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暴かれる不安
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結婚式を明日に控えた私から、本音を引き出したのは…ずっと側に居てくれたラウラでした。それは私の中ではまだ明確な形になっていなかったけれど、心に棘のように刺さって、時折その痛みを主張していたものです。
そして、耐え切れずに吐き出してしまったその場には…ジーク様がいたのです。今までの会話を聞かれてしまったのかと、私は絶望的な気持ちになりました。こんな気持ちは、ジーク様には知られたくなかったからです。なのに…
「陛下、ご無礼を承知で申し上げますが、これがずっと知りたいと仰っていたエリサ様の本音ですわ。お約束は果たしましたよ」
「…ああ、すまなかった。そして、礼を言う」
「私はエリサ様のためにやった事ですので、お礼は結構です」
「……」
ラウラの今までに見た事もなかった厳しい口調に、私は不敬だと思いながらも止める事が出来ませんでした。そして、陛下がラウラに私の本音を知りたいと言っていた事も驚きでした。先ほど口にした事は、ほんの少し前までは私の中に漠然とあっただけのもので、自分でもはっきり意識していたものではなかったのです。ラウラの問いかけに何も仰らない陛下に、今まで感じた事のない恐怖を感じました。
「国王として盤石な居場所がある陛下には、私達の不安など想像も出来なかったでしょうね。私、少なくともまだ陛下を許せそうもありません。私達より年上のくせして、大人げない態度だった陛下が。上に立つ人間がそういう態度をとれば周りがどう行動するか、ちょっと考えればわかる事ですよね」
「そう、だな…」
「ま、待って…ラウラ…」
「エリサ様、大丈夫ですよ」
「でも…離婚すると言ったジーク様に直談判に行ったのは私よ?だから私がこんな風に思うのは…」
そうです、そもそも離婚するつもりだったジーク様の元に押しかけたのは私です。宰相様にも止められたのに押し切ったのも…だから私が不満を言う立場にはないのです。
「ええ、エリサ様が行動したお陰で今があるんですよ。そうですよね、陛下?…」
「その通りだ。それに関しては返す言葉もない」
「ね?エリサ様、こんな事くらいで陛下は罰したりしませんよ」
「そうだな」
いつの間にラウラは、こんなに強くなっていたのでしょうか…まるで別人の様に感じましたが…
いえ、マルダーンでのラウラはいつだって、こんな風に私を守ってくれました。王妃やカミラ相手でも、果敢に向かってくれていました。でも…
「もういいの、ラウラに何かあったら私…」
「その心配は不要だ、エリサ。ラウラの言っている事は正しいし、彼女を罰するなどあり得ない。私が望んだのだ、あなたの表情が陰る理由を知りたいと」
陛下の言葉を、私は信じられない思いで聞いていました。自分の表情が陰っていたなどと言われても、自覚はありませんでしたから…
「そうですよ、エリサ様。これは陛下が望んだ事です。私を罰したりしませんから安心してください。もしそうなったら…私、エリサ様を連れて逃げますわ」
「で、でも…レイフ様は…」
「レイフ様とエリサ様じゃ、何があったってエリサ様が上ですよ。十七年もずっと一緒だった絆をなめんな、です。ポッと出のレイフ様が勝てるわけないじゃないですか」
迷いなくそう断言してくれるラウラに、こんな時なのに心が解れていくのを、私は不謹慎だと思いながらも実感していました。いえ、今はそれどころじゃなくて…
「それで陛下、どうするんです?このままお任せしてもいいんですか?」
「…ああ、出来れば、そう願いたい」
「そこは任せろと、断言してはくれないんですね」
「そう言い切れるほど、私は信用されていないだろう…」
「それもそうですね。でも、中途半端な気持ちなら、エリサ様を余計に傷付けます。だったら少なくとも結婚式が終わるまで引っ込んでてください」
「…そんな事は出来ない。どうか頼む、私にチャンスを与えて欲しい」
陛下が縋る様にそう言うと、ラウラは立ち上がって腰に手を当て、大きくため息を付きました。何だか立場が逆転していますが…私はジーク様がお怒りになるのではと気が気ではなく、背中に嫌な汗が流れるのを感じていました。
「仕方ないですね。じゃ、この先はお任せしますけど…もしエリサ様を泣かせたら…」
「そのような事はしないと誓おう。決して無体な事はしない」
私を通り越して会話をする二人の間に入れず、事の成り行きを見守る事しか出来ませんでした。ラウラは暫く陛下を胡散臭いものを見るような目で見ていましたが、あからさまに大きくため息を付きました。その態度は不敬になるんじゃないかと、一層不安が募りました。
「隣の部屋に控えていますから。エリサ様を泣かせたら容赦しませんからね」
「わかった。覚悟しておこう」
陛下がそう言うと、ラウラがエリサ様、何かあったら直ぐに呼んで下さいね、と言って隣の控室に行ってしまいました。残された私は…その後姿を見送った後も、怖くて視線すらも動かせませんでした。
「…エリサ」
「…っ、は、はいっ!」
暫くの重い沈黙の後、名を呼ばれた私は飛び上がらんばかりの反応をしてしまいました。気まずいなんていうレベルではありません。もう逃げ出したいの一択ですが、今はそれすらも叶いそうにありません。何と言われるのかと思うと不安しかなく、私は震えそうになる手を抑えるしか出来ませんでした。心の中を暴かれて身ぐるみはがされた様な気分で、それが一層不安という大波になって襲い掛かってくるようです。
「側に行っても…いいだろうか?」
「え…?あ、あの…は、い…」
何を言われるかと身構えた私には、ジーク様の言葉は思いがけないもので、直ぐには何と答えていいのかわかりませんでした。でも、断る選択肢など…あるでしょうか…今までに感じた事のない不安に、早くも負けてしまいそうです。
ジーク様はソファに隣合わせに座りましたが、今日は僅かですが距離がありました。私を覗き込むようにジーク様がこちらを向かれたため、私も仕方なくジーク様の方に身体を向けました。泣いた顔を見せたくはありませんが…今更取り繕う事も出来ません。半ば諦めた気分で俯いていた私でしたが、目元に何かの感触を感じました。驚いて視線をあげると…陛下がハンカチで私の涙をそっと拭っています。私と視線が合うとバツが悪そうな表情を浮かべられました。
「すまない。こういう時、どうしていいのかわからなくて…」
「いえ、申し訳ございません。あの、ハンカチが…」
「ああ、気にしないで欲しい。いや、こういう時はハンカチなど使うものじゃないのかもしれないが…」
ああ、ジーク様は私が触れられるのを嫌がるかもしれない、と思われたのでしょうね。慎重な方ですし、ましてや今の状態なら尚更です。
「今まですまなかった…などと一言で終わらせる事ではないと思っている」
「そんな事は…」
「いや、私の配慮のなさと身勝手さから、貴女をずっと傷つけてきた。理由を話して謝ったからと、そこで終わったつもりになっていた…」
目を伏せて、絞り出すように出された声は、苦々しく震えているようにも聞こえました。普段の淡々としながらも張りのある陛下の声とは思えないほどに弱々しくて、別人のようです。
でも、あの時謝罪を受け入れたのは私で、そうした以上、この件について蒸す返すのはルール違反でしょう。
「いえ、私の方こそ…謝罪を受け入れたのに…」
「いや、あの程度の謝罪だけで終わった事にしていたのは私の思い上がりだった。ラウラに言われるまで気が付かなかったのも、私の未熟さと驕りだ」
陛下にそう言い切られてしまって、私は返す言葉がありませんでした。そうかもしれませんが、今はまだ気持ちが落ち着かなくて返す言葉を見つける事が出来ませんでした。本音を暴かれる事が、こうも怖いものだとは思いませんでした。何だかもう、何を取り繕っても無駄なような気さえします。
「どうか、思っている事を話して欲しい。いや、私はラウラほど信頼されているわけじゃないし、そう言われたとしても言い難いのは変わらないだろうな。だが、あなたが怒っても罵っても、私はそれらを受け止めたいと思う。信じられないかもしれないが…貴女の苦しみを引き受けられるなら、それは私にとって幸運でしかないのだ」
ジーク様は本心からそう言っているのでしょうが…そう言われても、いまさら何を話せばいいのかと途方にくれました。さっきは勢いで話してしまいましたが、あれは相手がラウラだったからです。ジーク様相手にあんな風に話すのは…まだ難しいです。
それでも、先ほどの言葉はしっかりジーク様の耳に届いていたようです。その後言葉が出なかった私を気遣ってか、ジーク様は先ほどの発言を踏まえて色々と聞いてこられたので、またしても自分の気持ちを話す羽目になりました。今更逃げようもないだけに、私はまたしても心の中をのぞかれるような居心地の悪さを感じましたが…不思議な事に、どこかほっとしている自分もいて、その事が信じられませんでした。
そして、耐え切れずに吐き出してしまったその場には…ジーク様がいたのです。今までの会話を聞かれてしまったのかと、私は絶望的な気持ちになりました。こんな気持ちは、ジーク様には知られたくなかったからです。なのに…
「陛下、ご無礼を承知で申し上げますが、これがずっと知りたいと仰っていたエリサ様の本音ですわ。お約束は果たしましたよ」
「…ああ、すまなかった。そして、礼を言う」
「私はエリサ様のためにやった事ですので、お礼は結構です」
「……」
ラウラの今までに見た事もなかった厳しい口調に、私は不敬だと思いながらも止める事が出来ませんでした。そして、陛下がラウラに私の本音を知りたいと言っていた事も驚きでした。先ほど口にした事は、ほんの少し前までは私の中に漠然とあっただけのもので、自分でもはっきり意識していたものではなかったのです。ラウラの問いかけに何も仰らない陛下に、今まで感じた事のない恐怖を感じました。
「国王として盤石な居場所がある陛下には、私達の不安など想像も出来なかったでしょうね。私、少なくともまだ陛下を許せそうもありません。私達より年上のくせして、大人げない態度だった陛下が。上に立つ人間がそういう態度をとれば周りがどう行動するか、ちょっと考えればわかる事ですよね」
「そう、だな…」
「ま、待って…ラウラ…」
「エリサ様、大丈夫ですよ」
「でも…離婚すると言ったジーク様に直談判に行ったのは私よ?だから私がこんな風に思うのは…」
そうです、そもそも離婚するつもりだったジーク様の元に押しかけたのは私です。宰相様にも止められたのに押し切ったのも…だから私が不満を言う立場にはないのです。
「ええ、エリサ様が行動したお陰で今があるんですよ。そうですよね、陛下?…」
「その通りだ。それに関しては返す言葉もない」
「ね?エリサ様、こんな事くらいで陛下は罰したりしませんよ」
「そうだな」
いつの間にラウラは、こんなに強くなっていたのでしょうか…まるで別人の様に感じましたが…
いえ、マルダーンでのラウラはいつだって、こんな風に私を守ってくれました。王妃やカミラ相手でも、果敢に向かってくれていました。でも…
「もういいの、ラウラに何かあったら私…」
「その心配は不要だ、エリサ。ラウラの言っている事は正しいし、彼女を罰するなどあり得ない。私が望んだのだ、あなたの表情が陰る理由を知りたいと」
陛下の言葉を、私は信じられない思いで聞いていました。自分の表情が陰っていたなどと言われても、自覚はありませんでしたから…
「そうですよ、エリサ様。これは陛下が望んだ事です。私を罰したりしませんから安心してください。もしそうなったら…私、エリサ様を連れて逃げますわ」
「で、でも…レイフ様は…」
「レイフ様とエリサ様じゃ、何があったってエリサ様が上ですよ。十七年もずっと一緒だった絆をなめんな、です。ポッと出のレイフ様が勝てるわけないじゃないですか」
迷いなくそう断言してくれるラウラに、こんな時なのに心が解れていくのを、私は不謹慎だと思いながらも実感していました。いえ、今はそれどころじゃなくて…
「それで陛下、どうするんです?このままお任せしてもいいんですか?」
「…ああ、出来れば、そう願いたい」
「そこは任せろと、断言してはくれないんですね」
「そう言い切れるほど、私は信用されていないだろう…」
「それもそうですね。でも、中途半端な気持ちなら、エリサ様を余計に傷付けます。だったら少なくとも結婚式が終わるまで引っ込んでてください」
「…そんな事は出来ない。どうか頼む、私にチャンスを与えて欲しい」
陛下が縋る様にそう言うと、ラウラは立ち上がって腰に手を当て、大きくため息を付きました。何だか立場が逆転していますが…私はジーク様がお怒りになるのではと気が気ではなく、背中に嫌な汗が流れるのを感じていました。
「仕方ないですね。じゃ、この先はお任せしますけど…もしエリサ様を泣かせたら…」
「そのような事はしないと誓おう。決して無体な事はしない」
私を通り越して会話をする二人の間に入れず、事の成り行きを見守る事しか出来ませんでした。ラウラは暫く陛下を胡散臭いものを見るような目で見ていましたが、あからさまに大きくため息を付きました。その態度は不敬になるんじゃないかと、一層不安が募りました。
「隣の部屋に控えていますから。エリサ様を泣かせたら容赦しませんからね」
「わかった。覚悟しておこう」
陛下がそう言うと、ラウラがエリサ様、何かあったら直ぐに呼んで下さいね、と言って隣の控室に行ってしまいました。残された私は…その後姿を見送った後も、怖くて視線すらも動かせませんでした。
「…エリサ」
「…っ、は、はいっ!」
暫くの重い沈黙の後、名を呼ばれた私は飛び上がらんばかりの反応をしてしまいました。気まずいなんていうレベルではありません。もう逃げ出したいの一択ですが、今はそれすらも叶いそうにありません。何と言われるのかと思うと不安しかなく、私は震えそうになる手を抑えるしか出来ませんでした。心の中を暴かれて身ぐるみはがされた様な気分で、それが一層不安という大波になって襲い掛かってくるようです。
「側に行っても…いいだろうか?」
「え…?あ、あの…は、い…」
何を言われるかと身構えた私には、ジーク様の言葉は思いがけないもので、直ぐには何と答えていいのかわかりませんでした。でも、断る選択肢など…あるでしょうか…今までに感じた事のない不安に、早くも負けてしまいそうです。
ジーク様はソファに隣合わせに座りましたが、今日は僅かですが距離がありました。私を覗き込むようにジーク様がこちらを向かれたため、私も仕方なくジーク様の方に身体を向けました。泣いた顔を見せたくはありませんが…今更取り繕う事も出来ません。半ば諦めた気分で俯いていた私でしたが、目元に何かの感触を感じました。驚いて視線をあげると…陛下がハンカチで私の涙をそっと拭っています。私と視線が合うとバツが悪そうな表情を浮かべられました。
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「いえ、申し訳ございません。あの、ハンカチが…」
「ああ、気にしないで欲しい。いや、こういう時はハンカチなど使うものじゃないのかもしれないが…」
ああ、ジーク様は私が触れられるのを嫌がるかもしれない、と思われたのでしょうね。慎重な方ですし、ましてや今の状態なら尚更です。
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「どうか、思っている事を話して欲しい。いや、私はラウラほど信頼されているわけじゃないし、そう言われたとしても言い難いのは変わらないだろうな。だが、あなたが怒っても罵っても、私はそれらを受け止めたいと思う。信じられないかもしれないが…貴女の苦しみを引き受けられるなら、それは私にとって幸運でしかないのだ」
ジーク様は本心からそう言っているのでしょうが…そう言われても、いまさら何を話せばいいのかと途方にくれました。さっきは勢いで話してしまいましたが、あれは相手がラウラだったからです。ジーク様相手にあんな風に話すのは…まだ難しいです。
それでも、先ほどの言葉はしっかりジーク様の耳に届いていたようです。その後言葉が出なかった私を気遣ってか、ジーク様は先ほどの発言を踏まえて色々と聞いてこられたので、またしても自分の気持ちを話す羽目になりました。今更逃げようもないだけに、私はまたしても心の中をのぞかれるような居心地の悪さを感じましたが…不思議な事に、どこかほっとしている自分もいて、その事が信じられませんでした。
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