う通り、ドアから離れました。壁の側で身を屈めていると、ドアが悲鳴のような物凄い音を立てました。えっと…ドア…が…
「エリサっ!」
既にドアの役目を果たさなくなったそれの間から現れたのは、ジーク様でした。ジ、ジーク様、もしかしてドア、破壊しちゃった…のですか…竜人は物凄く強いと聞きましたが、まさかドアを素手で壊せるとは思わず、私は目の前の景色を呆然と眺めていました。そんな私の視界に、剣を手にしたレイフ様がラウラに駆け寄っているのが見えました。えっと、ドアを壊したのはレイフ様…でしょうか?
「無事でよかった!」
ラウラ達の様子に気を取られていた私は、次の瞬間にはがっつりと拘束されている自分を自覚しました。目の前に広がった色は私と同じものですが…ち、近いです、ジーク様…いえ、それよりも…
「い、痛いですっ」
「…っ!す、すまないっ!」
えっと、渾身の力で抱きしめられていたのでしょうか…力も凄いですが、ジーク様の衣装に付いている金属製の勲章などが顔に当たってそちらの方が痛いです。幸いすぐに力を緩めて下さいましたが、それでも解放はして貰えず、少しだけ身体を離したジーク様は私の全身を見下ろしてきました。うう、今はまだ髪を結っていた途中ですし、ドレスも簡易なものだし、お化粧もしていないので、こんな姿を見られるのは非常に不本意なのですが…
「どこも怪我は…」
「ないです。皆さんが守ってくださいましたから」
不安げに金色の瞳を揺らしたジーク様の様子から、かなり心配をかけてしまったようです。私は何とか笑みを浮かべてそう答えましたが…笑顔がぎこちなかった自覚があります。
というのも、ここまで近づいた事がなかったので、この距離に動揺してしまったのです。こうしていると、何と言うか…ジーク様の身体の大きさを凄く感じます。ドアを壊せるジーク様なら、私などギューッと力を籠めて抱きしめたら窒息死しそうな気が…いえ、そんな事ジーク様はしないでしょうけど。でも、人族とは違うのだと改めて感じました。
「あの…何が起きているんですか?」
未だに放してくれないジーク様との距離感が居た堪れなくて、私はジーク様から意識を逸らすためにそう問いかけました。
「ああ、何者かが隣の部屋に火矢を放ったらしい」
「火矢を?こんな時に?」
「ああ、今外で火矢を放った者を騎士が捕らえたようだ」
「え?もうですか?」
「今日は騎士が至る所に配置されているからな。詳しくはこれからだが…」
騎士さんの仕事の早さにも驚きですが、こんな状況で堂々と仕掛けてくるなんて、それはそれで強心臓ですね…警備が厳しいので、怪しい行動をとれば直ぐに捕まってしまうでしょうに。それとも、それも計算の上、なのでしょうか…
「ジーク、ここか」
今度はエリック様が現れました。やはりあの壊れたドアから入ってこられたようです。エリック様の後ろには、ドアを修復しようと騎士が三人程集まっているのが見えました。
「エリック、何かわかったか?」
「ああ、厨房だが、調理用の火にガッシの枝が紛れ込んだようだ」
「ガッシの枝が?」
「ああ。お陰で煙を吸い込んだ料理人と見習いが眠り込んでしまった。ボヤが起きたのはそのせいらしい」
ガッシの枝は、眠り薬の原料になる木の枝です。木の枝を乾燥させて粉末にすれば眠り薬になりますが、あの枝を燻しても同じ効果があると聞きます。それじゃ…
「陛下、恐れながら申し上げます。それでしたら隣の部屋の煙もそうかもしれません。独特の臭いがしましたから」
「何?」
女性騎士がそう言うと、ジーク様とエリック様は顔を見合わせると、エリック様は調べてくるといって出ていかれました。確かに、隣の部屋は火の勢いの割に煙が多かったように感じます。もしかすると、あの火矢はガッシの枝で作られたのでしょうか…
「…とにかくここは危険だ。移動しよう」
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