番が見つかったら即離婚! 王女は自由な平民に憧れる

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
31 / 85
連載

暴かれる不安

しおりを挟む
 結婚式を明日に控えた私から、本音を引き出したのは…ずっと側に居てくれたラウラでした。それは私の中ではまだ明確な形になっていなかったけれど、心に棘のように刺さって、時折その痛みを主張していたものです。
 そして、耐え切れずに吐き出してしまったその場には…ジーク様がいたのです。今までの会話を聞かれてしまったのかと、私は絶望的な気持ちになりました。こんな気持ちは、ジーク様には知られたくなかったからです。なのに…

「陛下、ご無礼を承知で申し上げますが、これがずっと知りたいと仰っていたエリサ様の本音ですわ。お約束は果たしましたよ」
「…ああ、すまなかった。そして、礼を言う」
「私はエリサ様のためにやった事ですので、お礼は結構です」
「……」

 ラウラの今までに見た事もなかった厳しい口調に、私は不敬だと思いながらも止める事が出来ませんでした。そして、陛下がラウラに私の本音を知りたいと言っていた事も驚きでした。先ほど口にした事は、ほんの少し前までは私の中に漠然とあっただけのもので、自分でもはっきり意識していたものではなかったのです。ラウラの問いかけに何も仰らない陛下に、今まで感じた事のない恐怖を感じました。

「国王として盤石な居場所がある陛下には、私達の不安など想像も出来なかったでしょうね。私、少なくともまだ陛下を許せそうもありません。私達より年上のくせして、大人げない態度だった陛下が。上に立つ人間がそういう態度をとれば周りがどう行動するか、ちょっと考えればわかる事ですよね」
「そう、だな…」
「ま、待って…ラウラ…」
「エリサ様、大丈夫ですよ」
「でも…離婚すると言ったジーク様に直談判に行ったのは私よ?だから私がこんな風に思うのは…」

 そうです、そもそも離婚するつもりだったジーク様の元に押しかけたのは私です。宰相様にも止められたのに押し切ったのも…だから私が不満を言う立場にはないのです。

「ええ、エリサ様が行動したお陰で今があるんですよ。そうですよね、陛下?…」
「その通りだ。それに関しては返す言葉もない」
「ね?エリサ様、こんな事くらいで陛下は罰したりしませんよ」
「そうだな」

 いつの間にラウラは、こんなに強くなっていたのでしょうか…まるで別人の様に感じましたが…
いえ、マルダーンでのラウラはいつだって、こんな風に私を守ってくれました。王妃やカミラ相手でも、果敢に向かってくれていました。でも…

「もういいの、ラウラに何かあったら私…」
「その心配は不要だ、エリサ。ラウラの言っている事は正しいし、彼女を罰するなどあり得ない。私が望んだのだ、あなたの表情が陰る理由を知りたいと」

 陛下の言葉を、私は信じられない思いで聞いていました。自分の表情が陰っていたなどと言われても、自覚はありませんでしたから…

「そうですよ、エリサ様。これは陛下が望んだ事です。私を罰したりしませんから安心してください。もしそうなったら…私、エリサ様を連れて逃げますわ」
「で、でも…レイフ様は…」
「レイフ様とエリサ様じゃ、何があったってエリサ様が上ですよ。十七年もずっと一緒だった絆をなめんな、です。ポッと出のレイフ様が勝てるわけないじゃないですか」

 迷いなくそう断言してくれるラウラに、こんな時なのに心が解れていくのを、私は不謹慎だと思いながらも実感していました。いえ、今はそれどころじゃなくて…

「それで陛下、どうするんです?このままお任せしてもいいんですか?」
「…ああ、出来れば、そう願いたい」
「そこは任せろと、断言してはくれないんですね」
「そう言い切れるほど、私は信用されていないだろう…」
「それもそうですね。でも、中途半端な気持ちなら、エリサ様を余計に傷付けます。だったら少なくとも結婚式が終わるまで引っ込んでてください」
「…そんな事は出来ない。どうか頼む、私にチャンスを与えて欲しい」

 陛下が縋る様にそう言うと、ラウラは立ち上がって腰に手を当て、大きくため息を付きました。何だか立場が逆転していますが…私はジーク様がお怒りになるのではと気が気ではなく、背中に嫌な汗が流れるのを感じていました。

「仕方ないですね。じゃ、この先はお任せしますけど…もしエリサ様を泣かせたら…」
「そのような事はしないと誓おう。決して無体な事はしない」

 私を通り越して会話をする二人の間に入れず、事の成り行きを見守る事しか出来ませんでした。ラウラは暫く陛下を胡散臭いものを見るような目で見ていましたが、あからさまに大きくため息を付きました。その態度は不敬になるんじゃないかと、一層不安が募りました。

「隣の部屋に控えていますから。エリサ様を泣かせたら容赦しませんからね」
「わかった。覚悟しておこう」

 陛下がそう言うと、ラウラがエリサ様、何かあったら直ぐに呼んで下さいね、と言って隣の控室に行ってしまいました。残された私は…その後姿を見送った後も、怖くて視線すらも動かせませんでした。

「…エリサ」
「…っ、は、はいっ!」

 暫くの重い沈黙の後、名を呼ばれた私は飛び上がらんばかりの反応をしてしまいました。気まずいなんていうレベルではありません。もう逃げ出したいの一択ですが、今はそれすらも叶いそうにありません。何と言われるのかと思うと不安しかなく、私は震えそうになる手を抑えるしか出来ませんでした。心の中を暴かれて身ぐるみはがされた様な気分で、それが一層不安という大波になって襲い掛かってくるようです。

「側に行っても…いいだろうか?」
「え…?あ、あの…は、い…」

 何を言われるかと身構えた私には、ジーク様の言葉は思いがけないもので、直ぐには何と答えていいのかわかりませんでした。でも、断る選択肢など…あるでしょうか…今までに感じた事のない不安に、早くも負けてしまいそうです。
 ジーク様はソファに隣合わせに座りましたが、今日は僅かですが距離がありました。私を覗き込むようにジーク様がこちらを向かれたため、私も仕方なくジーク様の方に身体を向けました。泣いた顔を見せたくはありませんが…今更取り繕う事も出来ません。半ば諦めた気分で俯いていた私でしたが、目元に何かの感触を感じました。驚いて視線をあげると…陛下がハンカチで私の涙をそっと拭っています。私と視線が合うとバツが悪そうな表情を浮かべられました。

「すまない。こういう時、どうしていいのかわからなくて…」
「いえ、申し訳ございません。あの、ハンカチが…」
「ああ、気にしないで欲しい。いや、こういう時はハンカチなど使うものじゃないのかもしれないが…」

 ああ、ジーク様は私が触れられるのを嫌がるかもしれない、と思われたのでしょうね。慎重な方ですし、ましてや今の状態なら尚更です。

「今まですまなかった…などと一言で終わらせる事ではないと思っている」
「そんな事は…」
「いや、私の配慮のなさと身勝手さから、貴女をずっと傷つけてきた。理由を話して謝ったからと、そこで終わったつもりになっていた…」

 目を伏せて、絞り出すように出された声は、苦々しく震えているようにも聞こえました。普段の淡々としながらも張りのある陛下の声とは思えないほどに弱々しくて、別人のようです。
 でも、あの時謝罪を受け入れたのは私で、そうした以上、この件について蒸す返すのはルール違反でしょう。

「いえ、私の方こそ…謝罪を受け入れたのに…」
「いや、あの程度の謝罪だけで終わった事にしていたのは私の思い上がりだった。ラウラに言われるまで気が付かなかったのも、私の未熟さと驕りだ」

 陛下にそう言い切られてしまって、私は返す言葉がありませんでした。そうかもしれませんが、今はまだ気持ちが落ち着かなくて返す言葉を見つける事が出来ませんでした。本音を暴かれる事が、こうも怖いものだとは思いませんでした。何だかもう、何を取り繕っても無駄なような気さえします。

「どうか、思っている事を話して欲しい。いや、私はラウラほど信頼されているわけじゃないし、そう言われたとしても言い難いのは変わらないだろうな。だが、あなたが怒っても罵っても、私はそれらを受け止めたいと思う。信じられないかもしれないが…貴女の苦しみを引き受けられるなら、それは私にとって幸運でしかないのだ」

 ジーク様は本心からそう言っているのでしょうが…そう言われても、いまさら何を話せばいいのかと途方にくれました。さっきは勢いで話してしまいましたが、あれは相手がラウラだったからです。ジーク様相手にあんな風に話すのは…まだ難しいです。

 それでも、先ほどの言葉はしっかりジーク様の耳に届いていたようです。その後言葉が出なかった私を気遣ってか、ジーク様は先ほどの発言を踏まえて色々と聞いてこられたので、またしても自分の気持ちを話す羽目になりました。今更逃げようもないだけに、私はまたしても心の中をのぞかれるような居心地の悪さを感じましたが…不思議な事に、どこかほっとしている自分もいて、その事が信じられませんでした。

しおりを挟む
感想 822

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

転生したら竜王様の番になりました

nao
恋愛
私は転生者です。現在5才。あの日父様に連れられて、王宮をおとずれた私は、竜王様の【番】に認定されました。

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。